「まだ終わってないんですか?」の破壊力
ある日、不動産会社の担当者から電話がかかってきました。普段は穏やかなやりとりをしている人だったのですが、その日は違いました。「まだ終わってないんですか?」という一言に、こちらの胸はドキッと音を立てて凍りついたのです。ただの確認のつもりかもしれません。でも、その言葉の裏にある「仕事遅いね」「ちゃんとやってよ」という無言の圧力に、どうしても気持ちが追い込まれてしまいました。
何気ない一言が胸に刺さる理由
司法書士の仕事は、他士業や関係者との調整、書類の準備、法務局とのやり取りなど、ひとつひとつが地味で時間のかかる作業の連続です。それを知っている人ばかりではありません。「終わっていない」ことに対する説明をする前に、「まだ?」と聞かれると、それだけで責められている気がするのです。真面目にやっていても、進まないものは進まない。そういう現実を理解してもらえないことが一番つらいのかもしれません。
相手に悪気はない、でもこちらは傷つく
不動産会社の担当者にも悪気がないのは分かっています。仕事の進行状況を確認しただけでしょう。でも、たまっている疲れやストレスの中でその一言を受け取ると、自分の存在まで否定されたような気持ちになるのです。仕事が遅いと言われると、まるで自分の価値まで否定されたように感じてしまう。そんな日があるのが、司法書士という仕事なのだと思います。
遅延の原因はどこにあったのか
今回の案件が遅れてしまったのには、いくつかの要因が重なっていました。書類を依頼者がなかなか用意してくれなかったこと。登記原因証明情報の調整に時間がかかったこと。そして、こちら側の人手不足――事務員が体調を崩して休んでいたのも大きな要因です。それでも「間に合わせなければならない」というプレッシャーは変わらない。だからこそ、心がすり減るのです。
書類の不備?関係者の確認待ち?
相続案件や売買登記では、必要書類が揃わないまま進めなければならないこともあります。特に関係者が多かったり、遠方にいたりする場合、確認に時間がかかります。それをすべてこちらの責任として扱われることもあり、「進まない=怠慢」と誤解されるのが何よりも苦しい。誠実に進めているつもりでも、相手の期待には到底追いつけません。
事務員1人の限界と見えないプレッシャー
私の事務所は小さく、事務員も1人だけ。たった1人の事務員に頼りきりの体制は、少しの体調不良でガタッと崩れてしまいます。電話、郵送、登記申請の補正対応…。すべてが1人の肩にのしかかる。結局は私がカバーするしかなく、仕事が夜まで終わらない日も増えていくばかりです。
「急ぎで」と言われる案件ばかり
不動産の取引はスケジュールが決まっていることが多く、「急ぎでお願いします」と言われることが当たり前になっています。でも、こちらとしてはすべての案件が「急ぎ」に感じる状態です。優先順位をつけろと言われても、どれも外せない。その結果、どれも中途半端に手をつけることになり、さらにプレッシャーが増す悪循環に陥ってしまいます。
現場では”急ぎ”が常態化している
不動産業界では「今日契約したら明日登記」が普通だと思われがちです。しかし、法的な書類や手続きには確認すべきポイントが多く、すぐに出せない情報もあります。それでも「すぐやってくれる司法書士」が評価される。そういう現場で働いていると、「丁寧さ」と「速さ」の板挟みに悩まされ続けるのです。
不動産会社との温度差
取引の中で不動産会社とは頻繁に関わりますが、相手はビジネスとしてスピードを求め、こちらは法的正確性を優先せざるを得ないという温度差があります。これはもう文化の違いと言っていいレベル。毎回同じような場面で、こちらが説明しなければならないことに疲れてしまいます。
彼らは「動いてくれて当然」と思っている
不動産会社の担当者は、「書類を渡したら翌日には終わる」と思っているケースも少なくありません。過去にそういう司法書士と仕事をした経験があれば、なおさらです。「うちはそんなに早くできません」と言っても、理解してもらえないこともあります。そんなとき、自分が仕事のできない司法書士のように扱われるのが本当につらいのです。
こちらは「すぐ動けない理由」を抱えている
案件が重なる中で、スケジュール管理は本当に難しい。たとえ1件ずつ丁寧に対応していたとしても、相手には「なぜ今すぐできないの?」としか映らない。業界の仕組みや、仕事の裏側を知らない人とのやりとりでは、こちらが一方的に謝る場面ばかりです。正直、やるせない気持ちになります。
本音を言えば…もう限界かもしれない
「やりがいありますよね」と言われることもあります。でも、実際は「やりがい」に押しつぶされそうになる日々です。依頼者のために動いているはずなのに、責められるのは自分。夜中まで作業をして、翌朝また不動産会社から催促の電話が鳴る。そんな毎日に、「もう限界かもしれない」と思うことも増えてきました。
怒られ慣れても、慣れたくはない
仕事だから仕方ない、怒られるのもセットだ、そう思って自分を納得させようとしても、心は慣れません。慣れるべきでもないと思います。怒られるたびに、「また自分が悪いのか」「何か忘れていたのか」と不安になり、自信が揺らいでいく。これが日常になってしまうと、もう笑えません。
事務所経営者としての孤独
従業員を守りながら、仕事も回す。その重圧は、誰にも代わってもらえません。相談できる相手も少なく、孤独感が募っていくばかりです。「自分がもっと頑張れば」「自分がもっと早く処理できれば」と、全部自分の責任にしてしまう癖があるから、余計にしんどいのかもしれません。
同じ状況にある司法書士の方へ
ここまで読んでくださった方の中には、似たような境遇にいる方もいるかもしれません。そんな方に伝えたいのは、「一人で抱えすぎないでください」ということです。司法書士は孤独になりがちですが、少しずつでも環境を変える手立てはあります。
1人で抱え込まないためにできること
すぐに大きな変化は難しくても、小さな改善は可能です。私自身、最近は他士業との連携や業務の外注を試してみたり、書類の整理方法を見直したりしています。ちょっとの工夫でも、「自分だけが頑張っている」という思い込みから少し解放されます。
他士業や外注との連携を考える
たとえば、相続案件で行政書士さんに一部の書類収集を依頼するだけでも、時間的余裕がかなり生まれます。また、登記申請書のドラフト作成を補助者に任せることでも、精神的な負担が軽減されました。すべてを自分で抱えなくても、信頼できる人に任せることで見える景色が変わります。
業務フローを見直すタイミング
「忙しすぎて見直す時間がない」と思いがちですが、むしろ忙しいときこそ見直すべきです。非効率な業務が常態化している場合、少しの改善で大きく負担が減ることもあります。私は最近、定型文のテンプレートを見直して、依頼者への説明メールを少しでも早く出せるようにしました。
自動化・テンプレート活用の一歩
GoogleスプレッドシートとGASを使って、登記情報を整理する仕組みをつくったところ、入力ミスも減り、作業時間が短縮されました。難しいスキルは不要で、少しずつ試すことができます。精神的なゆとりが生まれると、依頼者にも優しく対応できるようになります。
依頼者に「時間がかかること」を伝える技術
「時間がかかります」と伝えるのは勇気がいります。でも、伝え方次第で相手の理解は大きく変わります。具体的な作業内容とスケジュール、なぜ時間が必要なのかを丁寧に伝えることで、無理な期待を抑えることができます。私もまだ練習中ですが、「正直に伝えること」は長く続けるために欠かせないスキルだと思っています。