言葉にできない瞬間が、一番伝えたいことだったりする

未分類

言葉にできない瞬間が、一番伝えたいことだったりする

うまく説明できないことが、日常業務の中に確かにある

司法書士として仕事をしていると、「なんでこんなに説明が難しいんだろう」と感じる瞬間が何度もあります。登記の内容や相続の流れなど、頭の中では整理できていても、それを依頼人に伝えようとした途端、言葉が詰まる。たとえば、亡くなったお父様の名義変更について説明しているとき、「ここはこうで、あれはこうで…」と話しているうちに、相手の表情が固まっていく。ああ、うまく伝わってないな、と。専門家としての自信を持っていたはずが、実はとても脆いものなんだと痛感するのです。

「伝えること」が仕事なのに、伝わらないもどかしさ

司法書士の仕事は、「説明」がつきものです。書類を出すにも、手続きを進めるにも、すべてに説明責任がついて回ります。だからこそ、説明が下手だと、それだけで信頼を損なってしまうリスクがある。でも、いくら言葉を尽くしても伝わらないことがある。特に「相続」とか「信託」のように、抽象的な概念が絡むともうダメ。図にしても目が泳ぐ、口で説明しても頭に入らない。そんなとき、何とも言えない不甲斐なさに襲われるのです。

専門用語をやめればいいという簡単な話ではない

「もっとわかりやすく話せばいいじゃない」と言われることもあります。確かにそれができればいいのだけど、現実はそう単純じゃない。例えば「遺産分割協議書」という言葉を使わずに、あの書類の重要性や法的意味をどう説明するか?「家族で話し合った結果を書き留める書類」と言い換えても、細かなニュアンスが抜け落ちるし、誤解される危険もある。噛み砕きすぎると正確さが失われ、正確を保つと理解されない。まさに板挟みです。

依頼者の不安を受け止めるには、説明以上の力が必要

一番伝えたいのは、「あなたは大丈夫です」という安心感。でも、その安心を与えるには、単に説明が丁寧なだけでは足りません。表情、声のトーン、間の取り方、そしてこちらの覚悟。以前、説明が不十分で依頼人を不安にさせてしまったことがありました。そのとき、「この先生、大丈夫かな」と言われたひと言が今でも刺さっています。あのとき私は、自信を持って語れていなかった。言葉以上に「信頼できる空気」を出せていなかったんです。

説明できない自分が悪いのか?と悩んでしまう瞬間

「わかりやすく説明できない自分が悪いのか?」と、自問自答することがあります。事務所に戻って、誰もいない応接室で一人反省会。何をどう言えばよかったのか、録音しておけばよかったか、と後悔のループにハマります。でも、言葉にできないことって、本当はたくさんあるんですよね。特に人の感情が絡む場面では。

沈黙が続く面談。自信が揺らぐとき

ある日、遺言書の相談で来た依頼者の前で、言葉に詰まってしまったことがありました。相手は沈黙。私は焦りながらも笑顔を取り繕うけれど、内心はパニック。数秒の沈黙が、何分にも感じられる。こちらの声が小さくなると、相手もさらに構えてしまう。そんな負の連鎖が起きて、自信がガタガタと崩れていくのです。

言い淀んだ時に見える依頼者の表情

「え?つまりどういうことですか?」と依頼者に聞き返された瞬間の、あの申し訳なさ。こちらの曖昧な表現が原因で、不安を煽ってしまう。特に高齢の依頼者にとって、難しい言葉や複雑な手続きはただでさえハードルが高い。なのに、私はその壁を壊すどころか、余計に高くしていたのかもしれません。

「もっと簡単に話せばよかった」帰り道の後悔

面談が終わって、コンビニで缶コーヒーを買いながらふと、「あの時、こう言えば伝わったかも」と思いつくことがあります。でももう遅い。帰り道の車の中で、何度も頭の中でリプレイしては、ため息。どれだけ経験を積んでも、こういう後悔は減らないものです。

事務員さんにも伝わらない、この感覚のズレ

一緒に働いている事務員さんにも、「それ、そんなに落ち込むことですか?」とよく言われます。そう、落ち込みすぎなんですよ、私は。でも、この「もどかしさ」の感覚って、なかなか共有できない。説明するのも難しいから、つい黙ってしまう。そういう時に限って、内心でぐるぐる考えてるんですけどね。

法律知識よりも「察する力」が必要な職場

法律の知識はもちろん大事。でも、それ以上に「察する力」こそが司法書士の現場では問われる気がしています。依頼者の顔色、話し方、沈黙。そういう些細な情報から不安の兆しを感じ取って、フォローを入れる。でもそれを言語化して事務員さんに伝えるのは難しい。感覚的すぎて、再現性がないんです。

でもその「察してほしい」気持ちが一番厄介

とはいえ、「察してくれよ」っていうのは、あまりに勝手な話。特に新人の事務員さんに対しては、もっと丁寧に伝える努力をしなきゃいけないのに、自分のもどかしさを言葉にできず、つい曖昧な指示になってしまう。反省しつつも、それがまたストレスになっていくという悪循環。

言葉にできない経験の積み重ねが、信頼を生むのか

ここまで、ずっと「伝えられない自分」に対する悩みを語ってきました。でも、そんな私でも時々、「この先生にお願いしてよかった」と言ってもらえることがあります。不思議だけど、それはたぶん、言葉以外のところで何かが伝わっているからかもしれません。

説明しきれないけど「この人に頼みたい」と言われた日

ある依頼者が、「先生、正直よくわからなかったけど、なんか信頼できる気がする」と言ってくれました。内心「それじゃダメなんじゃ…」と思いつつも、嬉しかった。その言葉が、私の救いになったんです。完璧な説明より、誠実な姿勢が伝わることもある。そんな日が、たまにあるんです。

言語化できない部分をどう育てるか

伝えきれないことを、あえて受け入れる勇気も必要なのかもしれません。無理に言語化しようとして、言葉が軽くなるぐらいなら、黙って向き合う。それもまた、信頼を築く方法のひとつ。言葉にできない瞬間は、案外、言葉以上のものを伝えているのかもしれません。

司法書士を目指す方へ:説明上手じゃなくてもやっていける?

最後に、これから司法書士を目指す方へ。もしあなたが、「説明が苦手だから無理かも」と思っているなら、安心してください。私もそうです。でも、それでも続けてこられました。伝え方は、人それぞれ。言葉に頼らずに伝える方法だってあるんです。

口下手でも信頼される司法書士の特徴とは

口下手でも信頼される司法書士は、「誠実」で「一貫性」がある人です。無理に上手に話そうとしない。わからないことは正直に「今、調べます」と言える。その姿勢が信頼を呼ぶのです。つまり、言葉よりも「態度」が大事。

正解のない質問にどう向き合うか

依頼者から投げかけられる質問の中には、答えが一つではないものも多い。そういうとき、「どの答えが正しいか」よりも、「どの答えがその人にとって最善か」を一緒に考える姿勢が求められます。それは、話し方の巧拙とは無関係の力です。

「自分の言葉」を持つにはどうすればいいのか

最終的には、自分自身の言葉を持つことが大切です。誰かのマネではなく、自分なりの伝え方。それは経験と失敗の中から少しずつ育っていくものです。私もまだ道半ば。でも、それでいいと思っています。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

未分類