地方の司法書士、なぜか「違和感」がつきまとう
司法書士としてこの地方で十数年やってきたが、どうしても感じてしまうのが「都会との違和感」だ。別に都会が偉いとかそういう話じゃない。ただ、同じ資格を持っていても、働く環境が違えば、求められるものも、仕事の進め方もまるで違うのだ。そんな中で日々、首をかしげながら仕事をしている感覚は、たぶん地方の司法書士なら誰でも少なからずあるだろう。
都会のスタンダードが通用しない現場
都市部での勤務経験があるわけではないけれど、ネットや研修会で得られる「常識」が、こっちでは通じないことが多い。例えば、オンラインで完結できる手続きが「紙でお願いね」と返ってくるような現場。ああ、こっちはまだ昭和のままか…と内心ツッコミを入れたくなる。
「それ、こっちじゃ通らないよ」と言われたときの無力感
一度、法務局に出した書類で、他県では通っている記載が「これはダメ」と突き返されたことがある。こちらは根拠も出して説明したのに、「慣習的に認めてないんで」の一言。その瞬間、自分が何のために勉強してきたのか虚しくなった。地方では、理屈よりも「これまで」が優先される。
地元の慣習と業務の“すり合わせ”という名のストレス
たとえば、農地の登記で地元の組合や区長に「まずうちを通せ」と言われるケースもある。法律上は必要ないステップでも、地域社会の暗黙のルールが存在する。それに従わないとトラブルになりかねない。でも、そういう「非公式なプロセス」に神経をすり減らす毎日が、本当に疲れるのだ。
人との距離が近すぎる問題
地域密着型の商売と言えば聞こえはいいが、実際にはプライバシーがほとんどない世界でもある。依頼者が親戚や知人、もしくはその紹介というケースが多く、常に“誰かの顔”が見えてしまう。
頼まれごとは断りづらい、“知り合い”地獄
「ちょっとだけ相談したいんだけど」と言われ、気づけば1時間話を聞いている。しかも無料で。田舎だと、断ること=非情、冷たい、というイメージがつきやすいから、なかなか線を引けない。だけど、その積み重ねがボディブローのように効いてくる。
プライベートも監視されている気がする日常
休日にスーパーでビールを手にしていたら、「先生も飲むんですね〜」と声をかけられた。そう、見られている。良くも悪くも“町の人”として生きている感覚が常にある。悪いことはできないという意味では健全かもしれないが、時には息が詰まりそうにもなる。
収入の壁と案件の質の差にうんざりする
忙しいはずなのに、なぜか手元に残るお金が少ない。働いても働いても生活はギリギリ。ときどき、「俺、何やってるんだろう」と自問自答してしまう瞬間がある。
仕事量=収入ではない現実
日々、登記の書類をつくり、相談に乗り、役所に通い詰めても、その対価は驚くほど安い。ボリュームの割に単価が合わない。しかも、値下げを求められることもある。専門職としての誇りが削られていく感覚すらある。
「何でもやる」けど「儲からない」ジレンマ
成年後見、相続、農地の名義変更…何でも屋みたいにやっている。けれど、それがちゃんと評価されるわけでもなく、周囲からは「便利屋」くらいに思われている節もある。専門職なのに、便利屋感が出てしまうのが地方のつらさかもしれない。
不動産登記ばかり…バリエーションが少ない焦り
都市部のように企業法務や商業登記の仕事はめったに来ない。やるのは大体が相続や農地転用。それしかやってない自分に、スキルの偏りを感じることがある。都会の司法書士と比べたとき、自分は取り残されているのではないかという不安がよぎる。
都市部との単価の差は想像以上
同業の知人から聞いた話では、都市部では一つの案件でこちらの倍以上の報酬が得られることもあるという。もちろん物価の差もあるだろうが、それでも正直、羨ましい。
「報酬下げられませんか?」と言われたときの敗北感
「知り合いだから安くしてよ」「隣の町の先生はもっと安かったよ」。そういう交渉が当たり前のようにある。でも、こちらにも生活があるし、やっていることの価値を否定されているようで、心が折れそうになる。
人材の確保がもはやミッションインポッシブル
人を雇おうにも、そもそも応募がない。若い人材は都会に出ていき、戻ってこない。事務所の将来を考えたとき、ここがいちばん大きな不安かもしれない。
求人を出しても誰も来ない
何度かハローワークや求人サイトで募集をかけたが、反応ゼロ。応募が来ても「思ってたのと違う」とすぐ辞められてしまう。そもそも司法書士の業務なんて、知られてもいないのかもしれない。
都市との競争に勝てるわけがない
時給でも待遇でも勝負にならない。都会なら通勤時間も短いし、オシャレなカフェだってある。それに比べてうちの事務所なんて、古びたビルの2階。そんな場所に誰がわざわざ働きに来るのかと思ってしまう。
事務員に頼るしかない現実
今いる事務員さんは、もう10年以上支えてくれているベテラン中のベテラン。彼女がいなければ、この事務所はとっくに回らなくなっている。
自分より長く働いてくれてる人の存在が心の支え
不器用な自分に代わって、電話対応や役所とのやりとりを任せられるのは本当にありがたい。信頼できる人がそばにいるだけで、どれだけ救われているか。とはいえ、彼女がいなくなったらと想像すると、背筋が凍る。
将来の展望が見えづらくなる瞬間
10年後、20年後、果たしてこの仕事は成り立っているのか。考えると不安になることが多い。将来設計が立てにくい、それが地方の司法書士のリアルだ。
後継者問題に向き合いたくない
自分の年齢を考えると、後継者を探さねばならない時期に来ている。でも、やりたがる人がいない。継がせたくなるような職業かと聞かれれば…正直、黙ってしまう。
「この町で続けたい人がいない」ことの重さ
地元愛があって司法書士になったとしても、仕事が安定しない、収入も不安定、将来性も見えないとなれば、そりゃあ若者は来ないだろう。どこかで「この地域の司法インフラが崩れていく」のを感じてしまう。
AI・IT化の波に置いていかれる恐怖
都市部ではRPAやAIでの書類作成が当たり前になっているらしい。こっちはようやく電子証明書を取り入れた程度。スピード感の違いに呆然とする。
都会のスピード感と地方の“置き去り感”
効率化を図ろうとしても、そもそもインフラが整っていない。ネットも遅ければ、顧客も「紙で欲しい」と言う。そういう中で、都市部の動きを見ていると、焦りと劣等感のようなものがじわじわと湧いてくる。
それでも、ここでやっていく理由
文句ばかり書いてきたけど、それでもこの町で司法書士を続けているのは、やっぱり“人”の存在があるからかもしれない。大変だけど、だからこそ得られるものもある。
依頼者の「ありがとう」が、たまに救ってくれる
相続で揉めていた家族が、登記が終わったあとに「本当に助かりました」と頭を下げてくれた。その瞬間、全部報われた気がした。そういう一言が、この仕事を続けさせてくれている。
都会にはない「地元との距離の近さ」が武器にもなる
情報が早く入る、信頼が蓄積しやすい、困ったときに紹介が来る…など、地方ならではのメリットもある。問題は多いが、乗り越えていく方法も、きっとあると信じている。