登記申請したのに…“まさかの相続人”が現れて振り出しに戻った話

登記申請したのに…“まさかの相続人”が現れて振り出しに戻った話

登記申請は終わったはずだった――油断が招いた落とし穴

登記が完了したときの安堵感は、司法書士として何度経験しても格別だ。しかし今回は、その安堵が一瞬で吹き飛んだ。申請から数日後、依頼者から「もう一人相続人がいるかもしれない」との連絡。思わず電話を握る手が震えた。え、今さら? こっちはもう申請済みなんですけど――。実は、こんなこと、たまにある。だが、今回の一件はあまりにも“イタかった”。まさかここまで振り出しに戻されるとは、夢にも思っていなかったのだ。

やっとの思いで完了した登記申請

今回の案件は、いわゆる兄弟間の相続で、相続人は2人。戸籍も確認済み、委任状も整い、書類もバッチリ。正直「楽勝案件」だと思っていた。スムーズに申請し、あとは完了を待つだけ。日常業務に追われる中、こうした“問題なし”の案件は本当にありがたい。しかしその平穏は、依頼者の一本の電話で音を立てて崩れ去った。「実は昔、父に別の女性との子どもがいたかもって母が言ってて…」。もっと早く言ってくれれば、と心の中で何度叫んだことか。

「別の相続人がいる」と言われた瞬間の衝撃

その一言で、すべてがひっくり返った。真っ先に考えたのは「法務局、間に合うか?」ということ。申請はまだ補正中、ギリギリ引っ込められるかもしれない。とはいえ、すでに提出した資料をすべて精査し直し、今度は新たな相続人を探し、連絡を取り、場合によっては遺産分割協議をやり直すことになる。それを思った瞬間、胃の奥がギュッと締めつけられる感覚になった。結局、完了目前で取り下げ。まるでマラソンのゴール目前でコースが変更になったような気分だった。

なぜこんなことが起こったのか?

原因は明白だった。戸籍は一応、過不足なく取得していた。だが、依頼者の記憶と認識に頼りきっていた部分が大きかった。特に今回のように、家族間で過去を曖昧にしていたり、「もう亡くなった話だから」と深入りを避けがちなケースでは要注意だ。結局は“見えなかった地雷”を踏んだようなもの。わかっていたつもりでも、やっぱり抜けていたのだ。

戸籍調査の盲点と確認漏れ

戸籍は万能ではない。除籍・改製原戸籍の読み取りにはコツがいるし、特に戦前のものは判別が困難だ。加えて、戸籍の内容を取得する順番を間違えると、無駄なループに陥る可能性もある。今回は“本籍地が異動していた”というパターンで、古い戸籍に記載されていたもう一人の相続人を見落としてしまった。こちらの確認不足もあるが、そもそも情報のスタートが依頼者の「兄弟は私と弟の二人だけです」という断定だったのが痛かった。

依頼者が把握していない相続人という存在

相続は「知らない人が突然現れる」ことが本当にある。依頼者自身が「そんな人いない」と断言していても、こちらが戸籍を掘り進めると、実は異母兄弟がいたというのは珍しくない。困るのは、依頼者がその事実を知らない場合、説明してもピンとこないどころか、驚きと不信感で態度を硬化させること。あまつさえ「あなたの調査ミスじゃないのか」と責任転嫁されることもある。

依頼者も知らなかった「前妻の子」や「疎遠な兄弟姉妹」

実際、「前妻との間に子どもがいたが音信不通だった」「戦後すぐに養子縁組されたらしい」など、本人も記憶があいまいなケースが多い。親族関係が複雑なほど、“伏兵”がいる確率は跳ね上がる。今回も、被相続人の前妻との間に一人子どもがいたという話で、完全にノーマークだった。戸籍には確かに記載されていたが、読み飛ばしてしまっていた。悔しさと情けなさが混ざり合った。

古い戸籍の読みづらさと情報の不完全性

手書きで崩し字のある改製原戸籍、そして謎の略字。読みづらいったらない。しかも、誤記も多い。別人なのに同姓同名、出生地も近くて、時系列も似ている。これは…?と悩んで調査を進めると、ようやく真相が見えてくる。しかし、その頃には申請が先行してしまっている。司法書士が求められるのは慎重さと想像力。それが不足していたことを、この一件は教えてくれた。

一度完了した登記をやり直す地獄

やり直しの登記――口で言うほど簡単じゃない。依頼者には頭を下げ、法務局にも事情を説明し、取り下げ。新たな書類を用意して、遺産分割協議を一からやり直し。手間も神経も削られていく。しかも、元の登記はなかったことになり、進捗はゼロ地点に戻る。精神的な消耗がすさまじかった。

法務局での取り下げと再申請の手間

取り下げは法務局によって対応がまちまち。補正中ならまだ何とかなるが、補正済みだったらもう大変。窓口で事情を話し、「再申請になります」と言われる。すでに提出した資料も再提出。新たに印鑑証明や協議書を集めるとなると、関係者全員とまたやり取りする羽目に。正直、「もう嫌だ」が口癖になった。

費用と時間の二重負担、そして精神的ダメージ

費用も二重、時間も二倍、信頼も目減り。もちろんこちらの過失部分もあるので、再申請分の費用をサービスせざるを得ないケースもある。事務員にも負担がかかるし、ほかの案件にも影響する。ひとつの見落としがどれだけ大きな損失を生むか、痛感した瞬間だった。

「もうやりたくない」と思った本音

正直、この仕事向いてないかもしれない――とすら思った。どれだけ気を張っていても、ミスは起こる。それでも責任はすべてこちらにある。しかも「完了していた」案件を、また最初からやるという屈辱。思わず、「全部AIにやってもらえたらいいのに…」なんて愚痴が口をついた。

実務上、どう備えるべきか

同じ過ちを繰り返さないために、対策は欠かせない。結局、どれだけ慎重に情報を集められるかがすべて。戸籍の読み違いや記載漏れを見抜くには、技術と経験だけでなく「疑う目」も必要だ。

戸籍調査の“二重チェック”のすすめ

今回のような事態を防ぐには、戸籍の読み取りを二重でチェックする体制が必要かもしれない。私一人で処理していたが、事務員にもチェックを依頼するようになった。二人で確認してもミスはゼロにならないが、減らす努力はできる。確認リストを作成し、記録も残すようになった。

「相続人不存在」という希望的観測の危うさ

依頼者が「いない」と言っても、「いないと思っているだけかも」と思うくらいがちょうどいい。特に高齢者が被相続人で、若い依頼者が申請者の場合、親の人生のすべてを知っているわけではない。依頼者の言葉を鵜呑みにせず、過去の戸籍を丹念にたどるのはプロの仕事だ。

依頼者への聞き取りに潜む限界とリスク

聞き取りも大事だが、聞いた話がすべて正しいとは限らない。人は思い違いや勘違いをする。しかも、相続の場面では感情も絡むため、記憶が曖昧になっていることも多い。だからこそ、戸籍や住民票など、客観的な情報に基づいて判断する必要がある。

司法書士としての反省と戒め

今回の件は、決して他人事ではない。どれだけ経験を積んでも、慢心は禁物。むしろ経験がある分、油断が生まれやすい。だからこそ、ミスを共有し、自分の業務にフィードバックすることが大切なのだ。

「完了して安心」はプロ失格かもしれない

ゴールと思ったところで満足してしまうのは、プロとして失格かもしれない。完了通知が届いても、数日は冷静に構えておく。依頼者の「そういえば…」は必ずあると思っていた方がいい。完了が“終わり”じゃなく“次のリスクの始まり”だと思うようにしている。

再発防止のための仕組みづくり

人的ミスはゼロにはできないが、減らす工夫はできる。手順書の整備、ダブルチェック体制、依頼者との事前面談の内容記録など、できることは多い。ミスから学び、次に活かす。これが結局、司法書士としての「積み重ね」なのだと、再確認した。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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