待てど暮らせど来ない…立会当日に依頼人が現れなかった日
立会当日、依頼人が現れない――そのとき私は何を思ったか
不動産決済の立会い当日。現場には売主、買主、仲介業者、銀行の担当者、そして私、司法書士。皆が時間通りにそろい、書類も印鑑も完璧。あとは依頼人が来るだけ――のはずだった。ところが、開始時間を過ぎても、その姿は現れない。電話をかけても出ない。そんな中、場の空気はどんどん重くなり、私はただ時計を見つめていた。まさか「来ない」なんて、最初は思ってもいなかったのだ。
準備万端の空間にぽっかり空いた空席
この仕事をしていると、「段取り通りにいかない」のはよくあることだ。それでも、関係者が全員そろっている中で、当事者が来ないというのはそうそうない。空席を前に皆が無言になるあの空気。私もそれなりに経験を積んできたが、胃のあたりがジワジワと重くなるような感覚は、何度味わっても慣れない。
時計の針だけが進んでいく中での焦り
10分…20分…30分。時間が経つほどに焦りと不安は増していく。関係者の視線が徐々にこちらに集まり、無言のプレッシャーとなる。こちらもどうしていいかわからず、電話をかけては留守電、メールを送っては未読のまま。こういうとき、時間が残酷に長く感じるのだ。
事前確認もしていたはずなのに、なぜ?
立会の前には確認をしていた。日時、場所、持ち物…すべてメールと電話で共有済み。何度もやり取りをしていたから、私は安心していた。だが、それは油断だったのかもしれない。「ちゃんと伝わっていた」と思っていたのは、こちら側の一方的な思い込みだったのだろうか。
連絡はついていた、だから安心していた
前日にも電話で話していた。「明日、11時に○○銀行でお願いします」「わかりました、大丈夫です」と言っていたはずだ。それがまさか、当日になって音信不通になるとは…。信じていた分、裏切られたような気持ちも強かった。とはいえ、こちらにできることは限られている。
「当たり前」が崩れる怖さ
スケジュール通りに依頼人が現れる、という“当たり前”が崩れた瞬間、どこか現実感がなくなった。この仕事では、書類の不備や印鑑忘れは想定内だが、「人が来ない」は、根本的に段取りが成立しなくなる。準備すればするほど、空振りになったときの虚無感は大きい。
現場にいた関係者たちの反応
立会いの場は、基本的にピリついている。大きなお金が動く場だから当然だ。その空間で一人来ないとなると、ただでさえピンと張っている糸が、余計に張り詰めることになる。そしてその矛先は、少なからず司法書士である私に向かってくるのだ。
売主の苦い顔と、金融機関担当者の無言
売主はイライラを隠さず、「本当に今日やるんですよね?」とこちらを睨むように言う。金融機関の担当者は眉一つ動かさず、ただ淡々と時間を確認している。誰も声を荒らげないが、その場にある“失望”や“苛立ち”がこちらに伝わってくる。いたたまれないとはまさにこのことだ。
一番冷や汗をかいていたのは間違いなく自分
たとえ自分に非がなくても、「調整役」である司法書士がその場を支えなくてはならない。電話をかけながら、「何か起きたのか?」「寝坊? 事故?」と考え、動揺しながらも平静を装う。こういう時に“場を整える力”が試されると頭では分かっていても、内心では冷や汗が止まらない。
その後の対応と精神的な消耗
最終的に依頼人と連絡が取れたのは、約1時間後だった。こちらとしては、もはや今日の立会いは無理だろうと判断し始めていた頃だった。電話口から聞こえてきた言葉は、正直、力が抜けるような内容だった。
連絡が取れた時の第一声に力が抜けた
「あっ、すみません…今起きました」――。なんとも言えない気持ちになった。「いやいやいや、こっちは何人が集まって待ってたと思ってるんだ」と言いたくなるのを必死でこらえた。怒っても仕方ないし、責めたところで何かが好転するわけでもない。大人の対応をするしかなかった。
「ごめんなさい、寝てました」に絶句
その後、「今日って11時でしたっけ…?」という一言が追い打ちをかけた。私が昨日までに送った確認メール、電話でのやり取り――すべてが、相手の中で“流れていた”ことを痛感した。予定を守ることの重みが、こちらと相手とで全く違っている。それが一番こたえた。
信頼とは積み重ねるもの、壊れるのは一瞬
この件以降、私はその依頼人と一切仕事をしていない。相手もこちらに気まずさを感じたのか、その後は音沙汰なしだ。信頼関係というのは、どれだけ小さなことでも壊れる。それを改めて思い知らされた日でもあった。
実は珍しくない“当日すっぽかし”の実態
この経験を同業の司法書士に話すと、驚くことに「あるある」と笑ってくれる人も多かった。「え? うちもこの前あったよ」「しかも2回目だった」など、意外にも“当日ドタキャン”はそれなりに存在しているようだ。
理由は多種多様、でも原因の根っこは同じ
寝坊、予定の勘違い、交通トラブル、書類忘れ…理由は様々でも、共通しているのは「軽く見られている」ということだ。登記手続きというものが、どれほど多くの人に支えられ、時間が調整されて成り立っているか。そこが理解されていない。そこが一番の問題なのだ。
登記の“重み”を共有できていないことが原因
たかが登記、されど登記。この一つの作業のために、どれだけの人が時間を合わせ、書類をそろえ、待っているか。それを依頼人に伝えるのは、司法書士の仕事の一部だと痛感するようになった。「ただの確認」で終わらせないこと、それが大切なのだと思う。
それでも起こるのが“現場の現実”
どれだけ準備していても、こういうことは起こる。それが現場のリアルであり、私たち司法書士の悩みでもある。完璧を目指すことも大切だが、柔軟に対応できる力を持つことも、それ以上に重要だと感じている。
完璧を求めすぎると疲れる
「完璧に準備したのにダメだった」と思うと、疲労感と徒労感が一気に押し寄せてくる。でも、そんなときこそ一息つく勇気も必要だ。全てを背負い込まず、できることに集中する。それが長く続けるためのコツなのかもしれない。
「どう転んでも対応できる準備」を心がける
最近では、代替日程の確保やキャンセル時の連絡ルールなども、最初の説明で伝えるようにしている。すべては「転んだときにすぐ立ち上がれるように」しておくため。失敗を経験したからこそ、備えの大切さが身に染みている。
司法書士を目指す方へ伝えたいこと
この仕事は、机の上だけでは完結しない。現場対応、対人調整、そして思い通りにいかない日々の中で、自分を保ち続ける力が求められる。時には理不尽なこともあるけれど、それも含めて司法書士という仕事の一部だ。
予測不可能な現場にこそ、人間力が試される
マニュアルでは対応しきれないことが、現場にはたくさんある。笑顔で、時には淡々と、でもしっかりとその場を支える。それが司法書士の“見えない仕事”の一つだと思う。法務だけでなく、対応力こそが問われる場面は本当に多い。
怒りをぐっと飲み込んで、笑って帰れる力も必要
この仕事をしていると、報われないこともある。怒りたくなる場面もある。でも、そんなときこそ「ま、しゃあないか」と笑えるかどうかが、プロとしての分かれ道だと感じている。愚痴をこぼしつつ、それでも現場に立ち続けるあなたを、私は応援しています。