あの日、電話は唐突に鳴った
月曜日の朝、いつもどおりコーヒーを淹れてデスクに向かったその矢先、電話が鳴りました。ディスプレイに表示されたのは、先日相続登記を終えたばかりの依頼人の名前。「何かあったかな?」と受話器を取った瞬間、怒気を含んだ声が飛び込んできました。「請求書、まだ届いてないんですけど?」――思考が一瞬停止しました。「あれ?郵送したはず…」という言葉は喉元まで出かかりましたが、ぐっと飲み込み、とりあえず謝罪しました。問題の本質は“届いていない”ことよりも、“確認も連絡もしていない”ことだったのです。
「請求書が届いてないんですけど?」から始まる恐怖
「まだ届いてないんですけど?」という言葉は、単なる事実の確認ではありません。裏には「ちゃんとやってるんですか?」という信頼の揺らぎが含まれているのです。実際、依頼人は声を荒げるというよりは、冷静な口調の中に怒りをにじませていました。それがむしろ怖かった。こちらとしては事務処理の流れの中で処理した“つもり”になっていても、相手にとっては「大金が絡む大切な手続き」です。ズレが信頼の断裂を生み出します。
状況がつかめないまま、平謝りのスタート
電話口で頭の中はフル回転。「誰が封入した?いつ出した?郵送記録は?」と自問自答しながらも、口から出るのは「申し訳ございません」の繰り返し。その場で言い訳なんてしても火に油です。何より焦るのは、こういうときに限って事務員が外出中ということ。確認もできず、とにかくその場をやり過ごすことしかできませんでした。責任者としての立場を痛感した瞬間でもありました。
なぜ請求書が届かなかったのか
結論から言えば、請求書は封筒に入れたものの、郵便ポストへの投函が漏れていたというシンプルなミスでした。事務員が他の急ぎの案件に気を取られ、封筒ごとカバンに入れたまま帰宅してしまったようです。誰かを責めたい気持ちはありましたが、結局「確認していなかった自分の責任」に行き着きました。
事務処理フローの甘さを直視する
うちのような小さな事務所では、請求書の作成から投函まで、すべてが人の手によるアナログ作業です。「これ、やっといて」と口頭で伝えて、終わったかどうかはなんとなくの感覚で把握――そんな曖昧な管理がミスを生むのです。今回のミスは、業務フローの可視化とチェック体制の不備を突きつけられたようなものでした。
郵送担当は事務員。でも責任は自分
たとえ担当が事務員であっても、責任者は所長である自分です。日々の忙しさにかまけて、「任せきり」にしていたことを深く反省しました。事務員だって人間です。ミスは起こる。それを前提にした管理体制を築かない限り、同じことは何度でも起こります。
小さな事務所の「見える化されてない業務」
手順書もマニュアルもなく、経験と慣れで回している業務が意外と多いことに改めて気づかされました。たとえば「請求書は作成後、翌営業日午前中に投函」というようなルールすら言語化されていなかったのです。小規模だからこそ、仕組みに頼らず運用できてしまう。でも、それが落とし穴になるんですよね。
依頼人の怒りがこわい理由
怒られ慣れているわけではないですが、司法書士という仕事は基本的に「信頼」が商品です。それが揺らいだときの怖さは、金銭的な損害以上のインパクトをもたらします。
信頼残高は目に見えないからこそ厄介
「○○先生にお願いしてよかった」と言ってくれた依頼人が、たった一枚の請求書の不達で「あんな事務所、もう頼まない」と言ってしまう。積み上げてきた信頼が、音もなく崩れていく感覚。目に見えないからこそ、日頃からの行動や対応のすべてが影響しているのだと改めて感じました。
「お金の話」が一番関係性に響くという現実
登記が無事終わったとしても、請求がスマートでなければ、全体の印象は悪くなります。「お金のやりとり」が絡む瞬間は、特に注意が必要です。ましてや高齢の方や慣れていない方なら、余計に神経質になる場面。最後の最後でヘマをすると、全体の印象が台無しです。
誰が悪い?責任の所在を考える
ミスが起きたとき、最初に浮かぶのは「誰のせいか?」という思考。でも冷静になって考えると、「起きたこと」よりも「どう再発させないか」が大事なのだと気づかされます。
つい事務員のせいにしたくなるが…
人間なので「なんでちゃんと投函しなかったの?」とイラっとする気持ちがゼロではありません。でも、それを声に出したところで何も変わりません。むしろ委縮させてしまって、余計にミスが増える悪循環。結局、任せる以上はその環境や仕組みを整えていない自分の問題です。
自分がやっていたら防げたのか?
もし自分が請求書を出していたら、たしかに投函ミスは起きなかったかもしれません。でも、それをやり始めたら事務員を雇っている意味がなくなります。業務を任せるということは、「見えない部分の確認とサポート」も含めての責任なのです。
忙しさは言い訳になるのか
毎日バタバタしているのは事実です。朝から夜まで面談や書類作成、移動などで時間は飛ぶように過ぎます。でも、「忙しいから見落とした」では済まされないのが司法書士の仕事。忙しいなら忙しいなりに、仕組みで支えるしかありません。
二度と繰り返さないための工夫
今回の件をきっかけに、小さな事務所でもできる再発防止策をいくつか取り入れました。大掛かりなシステム導入は無理でも、手間を惜しまなければできることはあります。
業務フローに「チェックポイント」を
封入から投函までを、一人で完結させないようにしました。たとえば「請求書作成→チェック→封入→投函報告→控え保存」という一連の流れを、手書きでも構わないのでチェックリストに落とし込みました。これだけでもミスの芽はかなり潰せます。
請求業務こそ、最後に気を抜いてはいけない
登記が終わったあとというのは、気が緩みがちなタイミングです。だからこそ「最後の最後こそ慎重に」を意識する必要があります。終わりよければすべてよし、ではなく、「終わりこそが評価の決め手」なのだと思っています。
最後に:怒られても、また明日は来る
怒られた日は本当に落ち込みます。「なんで自分ばっかり…」と思う日もあります。でも、今日もまた依頼人はやってきます。大事なのは、完璧を目指すよりも、失敗から学び、改善し続けること。怒られるのが怖いからこそ、手を抜かず、逃げず、向き合っていきたい。そう思いながら、また明日も机に向かいます。