「よくわからない」のひと言が、すべてを狂わせる
「登記のことはよくわからないのでお任せします」。この言葉、私たち司法書士にとっては、ある意味で“警報”のようなものです。知識がないから任せるのは当然ですが、完全に無関心だったり、内容を確認しないまま進めるのは非常に危険です。登記は法律行為に関わる正式な手続き。ちょっとした「よくわからない」が、将来的な財産トラブルの種になってしまうことは、これまで何度も見てきました。
なぜか、登記は「簡単そう」と思われがち
不思議なことに、登記って「書類出すだけでしょ?」「法務局に提出するだけじゃん」と軽く見られることが多いんです。でも、実際には細かいルールが山ほどあって、ちょっとした書き間違いや添付書類の不備があるだけで、受付拒否や補正指示、最悪やり直しになることも珍しくありません。軽く見られるほど、こちらの緊張感は上がる。わかってる人ほど慎重で、わかってない人ほど大胆なのが、登記の世界です。
「専門家に任せれば大丈夫」の落とし穴
「全部お任せで」と言われること自体は、信頼の証だと思いたいですが、実際は「説明も理解も省略したい」という人も多い印象です。もちろん我々も説明はしますが、本人が中身を理解しないまま書類に署名捺印してしまうと、後から「聞いてない」「そんなはずじゃなかった」と揉めるケースも。信頼があるなら、せめて内容だけはしっかり聞いてほしい…それが本音です。
実際にあった「よくわからない」が原因のトラブル事例
この業界に長くいると、「よくわからない」がもとで生じたトラブルを山ほど目にします。ここでは、実際にあったケースをいくつか紹介します。正直、他人事ではありません。どれも「もう少しだけ関心を持ってくれていたら…」と思わずにはいられません。
住所移転を放置した結果…不動産が売れなくなったケース
ある依頼者は、自宅の登記上の住所を10年以上前の旧住所のまま放置していました。不動産の売却が決まりかけたとき、買主側から「登記簿上の住所と一致していない」と指摘され、契約は一時ストップ。しかも本人確認書類の整合性が取れず、結局、住民票や戸籍の附票などを慌てて取得する羽目に。もし最初からきちんと手を打っていれば、スムーズに終わった話でした。
相続登記を10年放置して、兄弟間が決裂した例
相続登記は義務化されましたが、それ以前は放置しても罰則がありませんでした。ある家族は「そのうちやろう」で10年放置。ところが、ある日兄弟の一人が勝手に使用貸借で第三者に貸し出し、他の相続人と大揉め。結局、家庭裁判所まで持ち込まれました。相続登記は、ただの事務手続きじゃないんです。家族関係を整理する“最初のステップ”でもあるのに、それを放置したら…結果はご想像の通りです。
登記の内容を理解しないままハンコを押した末路
印鑑証明を求めたら「はい、適当に押しときますね」と返ってきたケースもありました。内容を説明しても「わからないからいいや」の一点張り。数年後、その人がその登記に関して「そんなこと聞いてない!」と他の相続人に主張。結局、当時の書類を再度説明し、ようやく納得してもらいましたが、司法書士の記録保存義務があったからよかったものの、なかったら…と思うとゾッとします。
登記を甘く見る依頼者と、それに振り回される現場
登記を「ただの書類仕事」と思っている人ほど、要求も雑で急です。こちらがどんな状況かはおかまいなし。事務所の人数や業務量なんて、全く考えてもらえないことも多いのが現実です。
「急ぎで」「今週中にできる?」という無茶ぶり
不動産売買の決済前日になって「やっぱり名義変更したいんですが、間に合いますか?」と言われたこともありました。正直、怒りというより悲しさのほうが先に来ました。こちらは少人数体制でやっているのに、そんな超特急で正確な登記ができると思ってるのかと。なんでこっちが無理して当然、みたいな空気になるんでしょうね。
事務員と2人だけで回してるって知ってます?
「ちょっと急ぎで」と言われるたびに、こちらは裏でバタバタ動いています。でも依頼者には見えませんし、見ようともしません。たった二人で膨大な書類を処理し、法務局に対応し、問い合わせに答えている日々。もっと人を雇えば?と言われますが、そんな余裕があるなら愚痴ってません。
ネットの情報で混乱する依頼者の増加
最近は「ネットでこう書いてあったんですけど」と言ってくる方が増えました。情報が多いのは良いことですが、それが正しいとは限りません。しかも「Aという方法があると書いてた」と主張されても、実務ではBのほうが安全だったりするわけで…。現場でやってるこちらの説明より、ネット記事が正解扱いされるのは正直つらいです。
「ブログに書いてあったので…」に振り回される日々
「登記 簡単 自分でできる」みたいな検索結果を信じて、自力で書類を作って持ち込まれた方もいました。結果、全部やり直し。法務局の窓口でも断られ、最後は当事務所に泣きついてこられました。ネット情報と現実は違います。それが分かってないと、お互いに不幸です。
「わからない」を放置せずに確認してくれる人はありがたい
一方で、「わからないからこそ教えてください」と言ってくれる人もいます。そういう方には、こちらも本気で丁寧に説明したくなりますし、結果的にトラブルも少ないです。やっぱり、登記って共同作業なんですよね。
聞いてくれる人ほど、ミスも少ない
「ちょっと意味がわからないんですが、説明してもらえますか?」と一言あるだけで、私たちは安心します。無理解のまま進めるよりも、10分かけて理解してもらうほうが、後の10年が平和になります。そんなふうに考えてくれる依頼者こそ、本当にありがたい存在です。
司法書士との信頼関係は「質問」から始まる
質問してくれる=信頼してくれてる証拠です。私たちも完璧じゃないし、間違いを防ぐためには、二人三脚が大事。聞いてくれる人には説明しますし、納得してもらえるまで付き合います。でも「わからないけどいいや」で進められると、本当に怖いんです。
司法書士を目指す人へ:「説明する力」こそが武器になる
もしこの記事を見ている司法書士志望の方がいれば、知識だけでなく「伝える力」を磨いてほしいと思います。登記の知識は奥深いですが、それ以上に「相手に伝わる」かどうかが、トラブルを防ぐカギになるからです。
専門知識より「かみ砕いて伝える技術」が大事
難しいことを難しいまま伝えるのは、ある意味誰でもできます。でも、一般の方に伝わるような言葉に置き換えるのは、センスと経験が必要です。「住所変更の登記」と「このままだと売れないかもしれませんよ」という説明では、伝わり方がまるで違います。
一発で伝わる例え話のストックを持とう
私は「登記は土地の身分証明書のようなもの」とか、「古い住所のままだと郵便が届かないみたいなもの」と言って説明することがあります。うまいたとえ話は、一瞬で理解してもらえるので、司法書士としての武器になります。
「面倒くさい質問」への忍耐力を鍛えるべし
何度も同じことを聞かれると、正直つらいです。でもそこで「それ、前にも説明しましたよね?」と言いたくなる気持ちをグッと堪えて、「何度でも説明しますよ」と言えるかどうか。それがプロとしての姿勢だと思います。
まとめ:登記は「よくわからない」で済ませてはいけない
登記のことがわからないのは当然です。だからこそ、わからないまま進めるのではなく、少しでも確認して、理解しようとする姿勢が大切なんです。それだけで、無用なトラブルはかなり減らせます。
依頼者の理解が、トラブルを防ぐ第一歩
司法書士に任せきりにするのではなく、「これはどういう意味ですか?」と聞いてみてください。理解する努力が、結果的に自分と家族を守ることになります。
そして司法書士の役割は、そこをサポートすること
私たちの仕事は、単に書類を作ることではありません。依頼者の「わからない」を解消するために存在している。そう思って、今日もまた説明と確認を繰り返しています。愚痴も出るけど、やっぱり誰かの役に立つ仕事です。