「相続登記なんて簡単でしょ?」と言われた日のモヤモヤ
「相続登記って、ただ書類を法務局に出すだけなんでしょ?」——お客さんにそう言われた日のことは、今でも忘れられません。いや、気持ちは分かります。ネットで検索すれば「自分でできる相続登記」なんて情報が山ほど出てきますし、書類の提出先も役所じゃなくて“法務局”とくれば、余計に事務手続き感が増すのでしょう。でもね、現場で向き合ってるこちらからすると、そんなに甘くはないんです。
登記を「紙一枚」と見なされるつらさ
よくあるのが「紙一枚に印鑑を押すだけ」と思われているケース。たしかに、最終的には紙一枚です。だけどその一枚を完成させるために、どれだけのやり取りと調整があるかは、表からは見えません。例えるなら、完成された料理だけを見て「これなら自分でも作れる」と言っているようなもの。料理人は、材料選びから下ごしらえ、火加減、盛り付けまで全部考えているのに。
世間の誤解とプロのプライドの間で
仕事として「簡単だ」と言われるのは、意外とこたえます。こちらは専門家としての誇りを持ってやっているわけで、そこに時間も責任も乗っかってくる。「そんなの簡単でしょ」と言われれば、「じゃあ自分でやってください」と言いたくなる気持ちを、グッと飲み込む日々です。司法書士は“縁の下の力持ち”なんて言われますが、ほんとに下に潜りっぱなしで誰も見てないですからね。
実際の現場は修羅場だらけ
では、その“簡単そうに見える”相続登記の裏側を少しだけ覗いてみましょう。登記の前に必要な情報や書類を集める作業、そして相続人との連絡調整など、正直言って泥臭い作業の連続です。特に「人」が関わると、予想外のトラブルが起こるのが常です。
資料が揃ってる?いや、それがまず揃わない
「これで全部のはずです」と言って渡された書類が、実はまったく足りていなかった。そんなこと、何度経験したか分かりません。必要な戸籍が抜けていたり、相続関係説明図を作ろうとしたら生年月日が食い違っていたり…。調査の段階でつまずくと、スタートラインに立つ前にもう疲弊しています。
戸籍が足りない、住所が違う、名字が変わってる
特に困るのが、女性の方で結婚・離婚・再婚を繰り返しているケース。戸籍の筆頭者が変わっていたり、名字が違っていたりして、まるで迷路です。住民票の住所とも一致しておらず、「この人、本当に同一人物ですか?」とこっちが疑ってしまうレベル。これ、確認するだけで何日もかかります。
被相続人の戸籍がまるでミステリー小説
特に大正生まれや戦前の戸籍になると、もう完全に手書きの謎解きゲーム。兄弟姉妹が多かったり、養子縁組があったり、謎の分家情報が出てきたり。「この人、誰?」という人物が突然現れることもしばしば。過去の謎と格闘するうちに、気づけば事務所で夜を迎えていることも珍しくありません。
相続人が多いケースの泥沼
相続人が3人くらいなら、まだなんとか回ります。でも10人、15人と増えてくると、それぞれの事情や主張が出てきて、話がまとまらない。印鑑をもらうだけでも一苦労で、郵送、電話、LINE、そしてまた電話…。まるで営業マンのような日々が続きます。
連絡がつかない人が一人でもいたら終わり
「兄とはもう20年連絡を取ってません」なんて当たり前に言われます。でも、登記にはその“連絡の取れてない兄”の同意も必要なんです。ここで一気に膠着状態に。何度も手紙を出しても返事なし。結局、家庭裁判所に「不在者財産管理人」の申立てをする羽目になったこともあります。
「そんな人知らない」と言われた日
被相続人の異母兄弟や、昔別れたきりの実父など、本人も存在を知らなかった相続人が出てくるともう地獄。「そんな人、知らないです」と言われても、法的には“相続人”。感情と法律の間で調整するのは、言うまでもなく私たち司法書士の仕事です。胃に穴があく思いですよ。
うちは事務員さんと二人三脚。でも…
事務所は私と事務員さんの二人きり。仕事が重なってくると、どちらかが限界を超えるのは時間の問題です。分担しようにも、やはり専門的な判断や確認は私の責任。ふたりとも余裕なんてありません。
入力・チェック・郵送…全部回すのに限界
入力は事務員さんに任せられても、チェックは結局私が見ることになる。登記申請書を誤って出せば、責任は全部こちらにきますからね。その上、郵送準備やお客さんへの説明、さらには“説明した内容をメールで再度送る”みたいな細かい作業まで、全部積み上がっていく。積み木じゃなくて、レンガです。重い。
「急ぎでお願いします」と言われても、もう手が足りない
「実は急いでまして…」と静かに言われる方が、一番心にきます。こっちは手が回っていないのが分かっているからこそ、断れない。でも引き受けたら最後、睡眠時間を削るしかない。これ、本当に健全な働き方なんでしょうか。
そもそも、なぜこんなに面倒なのか
なぜ、これほどまでに相続登記が手間なのか。その答えは、制度と実務のギャップにあります。法律で定められた手順はあっても、現場ではそれがうまく機能していないことが多いのです。
制度と現実のギャップが大きすぎる
書面上では「戸籍を取得して関係説明図を作成」とありますが、実際には旧姓・改姓・住所不一致など、想定されていないケースが次々に起こります。そのたびに確認とやり直し。真面目にやるほど消耗していく仕組みになっています。
登記が義務化されても、「じゃあやります」とはならない理由
2024年から相続登記が義務化されましたが、だからといってスムーズに進むとは限りません。「義務だからやる」と考える人は少数で、むしろ「まためんどくさいことが増えた」と感じる人のほうが圧倒的に多い。結果、私たち司法書士の元に、“困ってから来る”相談が殺到するわけです。
司法書士を目指す方へ伝えたいこと
最後に、これから司法書士を目指す方へ。この仕事はやりがいもありますが、現場に出ると想像以上に大変です。表からは見えない苦労や、精神的プレッシャーもたくさんあります。
資格を取ってからが本番です
試験に受かった瞬間は、本当にうれしかった。でも、そこからが本当のスタートだったと痛感しています。実務では正解が一つではなく、相手や状況に合わせて判断を求められることばかり。「こんなはずじゃなかった」と思う日も、正直何度もあります。
「独立すれば自由」は幻想だった
独立開業すれば、自分の裁量で仕事ができる。そう思っていた時期が、私にもありました。でも実際には、すべての責任を自分で背負うということ。時間の自由はあっても、心の自由はむしろ減ったかもしれません。
クライアント対応のストレスは資格試験には出ません
「あの人、なんであんなに怒ってたんだろう」って悩む夜が、けっこうあります。書類が完璧でも、相手の感情次第で揉める。試験では絶対に出ない問題が、毎日のように降ってくる。それが現場です。
それでも、この仕事をやってる理由
大変です、正直。でも、お客様に「助かりました」「頼んでよかった」と言ってもらえる瞬間だけは、何物にも代えがたい。この一言で、また頑張ろうと思えるから不思議です。だから今日も、地味で地獄な相続登記の世界に身を置いています。