この人、嘘をついてるかもしれない——それに気づいたとき、あなたならどうする?
依頼人の「嘘」に気づいたその瞬間
司法書士という仕事柄、相手の言葉や書類を信じて動くしかない場面が多々あります。しかし、ある日ふとした会話のなかで、依頼人の話に食い違いを感じる瞬間がありました。言っていた日付が違う、亡くなったはずの人がなぜか登場する…。それは最初、こちらの聞き間違いかと思いました。でも、話を重ねるごとに違和感が大きくなっていったのです。
ほんの小さな違和感から始まった
あのときの依頼人は、遺産分割の相談で訪れた年配の女性でした。「兄とはもう絶縁してるんです」と言っていたのに、提出された戸籍にはその兄と連絡をとっている形跡がありました。最初は「記載の都合だろう」と流しましたが、何度か同じ話を繰り返すうちに、あちこちに「つじつまが合わない」点が見えてきました。
「あれ?」という感覚を見過ごさない
毎日のように何人もの話を聞いていると、こちらもある種の「勘」が働くようになります。内容が正確かどうか以前に、「この人、何かを隠しているな」と肌で感じる瞬間があるのです。違和感は違和感のままにしておいてはいけません。私の経験上、その「ちょっとした引っかかり」が後でトラブルの火種になることが多いのです。
なぜ嘘をつくのか——依頼人の心理を想像する
嘘をつくのは悪意だけが理由ではありません。むしろ多くの場合、「本当のことを言ったらまずいのではないか」「恥ずかしい」といった防衛反応からくるものです。だからこそ、依頼人の背景や心理を想像する姿勢も必要だと、私は自戒を込めて思っています。
悪意なのか、それとも恐れなのか
例えば、財産の隠し場所について「知らない」と言っていた依頼人が、実は自分の取り分を多くしたくて黙っていたケースもありました。でもその方は後から「話すのが怖かった」と涙を流しました。悪意ではなく「恐れ」から嘘をつく人は多い。そこに気づけるかどうかが、専門職としての分かれ道なのかもしれません。
誰もが「嘘」をつきたくなる瞬間はある
正直な話、私自身も「言いたくないこと」を隠したことがあります。だから、依頼人が嘘をつくのを頭ごなしに責めるのは違うと思っています。重要なのは、その嘘が手続きを妨げるものかどうか、そしてそれによって誰かが不利益を被るかどうかです。すべてを暴くことが正義ではないと、私は感じています。
嘘を見抜いてしまったときの葛藤
嘘に気づいたとき、こちらの胸の内は穏やかではありません。「ああ、気づかなければ楽だったのに」と思うこともあります。でも見てしまった以上、見なかったことにはできません。その後の対応には、いつも頭を悩まされます。
黙認するか、指摘するかの板挟み
依頼人の気持ちを傷つけずに、でも事実は明らかにしなければならない。そのバランスは非常に難しいです。正面から「それ、嘘ですよね」とはなかなか言えません。とくに、相手が年配である場合や、感情的になりやすいタイプだと、余計に気を遣います。
事務員にも言えない内心のモヤモヤ
こうした葛藤は、事務員にもなかなか話せません。余計な不安を与えたくないし、まして「依頼人が嘘をついてる」なんて言えば、事務所全体が疑いの目で見てしまうかもしれません。だからこそ、自分の中で何度も整理し直す必要があります。
「仕事」として割り切れるかどうか
「司法書士としてやるべきことをやるだけ」と割り切れれば楽なのですが、そう簡単にはいきません。相手が人である以上、情が入りますし、「この人、今どんな気持ちで嘘をついたのだろう」と考えてしまう。結局、仕事の重さは「手続き」そのものよりも、人間関係のほうにあるのかもしれません。
嘘を指摘したとき、関係は壊れるか
最も恐れているのは、信頼関係の崩壊です。せっかく相談に来てくれた人を追い詰めたくない。でも、嘘が明るみに出たとき、依頼人の反応はまちまちです。
穏便に話を進めるための工夫
「気づいてますよ」と伝えるときは、あくまでやんわりと。たとえば「この部分、少し確認させていただいてもいいですか?」といった形で切り出します。相手の顔色や言葉尻を見ながら、相手の「逃げ道」を残すように心がけています。
逆ギレされるリスクとその対処
過去には「なんでそんなこと聞くんですか!」と怒られたこともあります。なかには、「信用できないんですか」と不満を口にされる方もいました。そんなときは、あえて一歩引く勇気も必要です。あくまで「確認のため」と繰り返し、こちらの姿勢を説明します。
感情を揺さぶられないための自分ルール
感情的になっては負けです。相手の嘘に振り回されないためにも、「一晩おく」「話し合いは午前中だけにする」など、自分なりのルールを決めています。そうでないと、自分が壊れてしまいそうになるからです。
真実を引き出すためにできること
嘘を暴くのではなく、「話してもいい」と思ってもらえるような雰囲気をつくる。それが最も大切なことだと私は感じています。真実は、追い詰めて出させるものではなく、安心して語ってもらえる空気から生まれるのです。
問い詰めず、信じる姿勢を見せる
人は信じてもらえると、逆に正直になれるものです。無理に嘘を暴こうとするのではなく、「お話ししづらいこともあると思いますが…」と前置きして、そっと待つ。司法書士も、ある種の「聞き手」であることを忘れてはいけません。
プロとしての距離感を保つ大切さ
感情に巻き込まれすぎるのも危険です。信じる姿勢を持ちつつ、手続き上のリスクは冷静に見極める必要があります。そのためには、どこまでが「業務」で、どこからが「個人的な関係」なのか、常に意識しておくことが重要です。
嘘を見抜けなかった場合のリスク
もし、依頼人の嘘を見抜けなかった場合、手続きに重大な影響が出ることもあります。登記内容に誤りがあったり、後から相続人から異議申し立てが出たり…。最悪の場合、自分が責任を問われることさえあります。
書類に嘘が混じる怖さ
とくに相続や不動産関係では、書類の記載に嘘があると、後々のトラブルになります。「知らなかった」では済まされないのがこの仕事の厳しさです。だからこそ、書類だけでなく人の言葉も注意深く見る必要があるのです。
最悪、自分の責任になる可能性も
私たちは、依頼人の申告に基づいて業務を行います。でも、それが虚偽だった場合、「なぜ確認しなかったのか」と責められるのはこちらです。だから、疑うというより、「確認を怠らない」ことの大切さを、いつも自分に言い聞かせています。
嘘に気づいた経験から得た学び
嘘をつかれると、正直しんどいです。信頼が揺らぐし、感情的にも疲弊します。でも、その経験を経て得たものも確かにあります。人の弱さと向き合うこと、そして自分の対応のあり方を見つめ直すこと——それは、司法書士としての成長でもあるのです。
人を信じるとはどういうことか
信じるとは、すべてを鵜呑みにすることではありません。相手の事情や背景を理解しようとする姿勢を持ちながらも、事実確認は怠らない。信頼と確認のバランス、それがこの仕事の本質かもしれません。
「疑う力」もまた、司法書士の資質
「疑う」というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、それもまた専門家に求められる力です。何気ない会話や態度から、見落としてはいけない情報を拾い上げる。その慎重さが、最終的に依頼人を守ることにもなるのです。