「こんなに笑ったの、久しぶりです」――契約立会で生まれた小さな奇跡
契約立会――それは「ただの手続き」じゃない
契約立会というと、形式的で機械的なものと捉えられがちです。確かに書類を確認して、印鑑を押して、時間通りに終わらせる。そういう面ももちろんあります。でも、それだけでは終わらない何かが、たまに、ほんのたまにですがあるんです。私たち司法書士は、書類の後ろにいる「人」とも向き合っています。それがどれほど大切なことか、つい忙しさに追われて忘れがちになりますが、ふとした一瞬に思い出させられることがあります。
立会はルーティン。でも人間関係は毎回ちがう
月に何件もの立会をこなしていると、どうしても流れ作業のように感じてしまいます。相手が誰であっても、必要な書類を確認して、所定の説明をして、署名押印をもらって完了。でも、同じように見えても、相手が違えば空気も違います。笑顔で返してくれる人もいれば、ピリピリとした緊張感を持ち込む人もいる。だからこそ、マニュアル通りではない対応が必要になるのが、この仕事の難しいところであり、面白さでもあるのかもしれません。
何百件目かの立会で、心がふっと緩んだ日
その日もいつもと同じように、契約書の束を抱えて依頼人のもとへ向かいました。正直、あまり気乗りしていませんでした。前日ほとんど寝ていなかったし、朝から事務員とも小さなやり取りでギクシャクしていたせいか、気分も重たかった。でも、その立会が、思ってもみなかった方向に転がっていったんです。ふと気がついたら、私は声を出して笑っていました。
その依頼人との出会いは、ちょっとだけ特別だった
出会った瞬間から、少しだけ安心感がありました。歳は私より少し上、60代くらいでしょうか。やわらかい笑顔を見せてくれて、「ああ、今日はやりやすそうだ」と直感的に感じたのを覚えています。実際、契約の内容もシンプルで、書類もきちんと整っていた。でも、それ以上に、「この人とは何か話せそうだな」という不思議な空気があったんです。
表情がやわらかい人だった。それだけで印象に残った
書類を説明しながらも、ふと顔を見ると穏やかな笑顔が返ってくる。こちらの言葉を最後までちゃんと聞いてくれる人って、実はそう多くありません。忙しい人は途中で口を挟んでくるし、慣れてる人は先に進めたがる。でもその方は、終始静かにうなずきながら聞いてくれました。その姿に、こちらの肩の力も自然と抜けていきました。
こっちがかたいと、相手もかたくなる
自分がいつも以上に「ちゃんとしなきゃ」と思っていた日ほど、空気がピリつくことが多いんですよね。でも、この依頼人に対しては、最初から気負いなく話せたんです。そうなると、不思議なことに自分の話し方も自然体になる。言葉も柔らかくなる。で、相手の反応も柔らかくなる。ほんの数分のやり取りなのに、そんなちょっとした“相互作用”に救われる日があるんです。
些細な雑談が、空気を変えた
「この建物、昔は映画館だったんですよね?」と私が言ったのがきっかけでした。そうしたら、「よくご存じで!私、そこで初めてデートしたんですよ」と笑って話してくれた。契約の話と関係ない、でも確かにその場を和ませる雑談。こういうやり取りができると、契約立会もただの業務じゃなくなる気がします。
笑いが生まれた瞬間――まさか契約書のここで?
思いがけない笑いは、突然やってきました。契約書の説明をしている最中、ある条項に目を通した依頼人が、急に声を上げて笑い出したんです。「先生、この『相続人等』って、昔うちの犬の名前でしたよ」と。そんな偶然あります? つられて私も笑ってしまい、しばらく進行が止まってしまいました。
「あ、先生、それ…ちょっと変じゃないですか?」
続けて、「それにこの文言、ちょっと古臭くないですか?」と指摘された条文を読んでみたら、確かにかなり回りくどい表現。思わず「今どきこんな書き方しませんよねぇ」と言ったら、ふたりで大笑いになりました。契約立会で声を上げて笑うなんて、滅多にないことです。ほんの些細なことでも、こうして心がほぐれる瞬間があると、やっぱり救われます。
笑ったのは自分のミス。でも、ありがたかった
じつはその条文、過去の書式からそのままコピペしてきたものでした。普段ならサラッと流してしまうところですが、指摘されて見直すきっかけになった。ちょっと恥ずかしい気持ちもありましたが、こういうやり取りができる相手に出会えたことが、むしろありがたかったです。
忙しさのなかで、忘れかけていたこと
一件一件、効率を重視して回していた日々。そのなかで、自分が何を見落としていたのか、改めて思い知らされました。目の前にいるのは書類の裏にある「人間」だということ。それを思い出させてくれたのは、堅苦しい契約立会の場で交わした、何気ない笑いでした。
「ちゃんと向き合う」ことを後回しにしてた
仕事が増えて、時間に追われて、つい「効率優先」になっていた自分がいました。でも、立会は「作業」じゃないんです。書類を読むだけならAIでもできます。でも、相手の顔を見て、呼吸を合わせて、安心してもらう。そこには「人間同士」の関わりが必要なんですよね。
笑ったあとの脱力感と、ちょっとした自己嫌悪
立会が終わって、車に戻った瞬間、どっと疲れが押し寄せてきました。でも、それは嫌な疲れじゃなかった。「ああ、自分、ちょっとはまだ人間らしさ残ってるな」と思えて、少しだけ笑えた。でもその反面、「最近、こういう時間すら持ててなかったな…」と反省もしました。
司法書士という仕事が、ちょっとだけ好きになった日
この仕事をしていると、ミスが許されない場面も多く、精神的に張りつめることが少なくありません。でも、たまにこうして人と笑い合える瞬間があるから、続けられているのかもしれません。書類の向こうに「人」がいる。そこに向き合える司法書士でありたい。そう思えた一日でした。
法律の専門家じゃなく、「人と人の間の橋」だと思えた
「司法書士って、橋渡しの仕事ですね」と言われたことがあります。そのときはピンとこなかったけれど、今回の立会で、ようやくその意味が分かった気がします。法律知識ももちろん大事。でも、それ以上に、相手の不安を和らげたり、安心して笑える空気をつくることが、自分の役割なんじゃないか。そう思えたのです。