「先生、今日は顔に全部出てますよ」って言われた朝のこと

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「先生、今日は顔に全部出てますよ」って言われた朝のこと

疲れが顔に出る朝──事務員さんの一言に救われた瞬間

司法書士という仕事柄、毎日が戦いのような感覚で過ぎていきます。スーツに袖を通し、表情を整え、書類を握りしめて事務所のドアを開ける。しかし、その日ばかりは違いました。「先生、今日は顔に全部出てますよ」──事務員さんのその一言に、思わず立ち止まってしまいました。鏡を見る暇もなく事務所に駆け込んだ朝、きっと目の下のクマも、口元の力なさも、全部バレていたんだと思います。でも、その言葉に少しだけ救われた気もしたのです。

「先生、顔が死んでます」から始まった一日

普段はあまり感情を表に出さない事務員さんが、ぼそっとつぶやいたあの言葉。冗談とも本気ともとれない微妙な言い方で、でも、心にはズシンと響きました。正直、言われた瞬間は「うわ、バレたか」と思いました。でも否定する元気もなかった。朝から登記簿の訂正でバタバタし、前日は遅くまで法務局との電話応酬。顔に出ないわけがない。それでも「何とかなる」と自分に言い聞かせていたものの、他人からの一言で、ようやく自分の状態に気づけることもあるんですね。

思わず言葉に詰まったが、否定できなかった

「いや、大丈夫ですよ」って返そうと思ったけど、口が動かない。そういえば、今日まだコーヒーも飲んでなかった。眠気と疲労とストレスと、ちょっとした孤独感。そのすべてが混ざり合って、無言になってしまったんです。気を張っていれば何とかなると思っていたけど、現実は違った。表情は正直ですね、気持ちをごまかせても顔はごまかせない。なんか、自分の限界を顔で宣言してしまったような気がしました。

鏡を見る暇もない朝のリアル

朝起きて、スマホのアラームを止めたら、すぐにメールチェック。次に前日届いたFAXを確認して、スーツを着替えて出発。鏡を見る余裕なんてありません。そもそも鏡を見て、自分の疲れた顔を直視する勇気すらなかった。自分の顔に“今日も戦場だぞ”と書いてあるような気がして、それに気づくのが怖かったんです。けれど、事務員さんの一言が、鏡代わりになった気がします。見たくなかった現実を突きつけられて、でも、どこかでホッとしていたのも事実です。

疲れを悟られることの居心地の悪さと、ちょっとした安心

人に疲れてるってバレるのって、正直あんまり気分のいいものじゃありません。でも、その一言にどこか安心するのも事実。「見抜かれた」って思うと同時に、「気にかけてもらえてる」って感じる瞬間でもあります。普段、自分が誰かの気配りに気づけていないこともあるけれど、逆の立場になるとそのありがたさがよくわかるんですよね。

バレたくないけど、気づいてほしい矛盾

疲れてるって思われたくない。でも、誰かには気づいてほしい。この矛盾した気持ちは、きっと僕だけじゃないと思うんです。日々の業務に追われ、電話と来客に右往左往してると、どこかで「もう限界だ」ってサインを出したくなる。けれど、そのサインを誰にも気づかれなかったら、それはそれで寂しい。事務員さんの「顔に出てますよ」の一言は、僕のその気持ちを見抜いた、まさに名言でした。

気づかれることでやっと「弱ってる」と実感できる

日常のなかで、「疲れた」って思う暇もないほど動き続けていると、自分がどれだけ疲れてるかすらわからなくなる。そういうときに、誰かに「疲れてますね」と言われると、「ああ、自分って今、疲れてるんだな」とようやく気づけるんです。たとえばクルマで言えば、メーターが壊れててスピードがわからない状態。事務員さんの言葉は、壊れたメーターの代わりに点いた警告灯でした。

顔に出る疲れは、どこから来ているのか

司法書士という職業柄、目に見える成果よりも、ミスをしないことが求められる世界です。「何も起こらなかった」が最大の成功。でもその分、心労は多く、終わりが見えにくい仕事です。毎日書類とにらめっこして、何かあれば即電話、即修正、即対応。そりゃあ、顔にも出ますよ。

終わらない業務と終わらない責任感

午前の登記書類をチェックして、午後は相続の面談。電話を受けながらメールを書き、締切に追われながら法務局に訂正の連絡。しかもその合間に、次の仕事の見積依頼が飛び込んでくる。「あと1件だけやれば落ち着く」と思っていても、終わった瞬間に次の依頼。休憩時間なんてあってないようなもの。これが毎日続くと、もう責任というより“呪い”に近いですね。自分だけが止まったら全てが止まる、そんなプレッシャーです。

「あと1件」からの「気づけば夜」

午前中に終わらせる予定だった登記が、午後になっても手をつけられない。あれこれと細かい電話が入り、予定していた作業が後回し。気づけば外は真っ暗。こんな日が、週に何度あるだろう。予定通りに進まない日々に、「自分は段取りが下手なのか?」と落ち込むこともあるけれど、そうじゃないと分かっていても、自己嫌悪のループから抜け出せません。

誰にも渡せない案件の重さ

「先生にお願いしたい」と言われることは嬉しい。だけどそれは同時に、誰にも引き継げない重荷でもあります。間違えられない、遅らせられない、相談できる人もいない。責任が重ければ重いほど、孤独になります。たった一文字の誤字で登記が止まる。そういう世界で生きていると、気が抜けません。そりゃ、顔にも出ますよ、全部。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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