え、これ出せって?白紙の委任状が届いた日の衝撃

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え、これ出せって?白紙の委任状が届いた日の衝撃

白紙の委任状がポンと届いた日

ある日、いつも通りの午前中。机に積まれた郵便物の束から一通の封筒を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、信じられない「まっさらな紙」。あれ?と何度も目をこすったが、やはりそれは“白紙の委任状”だった。まさかこれをこのまま出せと?忙しい時期に、時間を取って確認した書類がこれ。開業してから色々あったが、この瞬間ほど脱力したことはなかった。

封筒を開けて言葉を失った

委任状の定型文すら書かれていない。住所も氏名も、日付すらブランク。「うちの名前くらいは入ってるだろう」と思ったら、宛名も空欄だった。これで「登記お願いします」と言われても、そりゃ無理でしょう。まるで白紙の答案用紙を「満点にして提出して」と渡された気分だ。

送り主はまさかのあの業者

しかも送り主は、地元でも“書類が雑”で有名な不動産業者。以前から電話口でも「だいたいでお願い」「先生のほうで書いといて」と、軽く言われることが多かったが、まさか本当に何も書いていない委任状を送ってくるとは。まったく予想を超えてきた。

「とりあえず送ったんで、あとはよろしく」の無責任

その後、確認のため電話をかけると、案の定「委任状、そっちで書いといてくださいよ~」という軽い返答。腹の底でため息をつきながら、「いや、そういうわけにはいきません」と説明する自分がいた。委任という制度の意味、きちんとわかって言ってるのか疑問すら湧いてくる。

電話しても「え?そっちで書くもんでしょ?」

「司法書士さんって、全部代わりにやってくれるんじゃないの?」とでも言いたげな口ぶり。確かに“代書”と“代理”の区別は一般の方には伝わりにくいかもしれない。でも、何もかもがこちら任せというのは、やはり乱暴だ。リスクを伴う書類をこちらの手書きで勝手に進めるなんて、ありえない。

そもそも委任の意味、わかってます?

委任とは「この内容であなたに代理してもらいます」と、依頼者が内容を理解した上で署名押印する行為のこと。それが空欄のまま、こちらで勝手に書いて署名だけ預かるなんて、委任の根本から逸脱している。少し法律をかじれば誰でもわかる話なのに、現場ではこんなことが日常茶飯事だ。

こういう“白紙委任”がなぜダメなのか

実はこうした“白紙委任状”のリスクはかなり大きい。もしも後から「そんなこと聞いていない」「書いた覚えがない」と言われたら、責任の所在がどこにあるのか非常に曖昧になる。だからこそ、司法書士としては絶対に受け取ってはいけない書類なのだ。

委任の本質とリスク

委任状というのは、単なる“お任せ”の紙ではない。代理行為が正当に成立するための大事な証拠でもある。そこに明確な日付、目的、代理人の範囲が書かれていなければ、後々のトラブルの火種になりかねない。

責任の所在が不明になる怖さ

例えば相続登記で兄弟間のトラブルが起きたとしよう。「そんな委任、していない」と言われれば、誰がその内容を書いたのか、署名したのはいつか、すべてが不明確になる。結局、矢面に立つのは司法書士だ。白紙委任とは、まさに地雷を踏みに行くようなもの。

本人確認義務との衝突

司法書士には本人確認義務がある。なのに、内容が不明な委任状を受け取ることで、確認義務との矛盾が生じる。書かれていない内容を「わかっていた」と証明するのは不可能であり、あらぬ疑いをかけられるリスクすらある。

それでも「慣例だから」と言われる現実

長年付き合いのある業者ほど、慣例を重んじる傾向がある。「今までもこうしてたし、大丈夫だよ」と言われると、つい断りづらくなってしまうのが人情。しかし、慣例が法律を上書きするわけではない。ここを割り切らなければ、結局自分が痛い目を見る。

断るのも神経を使うのが司法書士のつらさ

「白紙は受け取れません」と伝えるだけで、露骨に機嫌を悪くする相手もいる。丁寧に説明しても、「あの先生は面倒だ」と言われる始末。正当な手続きを主張しても、結果的に悪者扱いされることも珍しくない。

角を立てずに返送する文面とは

「恐れ入りますが、委任状が白紙の状態でしたので、記入をお願いできますでしょうか」といった、柔らかい言い回しが基本。だが、内心は「ふざけるな」と思っているのが本音である。言葉を選びながらも、自分の正当性はきちんと伝えるバランスが必要だ。

「丁寧に断っても嫌われる」理不尽

真面目に仕事して、丁寧に対応しているはずなのに、なぜか煙たがられる。簡略化を求められ、真面目さが邪魔者扱いされるこの業界の空気に、時折やりきれなさを感じる。同業者にはこの苦労、きっとわかってもらえるはずだ。

やるべきは“怒らず、折れず、疲弊せず”

感情的になったら負け、かといって無理に耐えるとメンタルが削れる。だからこそ、「怒らず、折れず、疲弊せず」をモットーに、日々を乗り切るしかない。気持ちの切り替えができないと、どこかで破綻してしまう。

心を折らない工夫と切り替え

私は毎朝、コーヒーを飲みながら「今日は誰の書類が変なのか楽しみだな」と自虐的に考えるようにしている。期待値を下げておけば、ちょっとまともな書類が来ただけで感動すら覚える。そういう切り替えも、実は大事な防衛策だ。

愚痴りたくなるけど、それでもやる理由

何度愚痴っても、この仕事を辞めたいとは思わない。なぜなら、苦労した分だけ「ありがとう」の一言が重く感じられるからだ。そして何より、同じように悩んでいる司法書士さんがいることが、ちょっとした救いになる。

依頼人が「ありがとう」と言ってくれる一瞬

時間をかけて丁寧に進めた登記が無事に終わったとき、「本当に助かりました」と言われると、すべてが報われた気になる。だからこそ、今日もまた、白紙の委任状と向き合う日々を続けている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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