登記簿の落とし穴にハマった日
日々登記を扱っていると、まあいろんなことが起こります。ただ、今回のようなケースは本当に珍しい…と言いたいところですが、実は誰にでも起こりうる話かもしれません。ある日、依頼人から「父名義の土地を相続登記したい」との連絡があり、さっそく調査に入ったところ、登記簿に記載された名前は依頼人の話す通り。しかし、確認作業を進める中で、妙な違和感がどんどん膨らんできました。「これは…同姓同名かもしれない」と気づいた時には、すでに作業はだいぶ進んでおり、引き返せない状況に差し掛かっていました。
一見ただの「よくある名前」だった
名前自体は、全国に何万人といそうなもの。特に珍しい名前ではなく、むしろ「ありふれた名前」というのが厄介でした。地方では同じ姓が多い地域もあり、そこに「同じ読みの名前」が乗っかってくると、もう判別不能です。最初の時点で「念のため別人かもしれない」という意識を持てていれば、もっと違った対応ができたかもしれません。でも正直、あの時点では「まさか」という油断もあって、そのまま突っ込んでしまったのです。
妙な違和感から始まった確認作業
固定資産課税明細書の所有者名は一致、登記簿も一致、住所もだいたい一致。でも、どこか腑に落ちない。地元の地名で、よく似た番地が多く、違いに気づきにくいのも混乱の元でした。そこからは、あれこれ資料をかき集めて、確認作業の連続。地味だけど気力を使う作業です。依頼人からのプレッシャーも感じつつ、こちらは疑念を晴らすために必死でした。
まさかの同姓同名、そして二人の登記人
結局、調査の結果わかったのは、登記簿に載っていたその名前の人物が、実は二人存在していたという事実。しかも、どちらも同じ町内に住んでおり、住所が数丁目違い。年齢も近く、親族同士かと思いきや、まったくの他人でした。地元の人間でも混乱するくらい、偶然が重なっていたのです。こうなると、手元の書類だけでは判断できません。細かい証拠を積み重ねて、どちらが真の所有者かを確認するしかありませんでした。
住所も似ている、年齢も近い
正直言って、ここまで似ていると人間の目では限界があります。筆跡とか、戸籍の枝番号とか、そういったディテールを頼りにするしかないのですが、それでも「確信」と言えるものが出てこない。昭和生まれの世代で同じ名前、親の名前も似通っている。登記の世界では、「似ているからこそ疑う」という視点がいかに重要かを思い知らされました。
登記識別情報は?そこにすがるも…
「こうなったら登記識別情報で確認だ!」と意気込んだものの、時すでに遅し。10年以上前の登記で、識別情報もない。通知書もどこかにいってしまったとのこと。依頼人もそこまで書類を持っておらず、状況はどんどん不透明に。最終的には公証役場経由で本人確認資料を集め、ようやく道が開けたという感じです。
市役所の資料も一筋縄ではいかない
戸籍や住民票の請求も行いましたが、これも簡単ではありません。同姓同名の人物が複数いる場合、行政側も慎重です。「どちらの○○さんですか?」と聞かれて、こちらも「それを知りたいんです」と答えるしかない場面もあり、もう笑うしかない状態でした。調査が終わったときには、心底疲れ切っていました。
確認のループ地獄と精神的消耗
この一件で強く感じたのは、「確認することの大切さ」と「確認しすぎることのつらさ」です。疑えば疑うほど、作業は終わらず、堂々巡りになります。「これで間違っていたらどうしよう」と思うたびに胃が痛くなる。精神的に追い詰められていきます。地味だけど重たい、そんな現場の現実がここにあります。
誰かが間違っても気づかない構造
今回のように、書面上は正しそうに見えても、実は根本から間違っていることがあります。そして恐ろしいのは、それに誰も気づかないまま手続きが進んでしまうこと。登記は「正しそうに見える」ことに罠があります。表面だけをなぞって終わらせてしまえば、簡単でスムーズ。でもそれは、取り返しのつかないミスの始まりです。
責任の重さにのしかかるプレッシャー
登記を預かるというのは、結局のところ「間違えないこと」が最も大切な仕事です。依頼人は当然信じて任せてくれますが、こちらは常に「何か見落としてないか」と自問し続ける日々。事務員に頼める作業も限られ、自分で抱え込むしかない。正直、何度辞めたくなったかわかりません。
「ちょっと調べておきます」が命取り
軽く返事した「後で確認します」が、そのまま地雷になることもあります。確認漏れは致命傷。忙しさにかまけて優先順位を下げてしまうと、そのしっぺ返しが一気に来ます。今回の件も、最初に少しでも違和感を覚えて、すぐに深掘りしていれば、あんなに苦しまなくて済んだかもしれません。
人間不信になりかけるやりとり
依頼人とのやり取りでも、相手の記憶違いや勘違いが混乱に拍車をかけることがあります。「そんなはずはない」と断言されると、こちらも疑いにくくなります。でも、その「はず」が現実と違うのが一番怖い。最終的には、書類と事実だけが頼り。信じる・信じないではなく、確認するかしないかの世界です。
この件から得た学びと今後の対策
身をもって痛感したのは、「同姓同名は想定しておくべきリスク」だということです。もはや例外ではなく、よくある事態としてマニュアル化しておいた方がいいレベル。今では、似た名前を見た瞬間に「別人かも」と仮定するようにしています。それくらい慎重になって、ようやくリスクを最小限にできるのだと感じています。
結局、地味で面倒な「確認」が最強
華やかな仕事じゃありません。むしろ、根気と神経をすり減らす毎日。でも、「確認する力」こそが、司法書士の腕の見せどころであり、最後の砦です。確信が持てるまで調べる。そのプロセスを怠ったら、誰も守れない。面倒でも、時間がかかっても、それをやるのが自分の仕事なんだと自戒しています。
同姓同名を見つけたらやるべきこと
今後の対策として、名前が一致しても、それだけで本人と判断しない。「住所」「年齢」「親族関係」「固定資産課税台帳」「住民票の異動履歴」など、複数の視点で突き合わせていくことが大事です。ひとつひとつは地味でも、積み重ねれば強力な裏付けになります。
登記簿以外で確認できる情報の優先順位
まず確認すべきは、戸籍と住民票。続いて、納税関係の情報。そして現地での聞き取りや、役所への照会文書。登記簿はあくまでスタート地点であって、そこだけを頼ってしまうと、足をすくわれる。優先順位を把握しておくことで、スムーズな判断がしやすくなります。
戸籍と住民票の扱いに注意
戸籍は筆頭者や除籍などで構造が複雑になりがち。住民票も履歴を請求しないと全体像が見えません。特に死亡による削除があると、現在の記載だけでは追えないことも多いです。過去の記録に目を通す癖をつけておく必要があります。
補助書類の活用も忘れずに
印鑑証明書、固定資産評価証明書、さらには地元の広報誌の名義情報まで、使えるものは使う。とにかく「情報は多い方が安全」。確認を怠らないことが、回り道に見えて実は最短ルートです。
おまけ:事務員さんの一言に救われた
すべてが片付いた後、事務員さんがポツリと「先生、それ前にもありましたよね」と言ったんです。…そうでした。過去にも似たようなケースがあったのを思い出しました。その時も同姓同名に振り回され、同じように疲弊していたのです。自分の記憶力にもがっかりしつつ、彼女の冷静な一言に少し救われた気持ちになりました。
結局、現場は人間関係が命
どんなに大変でも、一人ではやっていけません。今回のように、事務員のひとことや、役所の担当者の協力がなければ解決できなかったでしょう。技術や知識だけでなく、支え合える人間関係が、司法書士の仕事を成り立たせているんだと、あらためて感じた一件でした。