“相談無料”という言葉の裏側にある現実
「相談無料」と聞くと、何か親切そうな響きがあります。私のような地方の司法書士事務所でも、ホームページやチラシに「初回相談無料」と載せているところは少なくありません。実際、うちの事務所でもそうしてきました。ただ、それが善意であればあるほど、じわじわと業務を圧迫し、時には心を削ってくるのです。「無料」に惹かれて来た方々とのやり取りのなかに、思わぬ落とし穴があるのだと気づいたのは、何年も経ってからでした。
無料相談に潜む“期待とズレ”
依頼者は「無料相談」と聞いて、あたかも“何でも答えてもらえる魔法の時間”だと期待してしまうことがあります。こちらもできる限りのことは伝えますし、時間内で答えられることには全力で対応します。でも、実際には複雑な案件や、確認が必要な内容ばかり。そんなとき、「え?それは無料で教えてもらえないんですか?」と、少し険しい表情を向けられることもあるのです。
無料=何でも答えてもらえる、は誤解
たとえば、相続の案件で「不動産が3箇所あって、相続人も6人います。どうすればいいですか?」と聞かれても、その場ですべてを整理して正確な回答を出すのは難しいのが現実です。資料も見ていない、戸籍もそろっていない。それでも「無料なんですよね?」と畳みかけられると、正直こちらもつらい。無料相談の範囲を超えているのに、それを伝えると「冷たい」と言われる。誰のための無料相談なのか、わからなくなってしまう瞬間です。
気軽さゆえに生まれるトラブルの芽
相談者の中には、話を聞きに来ただけのつもりで、連絡先や必要な情報をほとんど出さずに帰っていく人もいます。ところが、後日トラブルが起きて「言われた通りにしたのに…」と連絡が来ることも。無料相談では正式な契約を交わしていない以上、責任の所在が曖昧になります。たった30分の“軽い話”が、思わぬ責任を伴ってしまうことがあるのです。
「タダだから」の軽視が招く問題
無料だと分かった瞬間に態度が変わる方も、残念ながら一定数います。こちらはプロとして誠実に話をしているつもりでも、「無料でしょ?じゃあさ…」という“上から”の空気が流れると、心がすり減っていきます。人間なので、そういう扱いをされるとやっぱり疲れるんですよ。
本気度の差がストレスになる
こちらは「将来の依頼につながるかも」と思って丁寧に対応するのですが、相談者側がそもそも本気ではない場合も多い。ネットで調べた知識をぶつけてきて、こちらの話をほとんど聞かない。挙句、「まあ、ほかも回ってから考えます」と言って帰られると、「この30分は何だったんだろう」と虚しさが残ります。
無料相談が生む司法書士の負担
無料相談は確かに集客につながることもあります。でも、その一方で、見えないコストが積み上がっていくのも事実です。目の前の人の話を真剣に聞くにはエネルギーがいります。しかも、相談が重なれば本来の業務が圧迫されていく。気づけば、「忙しいのに無料で何やってるんだろう」と、自問する日々が増えていきました。
無料でも時間は消費する
無料相談のために、30分、1時間と時間を取る。それが一日3件も続けば、半日が潰れます。しかも相談しただけで何も依頼に繋がらなければ、ただただ労力と時間を取られただけ。さらに、電話やメールでの無料相談も重なれば、1日があっという間に過ぎ去っていきます。
1件30分、それが5件続けば…
実際に、相談が立て続けに5件入った日がありました。朝から昼過ぎまで、食事もとらずに相談対応。その後、通常業務に追われて気づけば夜。体も頭もクタクタ。これが報酬になるならまだしも、どれも依頼にはつながらず。事務員から「先生、最近疲れてますよ」と言われたとき、さすがに「無料相談、見直すべきか…」と考えさせられました。
無料相談が本業を圧迫する
無料相談の時間は、当然本来の業務時間から捻出されるわけです。登記申請のチェック、報告書の作成、関係者への連絡──すべてのタスクが後ろ倒しになります。ミスが許されない仕事だからこそ、この“ひずみ”は無視できません。
「ついでに登記もお願い」の流れが厄介
無料相談の延長で、「じゃあ登記もお願いできますか?」と話が進むこともあります。しかし、相談時の内容があまりに曖昧だった場合、こちらとしては最初からやり直し。説明のし直し、書類の再収集、金額のすり合わせ…。これが無料相談の延長とは思えない手間になることもあります。
依頼者にとっての“罠”とは何か
無料相談の罠は、司法書士側だけの問題ではありません。依頼者にとっても、きちんとした契約を結ばずに“聞きかじり”だけで動くことで、後々大きな問題になることもあります。無料の情報には限界があるという意識が、まだまだ根付いていないのが現実です。
無料相談だけで済むと思っていないか
「相談すれば全部わかる」「そこから先は自分でできる」と思っている方もいますが、実際の手続きはそう簡単ではありません。特に相続や不動産登記のように、書類や法的要件が複雑なものは、自己判断で進めてしまうと後でやり直しになるケースもあります。
途中でやめられない案件の怖さ
過去に「相談だけのつもりだったけど、途中で不安になってきて…」と再訪された方がいました。そのときには既に相続人の一部とトラブルになっていて、収拾に苦労しました。最初にきちんと契約して、流れを組み立てておけば防げた事例。無料相談のつもりが、依頼者にとっても“高くつく”ケースになることがあるのです。
専門家の“責任感”に甘える構造
依頼者の中には「この人ならなんとかしてくれる」という安心感を持ってくれる方もいます。それ自体はありがたいのですが、それが無料でのやり取りの中で発生すると、こちらは「責任感」だけで動いてしまうことになる。自分の良心と現実のバランスが崩れていく感覚が、何よりしんどいのです。
司法書士としてのスタンスをどう保つか
無料相談は決して悪ではありません。ただ、それが制度として存在する以上、私たち専門家側もある程度のルールや線引きを持たなければ、自分が壊れてしまいます。相手にも誠実で、自分にも誠実であるために、できることとできないことを丁寧に伝える勇気が必要です。
線引きを曖昧にしない覚悟
無料相談の時点で、「ここまでが無料、ここからは正式な依頼」というラインを明確にしておくこと。それが自分を守るだけでなく、相談者にとっても誤解を防ぐことになります。「なんだ、商売なのか」と思われるのが怖くて、つい言い出せないこともありますが、そこはきちんと伝えるべきだと、今は思っています。
最初から「有料になる可能性あり」を伝える
最近は、相談予約の時点で「相談内容によっては有料になることがあります」と伝えるようにしています。それを嫌がって来ない人もいますが、逆に「それならきちんと準備していきます」と、事前に資料を持ってきてくれる方もいて、むしろ効率が上がりました。あいまいさはトラブルの元。こちらも自信を持って伝える姿勢が大事なのだと感じます。
無料相談を“仕事の入り口”にしすぎない
無料相談はあくまできっかけであって、本質はその後の信頼関係です。無料で来て無料で終わる関係より、きちんと依頼をいただき、責任を持って対応できる関係性こそが、司法書士の仕事のあるべき姿ではないかと思います。
それでも無料相談を続ける理由
ここまで散々愚痴っておいて、結局無料相談をやめていないのは、やっぱり「助けたい」という気持ちがあるからです。困っている人を放っておけない性分だし、相談してよかったと言われると、それだけで報われた気持ちにもなります。
困っている人を見捨てられない気持ち
今まで何度も「もう無料相談やめようかな」と思いました。でも、ふとしたタイミングで「先生のおかげで助かりました」と言われたり、他の依頼につながったりすると、やっぱり必要なんだなとも思います。たぶん、完全にはやめられないんだろうなと。
信頼関係のきっかけにはなり得る
無料相談で生まれた信頼が、その後長く続く顧客関係につながることもあります。一度しっかり話を聞いてくれたからと、数年後にまた別件で依頼をいただくことも。だからこそ、無料相談の時間も決して“無駄”ではない。とはいえ、ほどほどの線引きはやっぱり必要だなと思いながら、今日もまた、相談室のドアを開けています。