「先生」と呼ばれて十数年。それでも違和感が消えない理由
司法書士として開業してから、ありがたいことに「先生」と呼んでいただく機会が多くなった。でも、正直に言えば、いまだにその言葉には慣れていない。なんというか、自分がそんな立派な人間だとは思えないのだ。「先生」と言われるたび、少し身構えてしまう。毎日の業務に追われながらも、心のどこかでずっとその言葉に戸惑い続けている。
肩書きと中身のズレにいつも戸惑う
「司法書士」という肩書きは、世間的にはそれなりの信頼や権威を持って見られるものだと思う。でも自分自身は、ただ目の前の依頼をこなすことで精一杯の小さな町の事務所の一人。そんな自分に「先生」と呼ばれるたび、「いやいや、そんな器じゃないんです」と心の中でツッコんでしまう。
「先生」って、そんな立派なもんじゃない
高校の友人に久しぶりに会ったとき、「お前、もう“先生”なんだってな」と冗談交じりに言われた。返す言葉に困った。「いや、違うよ。ただの書類屋だよ」と言いかけたけど、それも違う気がして黙ってしまった。社会の目と自分の感覚が、まるでかみ合っていない。
お客さんの期待に自分が応えられてる気がしない
登記や相続の相談に来る方は、どこか不安そうで、「先生にお任せします」と言ってくれる。その言葉がプレッシャーになる。「この人はきっと自分をすごいプロフェッショナルだと思っている。でも、実際は手探りでやってるだけなんだ」と。こんな風に感じるのは、自分だけじゃないと思いたい。
最初の頃はただの照れだった
開業したばかりの頃は、事務員さんが「先生」と呼んでくるのにいちいち赤面していた。慣れてないんだから当然だろう、とその頃は思っていた。でもそれが何年経っても変わらない。もはや照れというより、居心地の悪さのようなものになっている。
開業当初、呼ばれるたびにドギマギした
最初に不動産業者との取引で「先生」と呼ばれたとき、「あ、自分ってそういう立場になったんだ」と妙に現実を突きつけられた気がした。名刺交換の場で呼ばれるたび、胸の奥がざわついた。そう簡単に“先生役”に自分を重ねられなかったのだ。
“自分ごと”として受け止められていなかった
多分、その頃の自分は「先生」ではなく、ただの“開業したての人”だった。周りからの呼称と自分の心の距離があまりにも離れていて、何か演じているような気持ちがしていた。「演技がうまくなれば慣れるかな」とも思ったが、十年以上たっても、まだ舞台の袖にいる気分だ。
「先生」という呼称が重たくなる瞬間
日常的に呼ばれるうちはまだいい。でもふとした瞬間、「先生」という呼称がやけに重たく感じることがある。特に他の士業とのやり取りや、初めての相談者と向き合う場面では、その違和感が一気に押し寄せてくる。
他士業との関わりで感じるプレッシャー
弁護士や税理士と一緒に案件を進める場では、「先生」という言葉が一種のマウント合戦の道具のようになることもある。呼ばれて嬉しいはずの言葉が、逆に居場所のなさを感じさせることもある。
弁護士や税理士との打合せがつらい
立場上、対等のはずなのに、発言一つで「軽く見られてる？」と不安になったり、逆に気を張って言いすぎてしまったり。無理して「先生らしく」振る舞うことが、あとで自己嫌悪になることもある。
「肩書き勝負」みたいな空気に疲れる
集まりの場では「○○先生、いかがですか？」と振られるけれど、それは本当に“敬意”なのか、“順番”なのかよくわからない。名刺交換の時点で“上下”が決まっているような空気に、毎回ため息が出る。
お客さんの「無言の信頼」が苦しい
たいていのお客さんは、「先生ならなんとかしてくれる」と信じて相談に来る。でもその“信頼”の重さが、自分には正直しんどいこともある。期待されることが怖いのだ。
相談者の顔が期待と不安でいっぱい
亡くなった親の相続や、借金の整理。人生の重たい場面に立ち会うことも多い。そのたびに「間違っちゃいけない」「答えを出さなきゃ」と、自分を追い詰める。「先生」という言葉に縛られて、余計に肩がこる。
言葉を選びすぎて、本音が言えない
「できません」と言ったら、信頼を失いそう。「少しお時間ください」と言えば、不安にさせてしまうかも。そんな風に考えすぎて、つい言葉が回りくどくなる。気づけば“自分らしい話し方”を忘れてしまっていた。
「先生」と呼ばれることへの折り合いのつけ方
じゃあ「先生」って呼ばれるのをやめてもらえばいいのか、といえばそうでもない。現実にはそれが職業上の“役割”でもあるわけで、少しずつその言葉と付き合っていくしかないのだと思う。
役割として受け入れる、という考え方
「先生」というのは、あくまで相手から見た“役割”だと割り切るようにしている。自分の人格すべてを指しているわけじゃない。そう思えば、少し気が楽になる。
人としてではなく「立場」としての“先生”
まるで舞台俳優が役を演じるように、「司法書士」としての自分を演じる時間と、素の自分の時間を分ける。そう考えるようになって、少しだけ、無理しすぎなくなった気がする。
肩書きに引っ張られすぎないために
肩書きに合わせて無理に自分を作ると、心がすり減っていく。だから「先生」という言葉に引っ張られすぎず、自分の中にある“素”の部分も大切にしたいと思っている。
事務員との日々のやり取りに救われる
唯一、日常で「先生」と呼ばれない存在がうちの事務員さん。彼女と話す時間が、妙に落ち着く。「あ、今、自分は“自分”でいられてるな」と思える瞬間だ。
「先生」と呼ばれない場所での自分
「○○さん、これお願いしていいですか？」という呼びかけに、妙に安心する。自分を飾らず、肩肘張らずにいられる。そんな場所があるだけで、日々が少し軽くなる。
地に足がつく瞬間のありがたさ
忙しい業務の合間に、ちょっとした雑談やコーヒーをいれる時間。その些細な日常が、変に「先生モード」に入りそうな自分を、現実に引き戻してくれる。
それでも「先生」でいる理由
それでもこの肩書きを捨てようとは思わない。なぜなら、たとえ自分が「先生」にふさわしいとは思えなくても、それが誰かにとっての“安心”になるのなら、受け止めていくしかないと思うからだ。
誰かにとっての“安心”になること
自分の言葉で泣き止んだ依頼者。後日、感謝の手紙をくれた人。そんな経験が少しずつ「自分でもいいのかもしれない」という気持ちに変えてくれる。
言葉より態度で信頼されたい
「先生」と呼ばれなくてもいい。ただ、自分の対応や姿勢が、誰かの不安を少しでも軽くするのなら、それが本当の“先生”なんじゃないか。そう思いたい。
本音は「先生」じゃなくて「伴走者」
上から導くのではなく、横に並んで一緒に歩く存在でありたい。そんな気持ちがあるから、「先生」という言葉の意味も、少しずつ自分の中で変わってきた。
自分を“先生役”として育てるつもりで
「慣れない」という違和感を消そうとするより、むしろそのまま抱えておくことが大事なんじゃないかと思う。違和感があるからこそ、奢らずにいられる。
毎回違和感があるからこそ成長する
慣れたら終わり、とは言わない。でも、慣れてしまったら見えなくなる“慎重さ”もある。だから、自分にとってはこの違和感がブレーキであり、成長の糧でもある。
「慣れないままでもいい」のかもしれない
無理に「先生らしく」なろうとしなくてもいい。そんなふうに思えるようになったのは、仕事に疲れて弱音を吐ける場所があったから。慣れない自分を許せるようになると、ちょっとだけ楽になる。
