小さな不安、大きな事故 “今日もミスなく”が呪文になる職場

小さな不安、大きな事故 “今日もミスなく”が呪文になる職場

“ミスしない”ことが前提の職場の重圧

司法書士の仕事において「ミスをしないこと」は、あまりにも当然の前提として語られます。でも、その“当然”がどれほど重いか、外の人にはなかなか伝わりません。日々の業務はまさに地雷原の上を歩くような感覚で、一歩踏み外せば信頼も仕事も一瞬で吹き飛びます。書類一枚、電話一本、時間管理、全てがピリつく中で、「今日もミスなく終われますように」と心の中で何度も唱えてしまう自分がいます。

毎朝唱える呪文「今日もミスなく終われますように」

朝、事務所のドアを開ける前に、つい空を見上げて呟いてしまう。「今日も何も起こりませんように」——まるで受験前の学生か、試合前のスポーツ選手のようですが、こちらは毎日が勝負。しかも相手は見えないミス。誰かが褒めてくれるわけでもなく、ただ静かに、何も起きなかった一日にホッとするのです。それでも、一日一回は「やばい」と肝が冷える場面がある。それがこの仕事の常。

失敗は許されない空気、それでも人間は間違える

人間ですから、集中力が途切れることもあれば、体調が万全じゃない日もある。でも、そんなことは言い訳にもならないのが司法書士の世界です。たとえば登記の一部に数字の打ち間違いがあったら、後のトラブルになりかねません。「人間だからミスもあるよね」と笑い飛ばしてもらえることは、残念ながら少ないのです。だからこそ、心のどこかに常に恐怖が巣食っている気がします。

司法書士の仕事に潜む「見えにくい緊張」

司法書士というと、書類を作成して提出するだけ、と思われがちですが、その裏には常に見えない緊張感が流れています。表面上は淡々とした業務に見えるかもしれませんが、実際には「一つの間違いが大きなトラブルに繋がる」リスクと隣り合わせで動いています。冷や汗をかきながら進める毎日は、精神的にもなかなか堪えるものがあります。

書類の一文字が命取りになる世界

たとえば、所有権移転登記で一文字誤ってしまったら、それはもう訂正では済まないケースもあります。修正には補正や再申請が必要となり、関係者の手間と信頼を損なう結果になりかねません。過去には、漢字の「高」と「髙」の違いに気づかず、登記官からの指摘で再提出になったこともあります。そんな些細な違いが、仕事の全体評価を左右するのです。

「誰も気づかない」けど「誰かが責任を取る」現実

怖いのは、誰も気づかずに進んでしまうこと。書類が通ってしまえば結果オーライ……ではなく、後から気づいた時には「誰がミスをしたのか」と責任追及の空気が流れます。たいていは事務員のチェック漏れか、自分の確認不足。誰かが責任を取らなければならない状況では、最終的には司法書士が頭を下げることになります。

手続きの遅れが他人の人生を左右するプレッシャー

登記手続きが遅れれば、不動産の引き渡しも遅れます。これは買主・売主双方にとって大きな問題です。何度もカレンダーを確認しながら、手続きが確実に進んでいるかをチェックする日々。「もしここでミスが起きたら」と考えると、夜中に急に心拍数が上がることも珍しくありません。プレッシャーは静かに、でも確実に積もっていくのです。

事務員に頼っても、最終責任は結局こっち

うちの事務所には、ひとりの事務員さんがいます。彼女は真面目で丁寧に仕事をしてくれます。でも、どれだけ信頼していても、ミスが起きたときに責任を取るのはこっち。そうなると、どこまで任せていいのか、どこは自分で見るべきか、その境界線がどんどん曖昧になります。そして結局、「全部自分で見たほうが早い」となり、疲弊していくんですよね。

確認は2人でやっても、責任は1人分

ダブルチェック体制なんて言いますが、ミスが発覚した時、「でも私も見ました」と言える人は少ないです。たとえ2人でチェックしていても、クレームが来るのは代表者である司法書士のところ。人を信頼するのは大事だけど、その信頼が壊れたときにかかる負荷は相当です。

「お願いね」が言えない日々の積み重ね

本来なら、「ここ、確認しておいてもらえる?」と気軽に任せたい。でも、「もし何かあったら……」という不安が勝って、つい自分で全部やってしまう。そうすると、業務がどんどん自分に偏っていき、結果的に疲れだけが積み重なっていきます。信頼したいけど、できない。そんなジレンマの中に、いつもいます。

「ミス=信用失墜」この職業のしんどさ

司法書士という職業は、一度のミスが「信用失墜」に直結します。何年も築いてきた信頼が、一瞬で吹き飛ぶ。そんなリスクが日常業務に潜んでいるからこそ、精神的な負担は大きいです。しかも、誰も褒めてくれないけど、失敗はしっかり責められる。そういう意味で、非常に「割に合わない」仕事だと感じることもあります。

小さなケアレスミスが即クレームや損害に

たとえば、相手先の社名の一部を略称で書いてしまっただけで、手続きがストップすることもあります。「それくらい」と思うかもしれませんが、それくらいが許されない世界です。そんなことが続くと、ミスしないようにすることよりも、「ミスが起きたときにどう対応するか」ばかり考えるようになってしまいます。

夜中に思い出して眠れない「もしかして」の不安

あの書類、本当に添付書類入れてたっけ?送信先のメール、誤送信してないよな?——そんな「もしかして」で目が覚めることがしょっちゅうあります。翌朝一番に事務所に行って、確認するまで落ち着かない。こうして、寝ても休まらない日々が積み重なっていくのです。

自分だけじゃないと知って、少しだけ楽になる

こんなふうに日々の業務に追われていると、「自分だけがこんなにしんどいのか」と思ってしまいがちです。でも、同業の仲間と話していると、みんな同じような不安や愚痴を抱えていることがわかって、少しだけ心が軽くなります。どこかで誰かが、今日も「ミスなく終わりますように」と願いながら働いているんだと思えることは、ささやかな救いになります。

他の司法書士もみんな同じ呪文を唱えている

久しぶりに集まった地元の司法書士仲間との飲み会。誰かがぼそっと「今日もミスなく終われたわ」って言った瞬間、みんな「わかる〜!」と笑いました。呪文のように毎日唱えているのは、自分だけじゃなかった。こういう瞬間があるから、また明日もなんとかやっていけるのかもしれません。

事務所でのちょっとした対策:チェックリストと声掛け

最近は、自分の精神安定のためにも、事務員と一緒に「やったことリスト」を書き出すようにしています。声に出して「この書類、添付完了してる?」と確認し合うだけでも、心理的なミス防止になります。完璧にはできなくても、「やれることはやった」と思える環境づくりが、何よりも自分を助けてくれます。

「ミスを減らす」より「ミスしても立ち止まれる」仕組み

ミスをゼロにするのは難しい。でも、ミスをしたときに「止まれる」仕組みがあれば、取り返しのつかない事故になるのは防げます。たとえば、提出前に他人がチェックする「意図的な二度見」制度や、提出日を1日前倒しにするなど、小さな工夫で「事故」にならないようにする。その積み重ねこそが、精神衛生を守る鍵かもしれません。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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