立会い当日、まさかの「不在」――静まり返る事務所
その日は、朝から妙に静かだった。大事な立会いの予定がある日というのは、いつもより緊張感が漂っているものだ。依頼人も予定通り到着し、こちらも準備万端。事務員がコーヒーを淹れてくれたので一口飲んで待っていた。ところが、時間を過ぎても公証人が現れない。「ちょっと遅れてるのかな」くらいに思っていたが、10分、20分…どんどん不穏な空気が流れ始めた。静けさが重たくのしかかる中、私は心の中で「まさか」と呟いていた。
予告も連絡もなし、公証人が現れない朝
こういう時の沈黙ほど怖いものはない。公証人の携帯に電話をかけても出ない、留守電にもならない。メールにも既読がつかない。依頼人は無言でスマホをいじり始め、事務員もそわそわしながら私の顔をチラチラと伺う。私はひたすら着信履歴と時計を交互に見つめていた。「今日は何の日だったっけ？」「確認したよな？」頭の中でぐるぐる確認が始まる。だけど、答えはいつまでも来なかった。
電話も通じず、ただ時間だけが過ぎていく
こういう状況になると、人間って本当に無力だと思う。どれだけ段取りしていても、最後のワンピースが欠けるだけで全てが台無しになる。公証人が来ない、それだけのことなのに、現場はもう崩壊寸前。私は何度もスマホを見返し、間違って日付を伝えたんじゃないかとスケジュールを確認した。…でも、やっぱり合ってる。来るべき人が来ないというのは、こんなにも不安で、苦しいものなんだ。
依頼人の不安、事務員の戸惑い、自分の焦り
依頼人の男性は、顔には出さないものの、完全に不信感を抱いているのが分かる。「司法書士って大丈夫なのか？」そんな声が聞こえてきそうだった。事務員は、「私のせいですか…？」と小声で聞いてきた。いや、違う。誰も悪くない。でも、誰かが責任を取らなきゃいけない。結局それは私だ。焦りと苛立ちと、どうにもならない現実の板挟みで、胃のあたりがズーンと重くなっていくのを感じていた。
事前確認の限界――“ちゃんとやったのに”が通じない
こういう出来事に遭遇すると、「準備って何だろう」と思ってしまう。公証役場とは数日前に確認を取り、FAXで再確認もした。メールも送った。完璧だと思っていた。でも、それでも「来ない」。この一件が、いかに“想定外”というものが司法書士にとって日常茶飯事であるかを、改めて思い知らされた。
チェックリストの意味がない瞬間
私の机には、チェックリストが貼ってある。業務ごとに、確認項目を順番に潰していく。今回も、すべてにチェックが入っていた。なのに、現場ではそのリストは役に立たなかった。無機質な紙の上の「✔」は、実際の現場の混乱や感情を支えてはくれない。形式通りの確認では、何も守れないのだ。
公証役場とのやり取りは「最後まで油断できない」
公証人も人間である。うっかり忘れることも、体調を崩すこともある。それはわかる。でも、だからこそ、「最後の一報」が必要なのだと思う。たとえば、前日夜の再確認電話。そんなアナログなことが、実は一番確実だったのかもしれない。確認を怠らないのではなく、“疑ってかかる”ぐらいの警戒心が必要だと痛感した。
依頼人への説明が一番つらい
公証人が来ないという事実よりも、依頼人に「すみません」と頭を下げる時間の方がきつい。責任はないのに、責任を負わされるこの瞬間。説明をしながら、自分がどれだけ努力しても「結果」がすべてなのだという現実に直面する。
謝罪とフォローに追われる時間
「本日はご足労いただいたのに、…」と何度も言う。何も悪くないのに。こちらが被害者のはずなのに。でも、お客様から見れば、「ちゃんとしていない事務所」なのだ。信頼は一瞬で崩れる。何よりもつらいのは、「次回もお願いできますか？」という言葉が出てこなかったことだった。
「先生のせいじゃないのは分かってますけど」の圧
そう言ってもらえるだけありがたい、のかもしれない。でも、そう言われるたびに、逆に心が締めつけられる。善意で慰めてくれているのに、「責任はないけど、結果的にあなたのミスですね」と言われているようで。こういう仕事は、メンタルの強さも要求されるのだと痛感した。
時間のロス、信頼のロス、そしてメンタルの摩耗
ただ一人が来ない。それだけのことが、これほどまでに影響を与えるとは思ってもいなかった。一日がまるごと潰れた。別の予定もすべて後ろ倒し。再調整の電話を何件も入れ、夜にはどっと疲れが押し寄せた。
1時間が3時間にも感じた待機地獄
待っている時間というのは、本当に長く感じる。1時間が3時間に感じるのは、何もしていないからではなく、「何もできない」から。外に出ることもできず、ただ椅子に座っているだけ。思考は堂々巡りで、どんどん暗い方に引っ張られる。無力感だけが残る。
こういう時に限って他の案件も押すんですよね
待っている間にも、電話は鳴る。登記の進捗、相談予約の確認、急な契約変更の連絡…。気がつけば事務員もバタバタ。普段なら冷静に対応できることも、気持ちが乱れているせいでうまくいかない。心の余裕が、すべてを左右するのだと思い知らされた。
こうして無駄なストレスは溜まっていく
どんなに気をつけていても、ゼロにはならないストレス。それが積もり積もって、ある日突然ガクッとくる。私は今回の件で、「無駄に感じる出来事」が実は一番厄介なのだと知った。
精神的な消耗は見えづらいけれど確実に蓄積する
誰にも見えないけれど、自分の中には確実に疲れが蓄積していく。ふとした拍子にイライラしたり、小さなことで落ち込んだりするようになる。原因が明確じゃないから対処もしづらい。だからこそ、日々の出来事に丁寧に向き合わなければならないのだ。
事務員に八つ当たりしそうになった自分を反省
「今日、あの書類どこに置きましたっけ？」と聞かれて、思わず強い口調になりそうになった。事務員は悪くない。むしろ、ずっとサポートしてくれていた。それでも、気持ちの余裕がないと、人は簡単に間違える。そんな自分に気づいて、しっかり反省した。
そもそも“立会い”ってなんなんだろう
立会いという言葉の響きは重い。でも、その重さに見合った制度運用がされているかというと、少し疑問だ。公証人の不在という事態がそれを物語っている。「形式」と「現実」のギャップが、ここにはある。
立ち会ってもらえない立会いという矛盾
公証人がいなければ、そもそも立会いとは言えない。それなのに、スケジュールは動いていくし、依頼人も来てしまう。もし制度上、代替措置や緊急連絡網などがしっかりしていれば、今回のようなトラブルも最小限に抑えられたはずだ。
制度的な脆さと現場の責任のバランス
制度が脆いのか、現場が脆いのか。その答えは簡単には出ない。ただ、現場が一方的に責任を背負わされる構図には違和感がある。司法書士は「何でも屋」ではない。けれど、誰も来ないなら、最後には全部やらざるを得ない。バランスの悪さを、制度側にも見直してほしいと思う。
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立会い当日、まさかの「不在」――静まり返る事務所
その日は、朝から妙に静かだった。大事な立会いの予定がある日というのは、いつもより緊張感が漂っているものだ。依頼人も予定通り到着し、こちらも準備万端。事務員がコーヒーを淹れてくれたので一口飲んで待っていた。ところが、時間を過ぎても公証人が現れない。「ちょっと遅れてるのかな」くらいに思っていたが、10分、20分…どんどん不穏な空気が流れ始めた。静けさが重たくのしかかる中、私は心の中で「まさか」と呟いていた。
予告も連絡もなし、公証人が現れない朝
こういう時の沈黙ほど怖いものはない。公証人の携帯に電話をかけても出ない、留守電にもならない。メールにも既読がつかない。依頼人は無言でスマホをいじり始め、事務員もそわそわしながら私の顔をチラチラと伺う。私はひたすら着信履歴と時計を交互に見つめていた。「今日は何の日だったっけ？」「確認したよな？」頭の中でぐるぐる確認が始まる。だけど、答えはいつまでも来なかった。
電話も通じず、ただ時間だけが過ぎていく
こういう状況になると、人間って本当に無力だと思う。どれだけ段取りしていても、最後のワンピースが欠けるだけで全てが台無しになる。公証人が来ない、それだけのことなのに、現場はもう崩壊寸前。私は何度もスマホを見返し、間違って日付を伝えたんじゃないかとスケジュールを確認した。…でも、やっぱり合ってる。来るべき人が来ないというのは、こんなにも不安で、苦しいものなんだ。
依頼人の不安、事務員の戸惑い、自分の焦り
依頼人の男性は、顔には出さないものの、完全に不信感を抱いているのが分かる。「司法書士って大丈夫なのか？」そんな声が聞こえてきそうだった。事務員は、「私のせいですか…？」と小声で聞いてきた。いや、違う。誰も悪くない。でも、誰かが責任を取らなきゃいけない。結局それは私だ。焦りと苛立ちと、どうにもならない現実の板挟みで、胃のあたりがズーンと重くなっていくのを感じていた。
事前確認の限界――“ちゃんとやったのに”が通じない
こういう出来事に遭遇すると、「準備って何だろう」と思ってしまう。公証役場とは数日前に確認を取り、FAXで再確認もした。メールも送った。完璧だと思っていた。でも、それでも「来ない」。この一件が、いかに“想定外”というものが司法書士にとって日常茶飯事であるかを、改めて思い知らされた。
チェックリストの意味がない瞬間
私の机には、チェックリストが貼ってある。業務ごとに、確認項目を順番に潰していく。今回も、すべてにチェックが入っていた。なのに、現場ではそのリストは役に立たなかった。無機質な紙の上の「✔」は、実際の現場の混乱や感情を支えてはくれない。形式通りの確認では、何も守れないのだ。
公証役場とのやり取りは「最後まで油断できない」
公証人も人間である。うっかり忘れることも、体調を崩すこともある。それはわかる。でも、だからこそ、「最後の一報」が必要なのだと思う。たとえば、前日夜の再確認電話。そんなアナログなことが、実は一番確実だったのかもしれない。確認を怠らないのではなく、“疑ってかかる”ぐらいの警戒心が必要だと痛感した。
依頼人への説明が一番つらい
公証人が来ないという事実よりも、依頼人に「すみません」と頭を下げる時間の方がきつい。責任はないのに、責任を負わされるこの瞬間。説明をしながら、自分がどれだけ努力しても「結果」がすべてなのだという現実に直面する。
謝罪とフォローに追われる時間
「本日はご足労いただいたのに、…」と何度も言う。何も悪くないのに。こちらが被害者のはずなのに。でも、お客様から見れば、「ちゃんとしていない事務所」なのだ。信頼は一瞬で崩れる。何よりもつらいのは、「次回もお願いできますか？」という言葉が出てこなかったことだった。
「先生のせいじゃないのは分かってますけど」の圧
そう言ってもらえるだけありがたい、のかもしれない。でも、そう言われるたびに、逆に心が締めつけられる。善意で慰めてくれているのに、「責任はないけど、結果的にあなたのミスですね」と言われているようで。こういう仕事は、メンタルの強さも要求されるのだと痛感した。
時間のロス、信頼のロス、そしてメンタルの摩耗
ただ一人が来ない。それだけのことが、これほどまでに影響を与えるとは思ってもいなかった。一日がまるごと潰れた。別の予定もすべて後ろ倒し。再調整の電話を何件も入れ、夜にはどっと疲れが押し寄せた。
1時間が3時間にも感じた待機地獄
待っている時間というのは、本当に長く感じる。1時間が3時間に感じるのは、何もしていないからではなく、「何もできない」から。外に出ることもできず、ただ椅子に座っているだけ。思考は堂々巡りで、どんどん暗い方に引っ張られる。無力感だけが残る。
こういう時に限って他の案件も押すんですよね
待っている間にも、電話は鳴る。登記の進捗、相談予約の確認、急な契約変更の連絡…。気がつけば事務員もバタバタ。普段なら冷静に対応できることも、気持ちが乱れているせいでうまくいかない。心の余裕が、すべてを左右するのだと思い知らされた。
こうして無駄なストレスは溜まっていく
どんなに気をつけていても、ゼロにはならないストレス。それが積もり積もって、ある日突然ガクッとくる。私は今回の件で、「無駄に感じる出来事」が実は一番厄介なのだと知った。
精神的な消耗は見えづらいけれど確実に蓄積する
誰にも見えないけれど、自分の中には確実に疲れが蓄積していく。ふとした拍子にイライラしたり、小さなことで落ち込んだりするようになる。原因が明確じゃないから対処もしづらい。だからこそ、日々の出来事に丁寧に向き合わなければならないのだ。
事務員に八つ当たりしそうになった自分を反省
「今日、あの書類どこに置きましたっけ？」と聞かれて、思わず強い口調になりそうになった。事務員は悪くない。むしろ、ずっとサポートしてくれていた。それでも、気持ちの余裕がないと、人は簡単に間違える。そんな自分に気づいて、しっかり反省した。
そもそも“立会い”ってなんなんだろう
立会いという言葉の響きは重い。でも、その重さに見合った制度運用がされているかというと、少し疑問だ。公証人の不在という事態がそれを物語っている。「形式」と「現実」のギャップが、ここにはある。
立ち会ってもらえない立会いという矛盾
公証人がいなければ、そもそも立会いとは言えない。それなのに、スケジュールは動いていくし、依頼人も来てしまう。もし制度上、代替措置や緊急連絡網などがしっかりしていれば、今回のようなトラブルも最小限に抑えられたはずだ。
制度的な脆さと現場の責任のバランス
制度が脆いのか、現場が脆いのか。その答えは簡単には出ない。ただ、現場が一方的に責任を背負わされる構図には違和感がある。司法書士は「何でも屋」ではない。けれど、誰も来ないなら、最後には全部やらざるを得ない。バランスの悪さを、制度側にも見直してほしいと思う。
