他人に届いた登記完了通知——ミスはこうして起こる
登記が完了すれば、それで一区切り……と言いたいところですが、油断してはいけません。事務所では日々、多くの書類が出入りします。その中で発生したのが「登記完了通知を間違った依頼者に送ってしまった」という、思わず頭を抱えたくなるような凡ミスでした。登記そのものには問題がなくても、依頼者の信頼は一気に揺らぎます。その顛末を振り返りながら、なぜこんなことが起きたのかを見つめ直してみます。
気づいたのは依頼者からの一本の電話
「うちじゃない書類が来たんですが…」
朝イチの電話で始まったのは、少し嫌な予感でした。受話器の向こうから聞こえてきたのは、落ち着いた声でしたが内容は衝撃的。「届いた書類、うちのじゃない気がするんですが」と言われて一気に眠気が吹き飛びました。あわてて封筒の控えとファイルを確認すると、確かに違う依頼者に送るべき完了通知を、まったく関係ない別人に送ってしまっていたのです。
その瞬間、血の気が引く
あの時の感覚は今でも忘れられません。背筋がゾッとするというのは、まさにああいう瞬間を言うのでしょう。登記完了通知には物件の詳細情報や権利者の名前も記載されています。個人情報が漏れたという意味でも重大ですし、「この司法書士、大丈夫か?」と思われても仕方ありません。即座に謝罪の電話を入れ、相手にはお詫びの文書と正しい通知を送付。ミスの事実を受け止めつつ、なんとか事態を収めようと必死でした。
原因はどこに?ミスの温床になった現場の実態
似た名前、似た住所、でも違う人
原因を調べていくうちに、今回のミスは書類作成時の宛名貼り間違いが原因だと判明しました。ちょうど同時期に扱っていた依頼者で、姓も似ており、しかも市内の同一郵便番号エリア。人間の目と感覚だけで「これで合ってるだろう」と判断していたのが、完全に裏目に出ました。作業中の疲れや油断も加わり、確認すべきポイントをすり抜けてしまったわけです。
ヒューマンエラーは防げなかったのか
こういう時に思うのは、「自分じゃないと気づかないとでも?」ということ。自分の住所じゃなければ気づくでしょうが、登記完了通知の形式はどれも似たり寄ったり。依頼者が開封してくれたから発覚したようなもので、もしも封を開けずに放置されていたら、こちらのミスにも気づかずじまいだったかもしれません。それはそれで怖い話です。
事務員一人、限界ギリギリの体制
うちは地方の小さな司法書士事務所。事務員も一人で、私自身も現場に出ながら書類作成やチェックを並行しています。余裕がないのはずっと前からわかっていましたが、今回の件でいよいよ危機感が現実になった気がします。完了通知ひとつでも、手が回らなくなってきているという事実を直視せざるを得ませんでした。
忙しさの中で起きる「小さな判断ミス」
複数案件の並行処理が常態化している
一日に数件、登記が完了してくると、それぞれの書類を確認し、PDF化し、紙でも保存して、発送準備まで行うわけですが……それを1人でこなしていれば、どこかで集中力が切れるのは当然です。名前の見間違い、住所の貼り間違い、封筒の入れ替え。たった一つのズレが、大きな信用問題につながります。
人手不足が生むプレッシャーと焦り
「早く処理しないと次が詰まる」という焦りが常につきまといます。集中すれば間違えない自信はありますが、常に完璧を求めるには無理があります。余裕のなさは、丁寧さの敵です。結局は、自分の許容量を超えてしまっていたことが、ミスを招く要因になっていたのだと思います。
このミスでどうなったか——対応と反省
今回のミスについては、相手の方が非常に冷静で優しい方だったことに救われました。しかし、それに甘えてはいけません。もし相手が神経質な方だったら、即クレーム、もしくは行政指導ものになっていたかもしれません。運が良かっただけ、と受け止めて、再発防止策に取り組む必要があると強く感じました。
まずは平謝り。とにかく謝るしかない
お電話でも、郵送でも、ひたすら平謝りです。司法書士としてのプライドは正直ズタズタですが、まずは「誠実な対応」をするしかありません。言い訳をする暇があれば、再発しないようどうするか考えなければならない。そんな覚悟を持って対応しました。
相手の信頼を取り戻すまでの道のり
登記自体は無事でも、信頼は別問題
書類の内容に間違いがなくても、他人にそれが届いたとなれば、依頼者にとっては不安で仕方ないことです。「他にも間違えてるんじゃないか?」と思われても無理はありません。最終的には再送で理解していただけましたが、信頼回復には時間がかかるものです。
「プロなんだから間違えないでくれ」の重み
一番響いたのは、「プロの方なんですよね?」というひと言。ぐうの音も出ませんでした。私たちは専門家として「当たり前」を正確にこなすことが求められています。だからこそ、その「当たり前」が崩れた時の衝撃は、依頼者にとって非常に大きいのだと痛感しました。
他山の石に。二度と繰り返さないための工夫
この経験を通して、まずはチェック体制の見直しから始めました。単純な手作業に頼るのではなく、見える化とチェックフローの整備。小さな事務所でも、できることはあるはずです。反省と改善はセットでなければ意味がありません。
送付前チェックリストの再構築
紙ベース+目視チェックの二段階に
チェックリストを紙で印刷し、手書きで記録を残す方式にしました。デジタルだけだと見落としがちな部分も、人の手で書いて、目で見ることで、確認の精度が上がります。あえてアナログにすることで、作業の「流し見」を防止できるようになりました。
事務員とのWチェック体制の見直し
事務員と私、2人でのダブルチェック体制をより明確にしました。発送前に私が確認し、事務員も控えを突き合わせて確認。たったそれだけでも、ミスの確率はかなり下がると感じています。仕組みづくりは地味ですが、やるしかありません。
仕組みより余裕が必要な現実
チェックをする「時間」がまずない
実際のところ、ミスを防ぐ以前に「確認する時間がない」というのが一番の問題です。朝から晩まで依頼が詰まり、チェックリストを見直す余裕すらない。自転車操業のような状態では、いくら仕組みを整えても追いつきません。
やっぱり人を増やさないと無理
結論として、やはり人を増やす必要性を痛感しています。とはいえ、地方で司法書士事務所を構える身としては、そう簡単に人員を確保できるわけでもない。だからこそ、体制の見直しだけでなく、仕事の受け方そのものも考え直す時期に来ているのかもしれません。
同業者へのメッセージ:「明日は我が身」かもしれません
今回の失敗は、決して特別なことではありません。誰でも疲れていればやってしまうような、小さなミスが原因です。でも、その「小さなミス」が大きな損失につながるのが、我々司法書士の仕事。私の失敗が、誰かの「予防」につながればと願っています。
ミスを責める前に、仕組みと体制を見直そう
自分を責める気持ちはあります。でも、それ以上に必要なのは「次にどうするか」。ミスを個人の問題にせず、組織としてどう再発を防ぐか。そう考える視点を持つことが、長くこの仕事を続けるためには必要です。
それでも疲れてる時は、誰でもやる
最後に。私は完璧じゃありません。多分、あなたもそうだと思います。人は疲れるし、集中力も切れる。だからこそ、せめて仕組みと支え合いがあれば、最悪の事態は避けられる。そう信じて、今日もまた書類とにらめっこを続けています。