「すみません」から始まる一日
朝、事務所に入るとまず最初に出る言葉が「すみません」。別に誰かに遅刻したわけでも、迷惑をかけたわけでもないのに、反射的にそう言ってしまう。電話を取れば「お待たせして」、書類を渡す時も「不備がないか不安ですが…すみません」、依頼人との会話の合間にも「すみません」が無意識に混ざる。気づけば一日に十回以上「謝罪の言葉」を口にしている。もうこれは職業病なんじゃないかと思うほどだ。
出勤早々の謝罪――電話対応での小さなミス
ある日、朝一番にかかってきた電話で、クライアントの名前を聞き間違えてしまった。確認すればよかったのに、聞き直せずにそのまま対応してしまった結果、全く別の案件の話を進めてしまっていた。電話を切る頃には相手のトーンもやや冷たくなり、「すみませんでした…」と呟くしかなかった。朝から自分の小さなミスで一日がどんより始まると、その後の気持ちの切り替えが難しい。
クライアントよりも先に頭を下げる癖
事務所に来られる依頼人に対しても、「お待たせしてすみません」「こんな書類で申し訳ないです」など、こちらが不利でもない場面で、気がつくと頭を下げている。昔から「丁寧に、丁寧に」と叩き込まれてきた結果だが、それが今や自分の首を絞めている気もする。相手に安心感を与えられているかもしれないが、自分の中では“負け癖”のように根づいているのが怖い。
なぜ謝ることばかり増えるのか
思い返せば、開業してすぐの頃はもっと堂々としていた気がする。ところが年数を重ねるごとに、クレームを避ける術として「先回りして謝る」ことが習慣化してきた。特に地方のように顔の見える距離で仕事をしていると、「感じよくしておかないと…」という意識が強くなる。だが、その裏で積もるのは疲労感と自己嫌悪だ。
多忙すぎるスケジュールと人手不足
そもそも、仕事量が多すぎるのだ。案件が重なる中で、確認不足や対応の遅れが生まれる。そうすると当然、相手の不安や不満を招く。そしてそれを収めるのは結局「すみません」になる。事務員も一人で精一杯。全てを完璧にこなせる体制ではないから、謝ることでしかバランスが取れない日がある。
責任感と焦りが空回りする日々
真面目にやろうとするほど、焦る。そして焦ると、何かしら見落としが生まれる。そのたびに「またやっちまった…」と反省する。このループがとにかく苦しい。自分を責めてばかりの夜は、本当にぐったりして動けなくなる。
「すぐに対応します!」が自分を追い込む
頼まれていないのに「本日中に対応いたします!」と張り切って言ってしまう。そしてその約束を守ろうと、昼飯を抜き、残業をして、ようやく提出。なのに「ありがとう」の一言もなく、「やっぱり訂正で…」と言われることもある。最初から無理をしなければよかったのに、自分で自分を苦しめている。
ミスじゃないのに謝ってしまう心理
実際は自分の落ち度ではない場面でも、つい「すみません」と言ってしまう。書類の発行が遅れたのは市役所の都合。登記情報が更新されないのも、法務局のシステムエラー。でも、なぜか自分が謝る立場になっている。
トラブルを避けたいという弱気
「謝っておけば丸く収まる」――そんなふうに考えてしまう。相手の機嫌を損ねたくない。長引かせたくない。そうして小さな“自分の正しさ”を飲み込んで、曖昧に処理する。でもそれが積もると、心の中で「またかよ」と文句がたまっていく。
「いい人」でいようとしすぎる性格
「この人、感じがいいな」と思われたい気持ちが強い。根っからの八方美人なのかもしれない。だが、その“いい人像”を保とうとするあまり、自分の言いたいことや怒りは抑えてしまい、結果的にストレスになっている。
謝り疲れの副作用
「すみません」と言うたびに、自分の価値を少しずつ下げているような感覚がある。「またミスした」「また怒らせた」と思い込む。その積み重ねが、じわじわと自分を蝕んでいく。
自己肯定感がじわじわ削られていく
仕事をしていても、以前ほど自信が持てない。「こんな自分が司法書士としてやっていていいのか?」とすら思う時がある。謝ってばかりだと、「自分はできない人間だ」という思い込みが根づいてしまうのだ。
事務員との空気もどこかギクシャク
事務所の空気が暗くなる日もある。こちらが落ち込んでいると、事務員もピリピリしてくる。「また何かあったのかな」と気を使わせてしまう。小さなチームだからこそ、私の感情が空気にそのまま出てしまうのも問題だ。
謝罪が通じない相手との距離感
中には、謝っても怒りが収まらない依頼人もいる。こちらがどれだけ低姿勢で対応しても、理不尽な物言いを繰り返す。そういうとき、謝るという手段の無力さを思い知らされる。
怒鳴られても平謝りするしかない現実
以前、書類の内容を理解されない方から、「これは詐欺じゃないか!」と怒鳴られたことがある。何度説明しても納得してもらえず、「が…」を繰り返すしかなかった。あの30分は地獄だった。
理不尽さに慣れていくことの怖さ
慣れてしまうのが一番怖い。最初は「なんでこんなこと言われるんだ」と怒りや悔しさがあったのに、最近は「はいはい、そうですか」と受け流してしまう。麻痺してきた自分の感情が、一番怖い。
謝るしかない場面と、謝らなくていい場面
反省すべきときに謝るのは当然。でも、すべてを自分のせいにする必要はない。「謝るべきかどうか」を見極めることも、司法書士としての大切なスキルかもしれない。
本当に非があるときの謝罪は必要
手続きの遅れや説明不足など、明確にこちらに非があるときは、誠実に謝る。それが信頼回復の第一歩だから。ごまかしたり、責任転嫁したりするのは一番やってはいけない。
相手の不安に付き合いすぎないことも大切
相手が不安だからといって、全てを受け止めていたら身が持たない。ときには線引きをして、「ここから先は自分の責任じゃない」と自分の中で整理することも必要だ。
「こちらの責任ではありませんが…」の使い方
責任の所在を明確にしながらも、丁寧に伝える表現。「お役所の対応になりますが、こちらからも催促しますね」といったように、逃げずに寄り添う姿勢があるだけで、相手の印象はかなり違ってくる。
それでも、また謝っている自分がいる
どれだけ意識しても、「すみません」は今日も口から出てしまった。完璧にはなれない。でも、少しずつ変えていけるかもしれない。そう信じて、また一日が始まる。
完璧にはなれない。でも、前には進める
自分を責めすぎず、でも慢心せず。小さな気づきを積み重ねていけば、少しずつ“無駄な謝罪”は減っていくかもしれない。そう思えるようになっただけでも、進歩なのかもしれない。
明日もたぶん謝る。でも、ちょっとずつ変えたい
明日もまた「すみません」と言っているだろう。でも、その裏に「誠実であろうとする自分」がいるなら、それも悪くない。いつか「ありがとう」がもっと増える日を目指して、地道にやっていこうと思う。