仕事は減らない、でも体力はもう限界…

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仕事は減らない、でも体力はもう限界…

年々きつくなる「いつもの業務」

司法書士の仕事は、見た目にはあまり変化がないように思えるかもしれません。でも実際は、年々体にずっしりと重くのしかかってきます。「いつもの業務」が、年齢とともにこんなにも体力を奪ってくるとは、30代の自分には想像もできませんでした。毎日同じことの繰り返しだからこそ、疲労はじわじわと積み重なり、ある日突然「もう無理かも」と思うのです。

依頼件数は減ってない、でも体がもたない

独立当初は「仕事があるうちはありがたい」と思っていました。ところが10年以上経った今も、依頼件数はそれほど減らず、むしろ高齢化の影響で相続関係が増えているくらいです。案件数は維持されているのに、こちらの体力は下降の一途。1日でこなせていた業務が2日に分かれるようになり、集中力も持たない。もう若くないことはわかっているけれど、「このまま続けていけるのか」と不安ばかりが増えていきます。

30代の頃とは違う「疲れの質」

あの頃は、徹夜してでも間に合わせる気力がありました。今は、睡眠時間が少ないだけで翌日の仕事に大打撃。「よし、終わらせよう」と思っても、夕方には頭がぼーっとして入力ミスが増える。質の高い仕事を続けるには、体の持久力だけでなく、集中力も維持しなければなりません。でも、それが年々難しくなってきている実感があります。

「今日は早く寝よう」がもう何年もできてない

今日こそは早く寝よう、と思いながらも、夜になれば書類のチェック、メールの返信、翌日の段取り…。結局、寝るのは深夜。たまに「何もせずに早く寝る」日をつくっても、なぜか翌朝に限ってトラブルが起きる。そうしてまた、「自分がやらないと」という意識に戻ってしまうんです。誰かに任せたくても、任せきれない。地方の小さな事務所では、それが現実です。

書類作成・手続き・面談…全部やってると本当に疲弊する

事務員は1人いますが、どうしても私自身が動くしかない場面が多い。書類の作成、法務局への提出、銀行とのやりとり、依頼者との面談…。それが同時に3〜4件重なると、もう脳みそが処理を拒否します。事務所の中では「全部自分でやった方が早い」と思ってしまうけど、それは「早く終わる」だけで「楽になる」わけじゃない。どんどん自分を消耗させていることに、ようやく最近気づきました。

誰にも言えない「限界」のサイン

仕事をしていれば、疲れは当然。だから、ちょっとした不調も「いつものこと」と思ってしまう。でも、限界はある日突然やってくるものです。誰にも言えず、自分でも気づかないまま、静かに壊れていく。その予兆に、もっと早く気づくべきだったと思うこともあります。

体力より先にメンタルがやられる瞬間

身体の疲れは寝れば回復する、と思っていたけれど、問題はそこじゃなかったんです。朝起きた時に「もうやりたくない」と思ったら、それは危険信号。かつては楽しかった登記の作業や、お客さんと話す時間さえも、「めんどくさい」と感じてしまった時、メンタルがすり減っているのだと気づきました。

気づいたらため息ばかりついていた

パソコンの前で、「ふぅ…」とため息。電話が鳴れば「またか」とつぶやく。そんな自分にハッとしたのは、事務員から「先生、最近ずっと疲れてる顔してますよ」と言われた時でした。無意識のうちに、自分の疲れやストレスが外に漏れ出している。笑顔を見せる余裕さえなくなっていたことに、ショックを受けました。

人と話すのが面倒になると危ない

司法書士の仕事は人とのやりとりが中心です。でも、その人との会話すら煩わしいと感じるようになったら、黄色信号どころか赤信号。「今日は電話に出たくない」「訪問は事務員に任せたい」と思ってしまう時期がありました。そんな時は、無理をせずに一歩引いて、自分の心と体の声を聞くことが大事だと、ようやく思えるようになってきました。

「もう辞めたい」の本音と、「でも辞められない」現実

正直に言えば、辞めたいと思ったことは何度もあります。でも、それができない理由も、これまた山ほどある。独立してしまったがゆえの責任、地域のつながり、そして生活のためのお金…。自分ひとりの感情だけで「辞める」と言えない現実が、いつもその前に立ちはだかります。

地域の信頼、家族の生活、逃げ道のなさ

長年続けてきた仕事は、私の顔でもあり、信用でもあります。「先生に頼みたい」と言ってくれる人がいる限り、やめるとは言えません。そして何より、家族の生活があります。毎月の支払い、子どもの進学、老後の資金…。自分の体がきついからといって、簡単に投げ出せる立場ではないんです。

「事務所を畳む」という言葉が頭をよぎる日もある

ふと、「このまま事務所を閉めたらどうなるだろう」と考えることがあります。でもすぐに、「いや、それは逃げだ」と思い直す。でも、頭に浮かぶということは、どこかで本気で限界を感じている証拠なのかもしれません。誰かに相談できるような悩みではないからこそ、こうして文章にすることで少しだけ気持ちが整理される気がします。

どうする?体力が落ちても仕事は続く問題

辞めることができないなら、どう続けていくかを考えるしかありません。体力が戻らないなら、別の方法で負担を軽くする。40代、50代の司法書士にとって、これから先の働き方は、人生そのものを左右するテーマだと思います。

「無理しない働き方」って何だ

よく聞く言葉ですが、実践するのは本当に難しい。「手を抜かない」と「無理しない」は違うけれど、境界線が曖昧なんです。無理をせず、でも信頼は落とさず、結果は出す。このバランスを探るために、仕事の進め方そのものを見直さなければいけない時期が来ている気がしています。

量を減らせないなら、質と効率を見直すしかない

案件数を減らすことができないなら、業務のやり方を変えるしかない。定型化できる部分はテンプレート化し、事務作業の一部はAIや外部ツールに任せることも検討中です。最初は「そんなの無理」と思っていましたが、自分を守るためには柔軟になるしかないと痛感しています。

無駄な移動、無駄な書類、無駄な説明を減らす

「なんとなくやっていた習慣」が実は負担になっていることは少なくありません。例えば、毎回の法務局への移動や、すべてを紙で保存する運用、依頼者への冗長な説明…。これらを見直すことで、時間も気力もかなり節約できます。今までの“当たり前”を疑うところから改革は始まると感じています。

それでも続ける理由と、小さな希望

ここまでいろんな愚痴をこぼしてきましたが、今の仕事を続けているのには、やっぱり理由があります。全部がつらいわけじゃないんです。ふとした瞬間に、「やっててよかった」と思えることがある。それがある限り、もう少しだけ頑張ってみようと思えるのです。

「ありがとう」が染みる日もある

登記が無事に終わって、「先生、本当に助かりました」と言われると、胸にじーんと来ます。派手な仕事ではありませんが、人の人生に関わっているという実感がある。そういう日があるから、なんとか明日も事務所のドアを開けられるんです。

同じように苦しんでる司法書士は意外と多い

最近では、同業の知り合いと愚痴を言い合う時間が、心の支えになっています。「自分だけじゃない」と思えることが、こんなにも救いになるとは。体力的に厳しい時期をどう乗り切るかは、みんな模索しているんですね。だからこそ、こういう話をもっと共有していけたらと思っています。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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