今日の天気より補正通知のほうが気になる

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今日の天気より補正通知のほうが気になる

天気予報より補正通知が心をざわつかせる朝

朝起きて一番に確認するのは、天気予報ではありません。司法書士をやっていると、晴れか雨かよりも、メールの受信箱に届いている「補正通知」の方が気になります。補正通知——この6文字だけで、胃の奥がキュッと締め付けられるような感覚になります。天気が快晴だとしても、内容次第で一日中どんよりとした気分で過ごすことになる。そんな日々が、もう何年続いているのか数えるのも面倒になりました。

テレビの天気より先に登記情報提供サービスを開く日常

朝食の前、テレビのリモコンよりも先に開くのはPCです。登記情報提供サービスの画面にアクセスして、前日に出した申請がどうなっているかを確認する。補正が出ていないか、メールが来ていないか、確認しないと落ち着かない。そんな生活が当たり前になってしまいました。天気なんてスマホが勝手に教えてくれる時代なのに、自分のミスは誰も教えてくれません。

「また来たか」とつぶやく補正メール

そのメールを開いた瞬間、「あぁ……またか」と声に出してしまう。内容を読みながら、自分の頭の中で反芻が始まります。「あのとき確認したはずなのに」「なんで気づかなかったんだろう」「これ、依頼者に説明しなきゃな……」。そうやって、朝から自己嫌悪のループに入っていくんです。コーヒーの味もしなくなって、結局、朝ごはんは半分残したまま出勤することも珍しくありません。

予報は晴れでも気分は曇り

天気予報は「今日は全国的に晴れ」と言っているけれど、僕の心は補正通知ひとつで土砂降り。空は青いのに、頭の中は灰色。まるで自分だけが違う天気の下にいるような感覚です。しかも、この天気は傘を差しても防げない。気合を入れ直そうと思って深呼吸してみるけれど、ため息で終わるだけ。そんな朝が、司法書士にとっては意外と日常だったりします。

補正通知の内容に胃がキリキリする

補正通知って、簡単に言えば「あなたの申請に不備がありますよ」というお知らせ。でも、それがただの連絡ではなく、自分の仕事の価値を揺るがすようなダメ出しに感じてしまうことがあるんです。誰かに叱られるわけじゃない。でも、役所から無機質に突きつけられる「正しさ」が、じわじわと精神を削っていく。これは多分、経験した人にしか分からない重さです。

「軽微なミスです」で済まない現実

役所の言い方では「軽微な補正事項」なんて書かれていることもあります。でも、それを軽く受け流せるほどの鋼のメンタルは持ち合わせていません。むしろ「軽微」と書かれると余計にヘコむ。「こんな簡単なこともできなかったのか」と自分を責めてしまうんです。たった一文字の記入漏れ、添付書類の順番違い——それだけのことで、自分が全否定されたような気持ちになるのが本音です。

確認したはずのミスがなぜ起きるのか

チェックリストを使って、何度も見直したはず。それなのに、なぜかミスは起きる。原因を探しても、「疲れてたのかな」「集中してなかったのかな」なんて曖昧な答えしか出てこない。そしてまた、自分の中にある完璧主義が頭をもたげてくる。「こんなことも見逃すようじゃダメだ」と。責任感が強い人ほど、補正通知一通で自分の価値を測ってしまうのだと思います。

自分を責めすぎるクセと付き合う

僕自身、若い頃から失敗を引きずるタイプでした。ちょっとしたことで必要以上に落ち込み、それを誰にも見せられず、一人で抱え込む。補正通知を受け取るたびに、そのクセが顔を出します。「あぁ、またやってしまった」と心の中で何度も繰り返す。だけど、その時間が長引くほど、次の仕事に集中できなくなる。自分のメンタルを守るのも仕事の一部なんだと、最近ようやく気づいてきました。

事務員との連携がすれ違うとき

事務所には事務員が一人います。とてもよくやってくれていると思うし、彼女なしでは回らないのが現実。でも、だからこそ気を遣ってしまう。「これ、お願いしてよかったのかな」「やっぱり自分でやるべきだったかも」——補正通知が来るたびに、そんな思考が頭を巡ります。信頼して任せたい。でも、最後の責任は自分。だから、ちょっとしたすれ違いがものすごく重たく感じてしまうのです。

信頼して任せたい、でも責任は自分に

効率的に仕事を進めるためには、誰かに任せることも必要。でも、補正が来たとき「これは自分が確認していれば防げたのでは」と思ってしまうんです。事務員に罪はないのに、自分の中で勝手に責任を抱えてしまう。信頼して任せたはずなのに、結果が悪ければ後悔する。この矛盾を抱えながら仕事をしていると、次第に「全部自分でやった方が気が楽」とさえ思えてしまう瞬間があります。

小さな確認ミスが招く大きな手戻り

本当に些細なこと——押印の位置が少しずれていたとか、書類の順番が間違っていたとか。そんな小さなミスが、手続き全体をやり直すきっかけになる。依頼者には「すぐ修正します」とは言うものの、その裏では何重にもストレスが重なっている。書類の再作成、再提出、そして「なんでこんなことに…」という自責。こういうときほど、「一人でやってる感じ」が強くなって、また孤独感が押し寄せてきます。

「任せてごめん」と思う気持ち

事務員は悪くない、わかってるんです。でも、それでも「任せてごめん」と思ってしまうのが本音です。注意不足だったのか、指示があいまいだったのか、後からいくらでも考えられる。でもそれを口に出すと、相手を責めるようでできない。だから、自分の中で処理するしかない。そして、またひとつ、ストレスが積み上がっていく。そんな日々の繰り返しに、慣れてしまっている自分が少し怖いです。

それでも処理し続ける日々

補正通知が来たって、仕事は止まりません。次の案件も、次の申請も待っている。文句を言っている暇があったら処理しないと終わらない。それはわかってる。でも、どこかで「自分だけがこんなに必死なんじゃないか」と思ってしまう。誰かが助けてくれるわけでもない。だから、今日も無言で画面に向かって、書類と格闘しているのです。

「やるしかない」で片づけられない気持ち

司法書士という仕事は、「やるしかない」の連続です。期限は迫ってくるし、申請は待ってくれない。でも、その一言で心まで片づけられるほど、僕は強くありません。理屈ではわかっていても、感情がついてこない。どこかで、もっと楽に働けたらと思ってしまう。補正通知が届いた瞬間、そんな弱音がまた一つ、心の中に積もっていくのです。

自分で選んだ道、でも時々逃げ出したくなる

この仕事を選んだのは自分。でも、だからといって常に前向きでいられるわけじゃありません。補正通知一つで、「もう嫌だ」と思うこともある。逃げ出したいと思うこともある。でも、結局はまた画面に向かって仕事を始めてしまうんです。たぶん、どこかでこの仕事に愛着があるんでしょうね。だからこそ、しんどくても続けているんだと思います。

同じように頑張っているあなたへ

もしこの文章を読んでいるあなたが、同じように補正通知に心を痛めている司法書士なら、ひとつだけ伝えたいことがあります。「あなたは、ちゃんと頑張ってる」。ミスをしても、間違えても、それでも直そうとする気持ちがある限り、十分すぎるくらい立派です。天気が晴れでも、心が雨なら、無理して笑わなくてもいい。そんなふうに、自分を少しだけ許してあげてほしいと思います。

一人で抱え込まないでほしい

この仕事は、どうしても孤独になりがちです。誰かに相談しにくいことも多いし、弱音を吐ける相手がいないこともある。でも、それを全部一人で抱え込まなくていい。SNSでも、同業の集まりでも、たまには誰かに愚痴をこぼしてもいい。完璧じゃなくてもいい。人間だもの、ミスだってする。そう思える瞬間があるだけで、少し楽になれるかもしれません。

補正があっても、あなたはダメじゃない

最後にもう一度。補正通知が来たからといって、あなたの価値が下がるわけじゃない。むしろ、それに気づいて修正して、前に進めるあなたはすごい。だから、自分を責めすぎないでください。補正通知より、自分をいたわる言葉を一つ多く見つけてください。それが、明日も続けるための力になるはずです。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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