こんなに頑張ってるのに、なんでうまくいかないの?

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こんなに頑張ってるのに、なんでうまくいかないの?

「頑張ってるのに報われない」と感じるとき

日々、誰よりも早く事務所に入り、書類のチェック、依頼者対応、役所とのやりとりに追われながら、「今日もなんとか終わった」と思う夜。そんな日が何ヶ月も続いているのに、ふとした瞬間に思うんです。「こんなにやってるのに、なんで何も変わらないんだろう?」って。頑張り続けているのに、結果が出ないどころか、むしろ状況が悪くなってる気さえして。地方で一人事務所を営む司法書士として、この“報われなさ”を抱える感覚は、いつもどこかに居座っています。

なぜこんなに疲れてるのに成果を実感できないのか

最近、自分の一日を振り返ると、頭をフル回転させながら作業してるのに、目に見える成果がほとんどないことに気づくんです。登記が完了しても、誰かに評価されるわけでもない。クライアントから感謝されるどころか、「まだですか?」と催促される。数字にならない仕事ばかりで、疲労感だけが積み重なる。家に帰る頃には体も心もくたくたなのに、「今日、何か達成できたかな?」と自問すると、ただの“作業係”だったような気さえしてしまいます。

「空回り」の正体とは何なのか

空回りって、頑張ってない人には起きないんですよね。頑張ってるからこそ、期待してるからこそ、結果が出ないとしんどい。昔、車のタイヤが雪にはまって空転していたのを見たとき、「今の俺もこれだな」と思ったのを覚えています。アクセルを踏めば踏むほど空転して、抜け出せない。頭では「方向変えた方がいい」とわかってるのに、忙しさに追われてブレーキもハンドル操作もできず、ただ空回りするばかり。まさにあの感覚です。

日常業務に埋もれて、自分の時間がなくなる

気づけば、「自分の時間」なんてものはほとんど残っていません。書類作成と電話対応の合間に、昼ご飯を5分でかき込んで、午後の予定に飛び出す。そんな日が何週間も続いた後、ふと気が付くんです。俺、司法書士になって、自分で事務所やってるのに、なんでこんなに縛られてるんだ?って。自分の時間はどこいったのか。自営業の自由さなんて、どこにも見当たりません。

登記のミスチェックとお客様対応の板挟み

例えばある日、不動産登記の完了を急かすお客様がいたんですが、その一方で書類に小さな誤記を見つけてしまった。訂正には法務局との調整が必要で、すぐには出せない。お客様は「今週中に頼むよ」と強めに言うし、自分は「ミスを放置したら信用を失う」と悩む。結局、夜遅くまで書類の再確認、連絡調整。あの時間、「誰のための何の作業だったのか」と考えてしまいました。

人の書類の尻拭いばかりやってる気がする

士業というと、「専門家として責任ある仕事」と聞こえはいい。でも実際には、他人が準備した書類の不備を直し、税理士や行政書士の“ちょっとしたミス”をカバーする役回りになることも少なくありません。「それ、こっちの責任じゃないよね?」と言いたくなる場面は何度もあるけど、結局こっちでやる。そうしないと仕事が進まないから。そしてその手間は、誰にも評価されない。正直、空しさすら感じます。

「ありがとう」がない仕事のつらさ

司法書士の仕事って、何かを“完了”させても、拍手も花束もありません。登記が無事に終わっても、それが当たり前だと思われる。「ちゃんとやって当然」の世界。逆に、少しでも遅れたら即クレーム。感謝されるどころか、責められる。そんな仕事、意外と多いと思うけど、士業ってその最たるものじゃないかと思います。だからこそ、「誰のためにやってるんだろう」っていう気持ちが、じわじわ募ってくるんです。

事務員さんに頼りたくても頼れない現実

今、うちには一人事務員さんがいます。本当に助かってる。でも、仕事量と責任の比率で言えば、まだまだ自分一人にのしかかっているのが現状です。結局、どこまで任せていいのか悩んでしまうし、最終的には自分が背負う覚悟が必要。任せたいけど任せきれない。そんなジレンマに、いつも頭を抱えています。

人を雇っても楽になるどころか、責任が増える

「人を雇えば楽になる」と思ってた時期もありました。だけど現実は違いました。指示を出す、チェックをする、トラブルが起きたら対応する。すべて“責任”が自分に返ってくる。特に、業務上のミスやトラブルは、そのまま信頼の問題に直結します。正直、ひとりでやってた頃より気を張っている時間が増えました。

結局、自分でやったほうが早い…その罠

「あ、これは自分でやっちゃったほうが早いな」と感じた瞬間、もうダメなんですよね。そこからは全部、自分が抱え込んでしまう。人に任せるのが面倒になる。でもその結果、自分のキャパは常にパンパン。だから空回りする。そうわかっていても、仕事が回らなくなるのが怖くて、手放せない。悪循環です。

「司法書士としての理想」と「現実」のギャップ

開業前、「自分のペースで専門性を発揮して、地元に貢献する仕事がしたい」と思っていました。でも現実は、“地味で単調で感謝もされない作業”の繰り返し。理想と現実のギャップが、心をじわじわ削っていく。やりがいはあるはずなのに、それが感じられない日々が続くと、自分の選んだ道にすら自信が持てなくなります。

士業なのにこんな泥臭い作業ばかりでいいのか

士業といえば、「先生」と呼ばれるような上品なイメージ。でも実際は、地味な修正作業、電話対応、ひたすら細かい確認作業の連続。泥臭さ全開です。知的職業というより、体力勝負の日もあります。「これって本当に士業なの?」と、自分でも疑問に感じるほど。

周囲の「稼いでそう」の目と実際の収入差

周囲からは「先生は儲かってるでしょ」と言われます。でも、実際には経費や人件費で手元に残るのはわずか。特に地方では、依頼件数も限られており、薄利多売のような状況になることも。外から見える華やかさと、実情のギャップに、たまに虚しくなることもあります。

うまくいかない時期に必要なこと

それでも、空回りしている時期にこそ、ちょっと立ち止まる時間が必要なんだと思います。走り続けると、道を見失います。自分がなぜ司法書士になったのか、なぜこの仕事を選んだのか。そんな原点を思い出すことで、少しだけ肩の力が抜けることもあります。

「他人と比べない」と言い聞かせても難しい

同年代の司法書士が本を出したり、SNSでフォロワーを増やしてるのを見ると、どうしても焦ります。でも、それは“自分の道”じゃないと割り切るしかない。他人の芝生が青く見えるのは当然。でも、自分の庭も、ちゃんと手入れしていれば、ちゃんと花は咲く。そう信じてます。

焦りの正体を見極める

「うまくいってない」と感じる時、実は成果が出てないんじゃなくて、「自分の中の期待値」が上がりすぎてることもあるんです。過去の自分と比べれば、成長してる。でも理想の自分と比べるから、苦しくなる。そのギャップに気づけたとき、少しだけ心が軽くなりました。

成功してる司法書士との距離感

成功してる司法書士を見て、「自分とは違う世界の人だ」と思うこともありました。でもよく話を聞いてみると、同じように悩み、失敗し、壁にぶつかっている。見えないところで戦ってるんですよね。だから比べる必要なんてない。比べるなら、昨日の自分でいい。

そもそも“うまくいってる人”なんているのか?

本当に“うまくいってる人”って、いるんでしょうか。SNSや講演会で見る成功談は、あくまで一部の切り抜きかもしれない。みんな見せてないだけで、苦しんでる。だからこそ、自分だけが空回りしてると思わないこと。きっとみんな、それぞれの“空転”と向き合ってるんです。

空回りから抜け出す小さな工夫

劇的な変化はないけれど、少しずつ自分をラクにする工夫を続けています。全部やろうとしない。できない日があっても、自分を責めない。そんな小さな積み重ねが、空回りから少しずつ抜け出す助けになる気がしています。

期待値を下げる勇気

昔は「完璧な対応」「誰よりも早い処理」を目指してました。でも今は、「普通でいい」と思うようにしてます。お客様に100点満点じゃなくてもいい。自分にも70点を許す。それだけで、随分と心の負担は軽くなりました。

毎日を「やりきる」ではなく「やりすぎない」へ

「今日も全力でやりきった」より、「今日も倒れずに終われた」が目標でもいいと思うんです。100%を続けると、壊れます。60%、70%でも、続けられる方が価値がある。そう思えるようになったのは、たぶん、この歳になってようやくです。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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