「まだそんなやり方してるの?」と言われた日の衝撃
あの日、同業者とのちょっとした雑談の中で、私は不意に笑われた。「え、まだ紙で管理してるんですか?」「いまどき、それはちょっと…」と。悪気がないのはわかっている。でも、胸にグサリと刺さった。自分では真面目にやっているつもりだっただけに、ショックは大きかった。
笑われたのは、登記簿謄本の取得方法だった
具体的には、オンライン請求ではなく、法務局に出向いて直接取得していることだった。時間がかかるし、交通費もかさむ。「非効率ですよ」と言われて、内心ムッとした。でも、なんとなく自分のやり方に安心感があったし、何よりルーティン化されていて変える理由もなかった。
“昭和っぽい”手書きメモも時代遅れ?
スケジュール管理は紙の手帳。顧客ごとのメモもすべて手書き。正直、デジタル化すればもっとスマートになるのかもしれないけれど、紙に書くことで頭に入るし、思い出せることも多い。そういう感覚が、今の若い人にはもう通じないのかもしれない。
なぜ私はそのやり方を続けていたのか
変えないのではなく、変えられなかった。それが正直なところだ。仕事に追われる中で「効率化」という言葉は、いつも頭の片隅にはあった。でも、いざ手をつけようとすると、どこから始めていいかわからなかった。
地方の実情と、変えられない環境
私が事務所を構えるのは地方都市。行政のオンラインサービスも徐々に進んできてはいるものの、まだまだ紙ベースのやり取りが主流の場面も多い。依頼者も年配の方が多く、スマホを持っていない人も珍しくない。そういう中で、こちらだけがデジタル化してもかえって不便になるケースもある。
ネット環境は整っているようで整っていない
たとえば、法務局のオンライン申請システムも、一見便利そうに見えて、実際にはエラーが頻発したり、使い勝手がよくなかったりする。そんな中で結局、従来の紙申請に戻ってしまうことが多かった。新しい仕組みに対応する余裕がないまま、時間だけが過ぎていった。
人との信頼関係は、やっぱり紙で築かれる
「紙で渡したほうが、ちゃんとしてる感じがする」と言う依頼者もいる。契約書類や委任状など、手渡しすることで生まれる安心感。デジタルで全部完結できたら楽だろうけれど、その“ぬくもり”が信頼につながるというのも、実際の現場では無視できない感覚だ。
新しいツールに振り回されるのが怖い
過去に一度だけ、業務管理システムを導入しようとしたことがあった。でも、操作に慣れず、結局途中で放棄してしまった経験がある。何かを変えようとすると、逆に混乱が増えて、ストレスばかりがたまる。そんな苦い思い出が、「今のままでいいか…」と私を後ろ向きにさせていた。
同業者の言葉に落ち込んだ理由
「まだそんなやり方してるの?」という言葉は、ただの一言でも、その裏にある“自分だけ取り残されている感”が強烈だった。真面目にやっている自負があるからこそ、そういう言葉が刺さる。
努力してるつもりでも、世間からは「遅れてる人」
手間暇かけてやってることが、外から見れば“非効率”“古い”と見なされる。たしかに、最新のやり方を知らないわけじゃない。でも、わかっていても変えられない事情がある。それを「怠慢」と受け取られるのは、やるせない。
アップデートの時間が取れないという現実
毎日がバタバタで、目の前の仕事をこなすだけで精一杯。新しいソフトを試す時間もなければ、勉強する気力も残っていない。事務員も一人だけ。何かあったときのリカバリーはすべて自分。そんな中で“変える”という選択肢が現実味を帯びないのだ。
それでも変えようと思ったきっかけ
ある日、ふとしたきっかけで「少しだけでも変えてみようか」と思った。それは他人からの助言ではなく、自分の事務所の中からの小さな声だった。
事務員の一言「これ、もっと楽にできませんか?」
若い事務員さんがふと口にした「これ、手で書くより入力のほうが早くないですか?」という言葉。私はドキッとした。確かに、その通りだった。そして「変えてみてもいいかもしれない」と初めて前向きな気持ちが芽生えた。
新人司法書士とのやりとりで気づいたギャップ
研修会で出会った若い司法書士が、スマホだけで仕事を完結させている姿を見て、衝撃を受けた。時代は変わっている。自分も、少しだけでもその波に乗ってみようと思った。
少しずつ始めた「変化」とその成果
すべてを一気に変えるのは無理。でも、できるところから少しずつ取り組んでみた。最初の一歩は、案外小さなことだった。
PDF化から始まったミニ改革
書類をPDFで保存するようにしただけで、机の上がすっきりした。探す手間も減ったし、外出先からも確認できる。小さな一歩でも、効果は想像以上だった。
Googleカレンダーが導いてくれた心の余裕
手帳の代わりにGoogleカレンダーを導入。スマホで予定が見られるだけで、驚くほどスケジュール管理が楽になった。事務員とも共有できるようになり、打ち合わせミスも減った。
「予定が見える」だけで、こんなに違うとは
予定を“見える化”するだけで、こんなにも気持ちが軽くなるのかと驚いた。頭の中が整理され、仕事へのストレスも減った気がする。
でも、全部を変える必要はない
変えて良かったこともある。でも、全部が全部“新しいものが正義”だとは思っていない。残すべきものもある。
アナログにも意味があると気づいた
たとえば、紙の資料に直接赤ペンでメモを書く感覚。これはデジタルではどうにも再現できない。記憶に残るし、仕事の精度も上がる気がする。
“古いやり方”が安心感を与える場面も
依頼者との面談の際、紙の資料を使って説明することで、信頼感が増すことがある。効率よりも、相手に伝わることが大事。やり方が“古い”ことが、逆にプラスに働く場面もあるのだ。
「効率化=正解」ではない世界もある
何でもかんでも効率化すればいい、というわけではない。司法書士という仕事は、人との関わりの中で成り立っている。
依頼者の不安を解消するのは人のぬくもり
AIがどれだけ進化しても、「大丈夫ですよ」と声をかけることは人間にしかできない。依頼者の目を見て話すことの大切さは、どんな時代でも変わらないと思う。
効率よりも「顔を見て話す」価値
たとえ手間がかかっても、直接会って説明することが、依頼者の安心につながることがある。その価値を忘れてはいけない。
ネガティブな自分でも変われたという話
私は決して前向きな人間ではない。愚痴も多いし、新しいことが苦手だ。でも、そんな自分でも、少しずつなら変われるという実感がある。
完璧じゃないまま、少しずつ前へ
全部うまくできるわけじゃない。でも、一つずつ、無理のない範囲で試していけばいい。そう思えるようになっただけでも、大きな前進だ。
「そんなやり方でも、いいじゃないか」と言える日
最終的には、自分に合ったやり方がいちばん。笑われても、非効率だと言われても、自分と依頼者にとってベストなら、それでいい。そう思えるようになった今日の私は、ちょっとだけ昔より強くなった気がしている。