Zoomの向こうに広がる“日常のカオス”
リモートワークが定着し、Zoomでの面談も当たり前になってきた今日この頃。うちのような地方の司法書士事務所でも、ちょっと離れた地域の方とやり取りがしやすくなったのは事実だ。けれど、自宅での仕事には思わぬ落とし穴がある。そう、それは“生活感”の侵食だ。カメラの映り込み、子どもの声、宅配のチャイム…。そしてある日、まさにその象徴とも言える“事件”が起きた。静かに始まった面談が、一匹の猫によって予想もしなかった方向に転がっていったのだ。
あの日のオンライン面談は、静かに始まった
その日も、午前中からZoom面談が入っていた。相手は初めてのご相談者で、若干緊張気味。私も少しカメラの角度を整えてから、定番の「よろしくお願いいたします」で開始した。ご相談内容は相続に関するものだったので、すぐに用意した書類を画面に映しながら説明を始めた。まだその時は、まさかこの後、猫が主役になるとは思ってもいなかった。
猫が現れた瞬間、空気が変わった
ふと気づくと、視界の端に白黒の影がちらついた。うちで飼っている猫、名前は「もち」。いつもなら昼間は日向ぼっこしているくせに、その日に限って部屋に入ってきたのだ。無視して話を続けようと思った矢先、彼はまっすぐ机の上にジャンプし、なんのためらいもなく、書類の山の真ん中に着地した。バサッという音とともに、面談の空気が一瞬にして変わった。
書類の上を踏み抜く一瞬の衝撃
猫が紙の上を歩くのは知っていた。だが、今回は違った。彼が乗ったのは、よりによって依頼人から預かっていた原本付きの書類だった。猫の爪が紙をしっかりと踏み抜き、中央にくっきりと破れ目ができた。目の前のカメラ越しに、それを見ていた相談者の顔が少し引きつったのを、私は見逃さなかった。まさか、と思った。けれど、現実だった。
「あっ…！」と声にならない声
口を開けかけて、声が出なかった。普段なら「失礼しました」と即座に言えるのに、この時ばかりは何と言っていいかわからなかった。猫は「何か悪いことをしたのか？」とでも言いたげな顔をしてこちらを見上げていた。私の頭の中は「やばい」「どうしよう」「よりによって今日か」の三重奏がぐるぐる回っていた。
よりによって、印鑑証明が…
しかも、破れたのは印鑑証明書だった。再発行できるとはいえ、簡単にできるものでもない。しかも地方の役場は午後になると急に対応が鈍くなる。依頼人の負担、事務員の再手配、自分の段取り崩壊――すべてが走馬灯のように頭をよぎった。
動揺と焦りと無音の30秒
その瞬間から、私は何をどうすればよいのかが分からなくなっていた。謝るべきか、説明を先にすべきか、猫を退けるべきか…とにかく無音の30秒が流れた。相手はじっと待ってくれていたが、私の頭の中では「この人もう帰る気じゃないか」と不安でいっぱいだった。
クライアントの顔が固まる
クライアントの表情は笑ってもいなければ怒ってもいなかった。逆に無表情だった。これが一番怖い。こちらの動揺が伝わってしまっていたのかもしれない。ふだん、どんなに大変でも冷静さだけは保とうと心がけていたが、この時ばかりは完全に崩れていた。
無言で謝る私と、空気を読まない猫
「…少しお時間をください」と小さく頭を下げた。その間も、猫は机の上をゆっくりと歩き続けていた。まるで自分が主役であることを確信しているかのように、優雅に。空気を読まない、いや、空気を読む気がまるでないこの存在に、私は何も言えなかった。
リモートワークの落とし穴
この出来事は、単なるハプニングで片付けるには惜しいほどの教訓を含んでいた。リモートワークが当たり前になった今、仕事と生活の境目はますます曖昧になっている。そんな中で、こうした“生活側”からの侵食は思った以上に影響が大きいのだ。
自宅＝安全とは限らない
自宅なら安心して仕事ができる、というのは幻想かもしれない。家庭には予測不能な要素が多すぎる。私の場合は猫だったが、小さな子どもがいる家庭、介護が必要な親がいる家庭、それぞれが“何か”を抱えている。オンラインは便利だが、それを使いこなすには、それ相応の準備と覚悟がいる。
「ペットがいるから」は理由になるか？
「ペットがいるので…」という言い訳は、通用しないだろう。たしかに猫は悪気があって書類を破いたわけではない。だが、こちらは専門職。相手からすれば、「プロとして管理はちゃんとしておいてくださいよ」と思われても仕方ない。言い訳にせず、どう対策するかが問われる。
士業の“信頼感”と生活感のバランス
司法書士という職業には、どうしても“きちんとしている人”というイメージがついてまわる。そのイメージが崩れた瞬間、信頼までが揺らいでしまうことがある。だが、完璧に生活感を排除するのもまた不自然だ。どこで線を引くかは、常に悩みどころだ。
キチッとしているべき、という幻想
法務局のような場では、正確性と形式が求められる。それはよく分かっている。しかし、日常の業務、特にオンライン対応では、多少の柔らかさも求められる。かといってラフすぎても問題がある。この“ちょうどよさ”が難しい。
でも人間味があってもいいと思いたい
事件のあと、クライアントの方は笑ってくれた。「大変ですね、猫ちゃん」と優しい言葉をかけてくださった。その瞬間、心が少し軽くなった。完璧じゃないけど、一生懸命やってる。そんな姿勢が伝わるなら、それもまた信頼の一つの形かもしれない。
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書類のダメージと再発行の面倒さ
破れてしまった印鑑証明書は、結局再取得するしかなかった。依頼人には事情を丁寧に説明し、頭を下げること数回。ありがたいことに、笑って許してくださったが、役所への再申請や日程の調整など、こちらの事務負担は地味に大きかった。猫に破られた1枚の紙が、こんなにも業務に影響するとは…。思わず「これも業務災害ってことにならんかね」と、冗談とも本気とも取れぬつぶやきが出た。
再取得にかかる手間と時間
印鑑証明書を再取得するには、委任状や本人確認書類の写しが必要になる。依頼人が遠方に住んでいれば、郵送のやり取りだけで数日かかることもある。その間、他の書類も止まる。紙一枚の損傷が、案件全体のスケジュールを崩す。これが士業の現実である。
本人確認書類は「命」だと痛感した日
登記や相続業務において、本人確認書類は極めて重要な「証拠資料」だ。だからこそ、破損や紛失はあってはならない。今回は「踏み抜き」だったが、飲み物のこぼし、風で飛ぶ、コピー機でのミスなど、リスクは日常の中に潜んでいる。今回の一件で、よりいっそうの緊張感を持つようになった。
クライアントへのフォローで見えたもの
一連のトラブルの後、私が最も時間をかけたのは、依頼人へのフォローだった。メール、電話、そして再送された書類の確認報告。ミスをゼロにできない以上、それをどうリカバリーするかが信頼回復のカギだと痛感した。
丁寧な説明が信頼回復のカギ
「猫が破ってしまいまして…」と正直に伝えたとき、一瞬の沈黙があった。でも、誠意をもって対応することで、相手の不信感は少しずつ和らいでいった。ミスを誤魔化さず、逃げずに説明し続けること。それが“信用商売”の基本だと再確認した。
ミスのあとの対応こそ本当の勝負
完璧を目指しても、現実にはうまくいかないこともある。だが、そこで立ち止まらずに「どう対応するか」に集中できるかが、専門家としての真価だろう。今回の猫事件も、今思えば大事な経験だったのかもしれない…いや、そう思わないとやってられない。
「猫がやりまして…」は通用するのか
業務中に起こった出来事としては、あまりにユニークな今回の一件。だが、果たして「猫が…」という理由が、どれほど通用するのか。真面目な業界だけに、この“ゆるさ”がどこまで許されるのかは正直、悩ましい。
笑ってくれる人、引く人
幸い、今回の依頼人は「うちも猫飼ってるんですよ」と笑ってくださった。でも、全員がそうとは限らない。特に書類の取り扱いに厳しい方や、時間に厳しい企業系のクライアントなら、笑い事では済まない可能性もある。
言い訳にしない姿勢を見せるしかない
「猫がやったから許してね」ではなく、「ミスが起きました。こう対処します」と言えるかどうか。それがプロとしての最低ラインだと思う。環境や原因はどうあれ、対応に全力を尽くす。それを怠らなければ、多少の“猫騒動”もネタに変えられる。
ペット対策も「業務改善」なのか？
事件以来、私は仕事用の部屋のドアを閉めるようにした。机の上の書類にはクリアファイルを被せ、飲み物は蓋付きに。もはや半分“防災対策”のようだが、それくらい慎重になる価値はある。小さなミスを防ぐのは、小さな工夫の積み重ねだ。
物理的に書類を守る方法
クリアファイルやバインダーでの保管、机の周囲の整理整頓、猫が乗れないような段差作り…。ペット対策と業務効率化は思ったよりリンクしている。仕事の環境を整えることは、結局自分を守ることでもある。
完全防備は精神的にも大切
「またやったらどうしよう」という不安は、業務に集中できなくなる要因だ。物理的な備えができていれば、安心してクライアントと向き合える。心の安定は、こうした環境整備からも生まれる。
この出来事から得た小さな学び
今回の一件は、私にとってちょっとした“職業的危機”でもあり、人生の笑い話にもなりうる出来事だった。でも、そこから得た学びは小さくない。完璧を目指すのではなく、ミスをどう受け止め、どう対処するかが大事だということ。そして、ミスに優しく笑ってくれる人がいることのありがたさ。
完璧は無理でも、備えはできる
どれだけ気をつけていても、猫は書類を踏み抜く。完璧に防ぐことは難しい。でも、備えることはできる。予備の書類、整理された机、閉まるドア。それだけでも、リスクはずいぶん減る。
ミスを許す心と、愚痴れる相手の存在
「あーもう最悪だ…」とこぼせる事務員がいて、「それはネタになりますね」と笑ってくれる知人がいて、ようやく前を向ける。愚痴をこぼせる場があることは、士業を続ける上での救いだ。今日もどこかで、猫が机に飛び乗っているかもしれない。でも、私はもう少しだけ、落ち着いて対処できる気がしている。
