司法書士という仕事、続ける意味がわからなくなる日もある
気づけば司法書士として独立してから十数年。地方の片隅で細々と事務所を営み、事務員一人と共に日々の業務に追われる毎日です。世間から見れば「士業」であり、安定した職業に見えるかもしれませんが、実際のところは甘くありません。電話が鳴れば苦情か急ぎの相談、終わらない書類作成、期限に追われる申請業務。休みの日でも頭の中は仕事のことでいっぱいです。
「感謝される仕事」のはずが、現実は苦情と焦りの連続
司法書士の仕事は、登記や相続、借金整理など、誰かの人生の転機に関わる責任重大なものです。だからこそ、「先生にお願いしてよかった」と感謝されることを目指してきたのですが、現実はなかなかそうはいきません。登記が遅れれば「まだですか」と責められ、相談者が抱える不安に寄り添う時間さえ取れない日もあります。信頼を得る前に、まず疑いの目で見られることも珍しくありません。
毎日のルーチンに追われるだけの孤独
朝から晩まで書類とパソコンに向かい、終わったと思ったら次の案件が舞い込んでくる。ひとり事務所の現実は、孤独との闘いでもあります。相談者と話す時間よりも、机に向かって一人で考え込む時間のほうが圧倒的に多い。たまに気持ちを分かち合えるのは事務員との雑談くらいで、同業者と会う機会もほとんどありません。
事務員一人分の責任とプレッシャー
ありがたいことに、事務員さんは誠実でよく働いてくれますが、そのぶん私自身が背負う責任の重さは増します。彼女の給料を確保するために無理な案件も断れず、体調が悪くても事務所を空けるわけにはいかない。守るものがあるというのは、時に重荷でもあります。
その日も、疲弊した気持ちのまま案件処理をしていた
あの日も、朝から登記の準備でバタバタしていました。電話が鳴るたびに中断され、書類は山積み、昼飯もコンビニのおにぎりひとつ。そんな状態で、お客様との面談に臨みました。正直、笑顔を作る余裕もなく、いつも通り無表情で淡々と説明するだけのやり取りでした。
依頼者の表情からは不安しか見えなかった
その方は、年配の女性で、ご主人を亡くされて間もない様子でした。口数は少なく、書類を見るたびに不安そうに眉をひそめていました。私も心の余裕がなかったので、「きっと怒られるな」とか「説明不足って言われるだろうな」と勝手にネガティブな想像ばかりしていたのです。
こちらも余裕がなくて、笑顔を作るのもしんどかった
業務を一通り説明し、登記の流れや費用について話しましたが、いつものように早口になってしまいました。相手の理解度を確認する余裕もなく、「すみませんがこちらに署名を…」と手続きを進めるばかり。そういうときほど、自分が機械のように感じられて嫌になるのです。
登記が完了し、引き渡した瞬間の沈黙
登記が無事に完了し、必要書類をお渡しした帰り際、少しの沈黙がありました。こちらは「早く次の案件を処理しないと」と焦っていたので、戸惑いながらも「何かご不明な点はございますか？」と声をかけたんです。すると、彼女は静かに、でもはっきりとこう言ったのです。
「この先生にお願いしてよかった」――唐突な一言
正直、耳を疑いました。こんなに不親切な対応をしてしまったのに、どうしてそんな言葉を？ 一瞬、冗談かとさえ思いました。でも、彼女の目は真剣で、涙を浮かべながら続けてくれました。「主人が亡くなって、何もかも不安だったけど、ここに来て少し安心しました」と。
驚きと戸惑い、そして…心がふっと軽くなった
思わず言葉に詰まりました。こちらこそ泣きそうになりながら、「ありがとうございます」とだけ伝えるのがやっとでした。疲れきっていた心に、ふっと風が吹いたような感覚。自分の仕事が、誰かの不安をほんの少しでも軽くできたんだと思えた瞬間でした。
泣きそうになるのをこらえながら、ただ「ありがとうございます」とだけ
士業なんだから冷静でなきゃいけない、感情的になってはいけないと、ずっと思ってきました。でもその日は、感情を押し込めることができませんでした。誰かに必要とされたこと、感謝されたこと、それがこれほどまでに自分を救うとは思っていませんでした。
実は、それまで自信なんてなかった
日々の仕事に追われるなかで、「自分なんかが司法書士をやっていていいのか」と思うことは何度もありました。うまくいかない案件やクレームがあるたびに、向いてないのかもしれないと落ち込んでいました。周囲に相談できる相手もおらず、ただ悶々とするだけの日々でした。
「こんなに頑張っても報われない」と感じていた日々
寝る間を惜しんで準備しても、書類一枚のミスで全てが台無し。感謝よりもクレームの方が記憶に残り、「誰のためにやってるんだろう」と虚しくなることもあります。事務所の経費を計算するたびに、報酬と手間が見合ってないと感じることも正直あります。
収入は減り、手間は増え、家族にも心配かけてばかり
地方は案件数も限られており、競合も増えています。10年前に比べて報酬水準も下がり、オンライン申請の普及で業務が効率化される一方、個人事務所には厳しい時代です。そんな中で、家族から「体に気をつけてよ」と言われると、余計に自分のふがいなさを感じるのです。
でも、たった一言が全てを変えた
「この先生にお願いしてよかった」――その言葉は、他人にとっては何気ない一言かもしれません。でも、私にとっては、これまで積み上げてきた時間と努力がすべて報われたように感じられたのです。士業である前に、人として信頼されることが、何よりの励みになりました。
自分の存在が誰かの役に立っているという事実
事務所を開業してから、何度も辞めようかと考えました。でも、そのたびに、ほんの少しの「ありがとう」や「助かりました」に救われてきました。肩書きではなく、行動で信頼を積み重ねるしかないこの仕事は、決して楽ではありませんが、確かに人のためになっています。
司法書士にしかできないことが、確かにある
法的な手続きを通じて、人生の不安を和らげるお手伝いができるのは、司法書士ならではの役割です。士業のなかでも地味で目立たない立場ですが、確実に人の人生の節目に関わっている。そんな自負が、これからも続ける原動力になります。
同業者や志望者に伝えたいこと
「司法書士は安定している」と言われることがありますが、実態は決して楽な仕事ではありません。でも、だからこそ、やりがいや感動もひとしおです。毎日が報われるわけではありませんが、ふとした瞬間に涙が出るほど嬉しい言葉をもらえることがあります。
華やかさはないけど、地に足のついたやりがいがある
テレビに出ることもなければ、SNSでバズるような仕事でもありません。でも、目の前の依頼者が「ありがとう」と言ってくれる。派手さはなくても、地道な積み重ねが人の役に立っていると感じられる。それだけで、十分だと最近は思えるようになってきました。
「泣ける瞬間」は、しんどい日々の中にふと現れる
毎日が辛いと思っている方も多いと思います。私もそうです。でも、「もう限界かも」と思ったときに限って、心に響く一言に出会えたりするのです。その瞬間のために、また明日もやってみようと思える――そんな仕事が司法書士なんだと思います。
続ける理由は、人との関わりの中にしかない
最後に思うのは、結局この仕事を続ける理由は「人」なんだということです。書類ではなく、人の思いに触れられる瞬間があるから、続けられる。迷いながらでも、愚痴を言いながらでも、私たちは人に寄り添う専門家であることを忘れずにいたいですね。
