後回しのツケは、ある日突然やってくる
「あとでやろう」「時間ができたら手をつけよう」──この言葉、司法書士として働いていれば何度も口にしてしまいます。日々、登記・相続・成年後見などが同時並行で動く中、緊急度の低い案件を優先順位の下に追いやるのは、もはや自衛本能のようなもの。しかし、その“あとで”は、だいたいトラブルの火種となって戻ってきます。忘れた頃に鳴る一本の電話。それが、あの後回しにしていた案件だった時の、胃がキュッと締めつけられるあの感覚――私はもう何度も経験しています。
「ちょっと今忙しいから…」は永遠に来ない未来への言い訳
「今は急ぎの登記が立て込んでるから、この相続関係の相談はちょっと落ち着いてから…」なんて思っていたあの時の自分を殴りたい。結局、忙しさが完全に収まる日は来ないんです。業務の波は一定ではなく、次から次へと急ぎの案件が押し寄せてくる。そのうち、後回しにした案件の依頼者から「その後どうなっていますか?」と電話がかかってきて、何も進めていなかった自分を責める羽目に。たった5分でもいいから、最初のアクションを起こしておくべきだったと、後悔ばかりが募ります。
見なかったことにした書類が、数ヶ月後に爆発する
ふと机の脇に積まれた封筒の束に目をやった瞬間、「あっ…」と凍りつくことがあります。書類の山に紛れたままになっていた、依頼者からの重要な戸籍謄本や遺産分割協議書の原本。受け取った時には「確認して後で対応しよう」と思っていたのに、そのまま埋もれて数ヶ月。ある日突然、相手方から「まだ手続きしてもらってないんですけど」と言われ、記憶を必死で掘り起こす羽目になります。見なかったことにしても、現実は静かに迫ってくるんですよね…。
なぜ我々司法書士は案件を後回しにしてしまうのか
自分でもわかっているんです。「後回しにするのは良くない」と。でも、頭では理解していても、現実の仕事の渦に巻き込まれていくと、どうしても「後でいいや」に逃げてしまう。これは性格だけの問題ではなく、業務構造や人的リソースの問題が根底にある気がします。
目の前の「急ぎじゃない仕事」が実は一番危ない
「至急」マークがついていない依頼、相談ベースでとりあえず預かった書類、期限が明記されていない問い合わせ。こういった“緩やかに始まる仕事”ほど、後から一気に火を吹く危険性が高いんです。お客様からすると、急がなくても「ちゃんと進んでる」と思っているケースが多く、こちらが忘れていたとわかった瞬間、信頼関係が一気に崩れる。急がない仕事ほど、実は対応スピードが命なんですよね。
人手不足の現実と、脳のリソースの限界
地方の個人事務所で、司法書士一人と事務員一人。これで10件以上の案件を並行処理するのは、正直言って無理がある。ToDoリストは常に溢れ、完了チェックをしている間に新しい案件が舞い込む。頭の中は常に混沌としていて、後回しにした案件がどこにいったかさえ分からなくなることも。私たちは「忘れない」ことより、「忘れても大丈夫な仕組み」を作らなければ、精神的に持ちません。
事務員ひとりではどうにも回らない現場
私の事務所でも、事務員さんには感謝しかありません。でも、相続関連の戸籍収集から登記書類の作成、電話対応にお茶出しまで…全部やらせているのが現実。結局、手が回らないから後回しになる。この構造を放置していては、案件が火を吹くのは当然だと思います。
後回しが招いた実例:あの相続登記、なんで今になって…
何ヶ月も前に「急ぎじゃないんで」と言われていた相続登記。こちらもつい油断して、別の急ぎ案件を優先していたところ、ある日その相続人の方から「不動産を売却したいので、登記急いでください」と連絡が。いや、それ早く言ってくれよ…と思うのと同時に、自分が全然進めていなかった事実に青ざめます。
放置していた案件に「ご家族から急に電話」が来る日
本人ではなく、別のご家族の方から「お宅、いつまで待たせるんですか」と怒鳴り気味の電話がかかってくる日が一番きついです。自分の怠慢が、依頼者だけでなくその家族まで巻き込んでしまった。その重みが、じわじわと心に刺さるんです。
一度信頼を失えば、もう依頼は戻ってこない
後から誠意を見せても、結局「一度やらかした事務所」としての印象は消えません。次の仕事をお願いされることはまずないし、紹介もなくなる。地域密着型の仕事だからこそ、口コミの影響は大きい。後悔しても、信頼は戻らないのが現実です。
リスクは「時間差」でやってくる
怖いのは、“今すぐ困らない”というだけで、リスクがどんどん溜まっているという事実です。書類の不備や確認漏れは、あとからじわじわと火種になって表面化します。
不動産登記の申請ミス、気づいた頃には手遅れ
忙しさに追われて、登録免許税の金額を間違えたまま申請してしまい、補正の連絡が来たのは3週間後。その間、依頼者は銀行との契約を進めてしまっていて、訂正で間に合わずに一度白紙に戻るという悲惨な結果に。まさに、自分の後回しが招いた損失です。
訂正もできない、信頼も戻らない
司法書士の仕事って、一見地味だけど「間違いが許されない」場面ばかり。誤って処理した情報は、あとで簡単に訂正できるとは限らず、時間もお金も信頼も失うことになります。それでも、誰にも愚痴れないのがまたつらいんですよね。
会社設立の期日に間に合わなかった苦い経験
「○月○日に会社設立したい」という依頼を受けていたのに、定款の認証スケジュールを甘く見積もっていて、登記日が1日遅れに。経営者にとってはたった1日じゃ済まない問題で、結局キャンセル扱いにされ、報酬ももらえずじまい。私の不始末なのは明らかで、何度も謝罪しましたが、心のダメージは大きかったです。
対策:後回しにしないために、今日からできること
完璧を目指すより、“とりあえず手をつける”ことが、後回しグセから脱出する鍵です。小さな一歩でも、着手しておくことで、火を吹くリスクはぐんと減ります。
「後回しリスト」をつくらない、すぐに動く癖
やることリストを作るのはいいけど、そこに「あとでやること」を明記すると、結局放置になります。むしろ「2分でできることは今やる」をルール化した方が精神的にも楽。私は最近、まず“着手”だけして、進捗ゼロを避けるようにしています。
完璧じゃなくても“着手”だけはしておく
書類に目を通す、ファイルを作る、ToDoにメモを残す、それだけでも違います。案件を「記憶」ではなく「記録」で管理するだけで、忘れることへの恐怖が薄れていきます。
週1で「見なかったことにした書類」を棚卸しする
私は毎週金曜の夕方に、「見ないふりした書類ボックス」を整理する時間を設けています。嫌でも目に入るようにしておくと、少しずつでも対応できる。精神的なプレッシャーも軽減されるのでおすすめです。
それでも忙しい…そんなときの逃げ道も考えておこう
後回しにしないことが一番ですが、現実問題としてすべてをこなすのは不可能な日もあります。そんなときにどう逃げ道をつくるか、考えておくのも大切です。
外注?人を増やす?いや、その前に「減らす」判断
抱えすぎるのが一番の元凶。だから最近は、「これはウチじゃなくてもできるな」と思ったら、正直にお断りするようにしています。全部請けて疲弊するより、質のいい仕事を少しだけの方が、精神衛生にもいいです。
断る勇気が身を守ることもある
「断ったら次がないかも」と思っていた時期もありましたが、断ることで逆に信頼されたこともあります。無理をして対応して失敗するより、正直に言った方が、よほど誠実です。
同業者とのゆるい連携という選択肢
全部自分で抱えず、同業者との連携で案件を回すのも一つの手。紹介料なんて気にせず、「お互い様」の精神で回していけば、結果的に自分も助かります。
最後に:未来の自分を助けるのは、今の自分しかいない
あのときやっておけば…という後悔は、何度味わっても慣れることはありません。だからこそ、今日、今この瞬間に、ひとつでも着手する。それだけで、未来の自分がどれだけ救われるか。火を吹く案件を未然に防ぐのは、派手なスキルや人脈より、「動き出す勇気」なのかもしれません。
“火を吹く案件”は、忘れた頃に燃え上がる
静かに横に置いたつもりでも、その案件はじわじわと燃料を溜め続けています。そして、ある日突然、炎となってこちらに降りかかってくる。その火を浴びてからでは遅いんです。
自分を守るために、まずは一つ片付けよう
今すぐ全部を完了させる必要はありません。でも、「とりあえず一つやる」。この小さな習慣が、後回しの連鎖を断ち切ってくれます。未来の自分のために、今日ひとつ、片付けてみませんか。