「簡単な仕事だと思ってました」――その一言に涙が止まらなかった日

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「簡単な仕事だと思ってました」――その一言に涙が止まらなかった日

「簡単な仕事だと思ってました」と言われて

ある日、依頼人の何気ない一言が、胸にズシンと重く響いた。「簡単な仕事だと思ってました」。悪気はなかったのだろう。だけど、その言葉が突き刺さったのは、日々積み重ねてきた努力と神経のすり減らしが、一瞬で否定されたように感じたからだ。笑って受け流すしかなかったが、帰りの車の中で思わずハンドルに額をつけて、泣いてしまった。司法書士の仕事は、見えないところでの綱渡りの連続だ。

たった一言で崩れる自尊心

「大したことしてないでしょ?」――そんな風に見られてしまうことは少なくない。登記の内容は地味だし、テレビに出るような派手な仕事でもない。けれど、何重にもチェックし、万が一があってはいけないというプレッシャーの中でやっている。なのに、たった一言で、その積み重ねたものが崩れ落ちる気がする。「簡単そうに見せるのも仕事のうちか」と無理やり納得させるけれど、心の中ではちくちくと痛みが残る。

笑って流したけど、心はちぎれてた

「いやー、プロってすごいですね。パパっとやってくれて!」と明るく言われたこともある。それは褒め言葉だったのかもしれない。でも、それを聞いたときも、胸の奥がすうっと冷えた。こっちは何日も準備して、夜中まで書類を見直して、ようやく完成にこぎつけたのに。「パパっと」なんて言葉が、どれだけこちらの苦労を軽んじるか、言った本人はきっと気づかない。

世間のイメージと現実のギャップ

司法書士という職業に対する世間の理解は、正直なところまだまだ浅いと感じる。名前こそ聞いたことはあるけれど、「何してる人?」と聞かれることも多い。誤解されるたびに、こっちは一から説明する気力が削がれていく。登記という言葉は知っていても、その裏で起きている作業や責任には、なかなか思いが至らないのが現実だ。

登記してるだけでしょ?の破壊力

「登記してるだけでお金取るの?」と本気で言われたことがある。思わず返答に詰まった。確かに、登記の手続きは“結果”だけを見れば、ただの書類提出かもしれない。でも、その裏には調査、確認、複雑な法的判断がある。ミスがあれば責任も問われるし、訂正には手間も信用も失われる。そういうリスクをすべて背負って「だけ」なんて言われると、心が折れそうになる。

「誰でもできそうな仕事」に分類される日々

コンビニで買い物するような感覚で、登記を依頼してくる人がいる。「こういうの、ネットでできないの?」と言われたこともある。確かに、簡易的な申請ならオンラインで済むものもある。けれど、本当に複雑な相続や商業登記には、法的判断が必要になる。「知識」と「経験」と「責任」があって初めて成立する仕事を、「誰でもできそう」と言われると、言葉が出ない。

相続、後見、会社登記…見えてない現場の重圧

登記業務の裏では、時に家族の争いや感情のもつれに巻き込まれる。後見人選任では涙ながらに話す家族の話を聞くこともあるし、相続登記では兄弟喧嘩の仲裁役になることさえある。それでもミスは許されない。冷静に、淡々と、ミスなく、感情的にならずに対応しなければならない。そんな精神的な重荷があるなんて、外からは見えないだろう。

一人事務所のリアルな日常

地方の小さな事務所では、華やかな看板もなければ、サポート体制も手厚くない。事務員さんと二人三脚でやっていて、電話も来客も、自分が対応する。雑務も掃除もコピーも、自分の仕事だ。スマートじゃないし、正直効率も悪い。それでも、なんとか食べていくために、毎日必死に回している。

全部ひとりで背負うということ

ミスがあったとき、全部自分の責任になる。誰かのせいにはできない。書類の確認、提出、請求、進捗管理、全てが自分の肩にかかっている。夜、家に帰っても頭の中では「あの書類、明日提出だっけ」「あの人、連絡したかな」とぐるぐる考えてしまう。眠れない夜も少なくない。

事務員さんがいなかったら、もう潰れてる

事務員さんは正直、事務だけじゃない。精神的な支えでもある。「今日もなんとか終わりましたね」と言ってくれるだけで、少し救われる。ミスがあっても責めずに笑ってくれるその存在がなかったら、たぶんこの仕事、もうやめてる。お給料を払う側なのに、こっちが感謝ばかりしている。

想定外のトラブル、常に想定内にしなきゃいけない職業

司法書士の仕事は「段取り命」。だけど、現場では想定外のことばかり起きる。印鑑が違った、書類が一枚足りない、依頼者が急にキャンセルした――そんなことが日常茶飯事だ。それでも、依頼人からすれば「そんなのそっちのミスでしょ」と思われる。理不尽だと分かっていても、謝るのがこの仕事。

依頼人より先に謝るのが仕事ですか

一度、登記が完了する直前に、不動産の所有者が実は違っていたというトラブルがあった。こちらに非はなかったが、「すみません」と言わざるを得なかった。怒りの矛先を受け止めるのも、この仕事のうち。「あなたに頼まなきゃよかった」と言われた夜は、布団の中でずっと天井を見ていた。

書類一枚の重さに胃がキリキリする

たった一文字のミスで、法務局から補正が返ってくる。そのたびに、冷や汗が背中を伝う。確認したつもりでも、ミスは出る。でも、ミスは「つもり」で済まされない。完璧を求められる職業で、「人間だから間違える」は通用しない。だから胃薬が手放せない。

それでも辞められない理由

じゃあなんで辞めないのか――自分でもよく分からない。時々、ものすごく報われる瞬間がある。「ありがとう、助かりました」と泣きながら言われたとき、そのためにやっているのかもしれない。あの一言が、次の一日を支えてくれる。

「ありがとう」が救いになる瞬間もある

数年前、認知症のお父さんの後見手続きを終えた後、ご家族から小さな手紙をいただいた。「あなたのおかげで父の最後は穏やかでした」と。その時は、不覚にもトイレで一人泣いてしまった。きっと、その一言のために、全部やってるんだと思った。

誰かの人生の節目に関われる責任と誇り

登記って、ただの手続きじゃない。人の人生の「始まり」や「終わり」に立ち会っている感覚がある。家を買う、新しく会社を作る、親を見送る――その節目に関われることに、実は誇りを感じている。それがなければ、たぶんやっていけない。

結局、自分にしかできないと思ってしまう

向いてるのかは分からない。でも、自分がやらなきゃ誰がやる?と思ってしまう。完璧じゃなくても、少しでも依頼人が楽になるように。そんな気持ちが、まだ自分を机に向かわせている。今日もまた「簡単な仕事ですね」と言われるかもしれないけれど、それでもやる。それが、司法書士なんだと思う。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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