頭の中から消えてくれない…あの依頼が今も胸に残る理由

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頭の中から消えてくれない…あの依頼が今も胸に残る理由

忘れようとしても忘れられない——司法書士としての「刺さった」案件

日々たくさんの案件に向き合っていれば、当然のように一つひとつをすべて覚えておくことはできません。でも、なぜか頭の片隅から離れてくれない依頼というのが、たまにあるんです。忘れたくても、思い出すたびに胸の奥がチクリと痛むような、そんな案件。今回は、私の中でずっと残っている、あるひとつの依頼について書いてみようと思います。同じような経験をしている方がいたら、少しでも気持ちを共有できたら嬉しいです。

あのときの依頼内容と依頼人の姿

どこにでもある相続案件、のはずだった

依頼があったのは、数年前のこと。内容だけ聞けば、地方の司法書士にとってはごく一般的な「兄弟間の相続登記」でした。依頼人は40代の女性で、お兄さんが急逝したことにより、相続手続きの窓口となったようでした。第一印象は「しっかりしてる人だな」というもの。でも、そのしっかりさの奥に、無理して笑っているような雰囲気がありました。

事務所で交わされた何気ない会話

手続きの説明をしながら、彼女がふと漏らした言葉がありました。「兄は昔から放浪癖があって、正直、何年も会ってなかったんです」。そのとき私は、ただ「そうなんですね」と相槌を打っただけ。でも、今でもその言葉が耳に残っています。ああ、この人は“兄”という存在をどう受け止めているんだろう、と。相続というのは、残された人の感情と向き合う作業でもあるんだなと、改めて感じた瞬間でした。

進まない手続き、重くなる空気

書類が整わない、連絡が取れない

問題は、依頼人の妹さんが協力的でなかったこと。電話にも出ない、書類も送ってこない。進めたくても進まない。依頼人も最初は「仕方ないですね」と淡々としていましたが、次第に声が暗く沈んでいくのが分かりました。私は私で、期限の目処も立たず、日を追うごとにプレッシャーが重くなっていきました。

焦る自分と、見守る事務員さん

隣で黙々と事務作業をしていたうちの事務員も、そんな雰囲気に気づいていたと思います。ふと、「なんか今回の案件、先生いつもより沈んでません?」と声をかけられた時、返す言葉に詰まりました。「いやあ…ちょっとな…」と苦笑いしながらも、内心では「うん、そうなんだよ」と何度もつぶやいていました。

転機——ある日届いた一本の電話

予想もしなかった展開に呆然

ある日、依頼人から突然電話がありました。「妹が亡くなったんです」。数日前に急病で倒れ、そのまま病院で息を引き取ったとのことでした。私は一瞬、言葉を失いました。進まない手続きを嘆いていたのに、その「原因」がこういう形で消えてしまうなんて。しかも、依頼人の声はどこか落ち着いているように聞こえました。それがまた、心に刺さるのです。

「もっとできたんじゃないか」と責める自分

手続きはその後、形式的にはスムーズに進みました。でも、心はまったく晴れませんでした。私の中で、「あのときもっと踏み込んで妹さんと話していたら」「何か別の方法を提案できていたら」といった後悔がぐるぐると渦巻いていました。司法書士としてできることは限られている。でも、それでも…と自問してしまうのです。

なぜこんなにも記憶に残っているのか

過去にもいろんな案件がありましたが、この依頼だけはなぜか色褪せず、今もふとしたときに思い出してしまいます。書類の山を整理している時や、似たような境遇の依頼人に出会った時に、「あの人は今、どうしてるかな」と胸がチクリとするのです。

感情移入しすぎてしまう性格のせい?

私がこうして苦しくなるのは、結局、自分の性格のせいかもしれません。感情移入しやすい。距離感が下手。司法書士というのは冷静に事務処理を進める職種であるはずなのに、人の感情に影響を受けやすい自分がいます。たぶん、他の先生ならここまで引きずらないのかもしれません。

「手続きだけじゃない」という現実

それでも、この仕事をしていると、「ただの書類のやりとり」では済まない場面がたくさんあります。登記や相続、成年後見。どれも人の人生の節目に立ち会うもので、そこには必ず感情がある。法的には関係なくても、こっちには重くのしかかってくるんですよね。

同じような思いを抱える司法書士さんへ

この業界に長くいると、誰もが一つや二つは「忘れられない案件」を抱えているんじゃないかと思います。でも、そんな話って、なかなか表には出てこない。だからこそ、書いてみようと思ったんです。共感してもらえる人がいたら、それだけで少し救われます。

共感と疲労の間で揺れる日々

依頼人に共感すればするほど、疲れる。でも、共感を捨てたら、たぶんこの仕事は続けられない。そんな矛盾の中で、私たちは日々書類と向き合っているんだと思います。きれいごとではない、現実の話です。

感情との付き合い方、誰も教えてくれない

司法書士になる過程で、誰も「感情との距離感の保ち方」なんて教えてくれませんでした。法律や実務は学べても、心の整理の仕方は自分で見つけるしかない。だからこそ、こうして書いてみることも、ひとつの答えなのかもしれません。

それでもやめられないこの仕事の重さと意味

正直、もうやめたいと思うこともあります。疲れたなって。楽になりたいなって。でも、それでも毎日誰かが相談に来る。そこに応えることができるというのは、やっぱりありがたいことなんだと思います。

また今日も誰かの人生に立ち会っている

何気なく交わす言葉、ぽろっとこぼれた涙。そういったものを受け止めながら、私は今日もこの机に向かっています。どれだけ経験を積んでも、慣れない部分は慣れません。でもそれが、この仕事の本質なのかもしれません。

「忘れられない案件」が自分を支えている

皮肉な話ですが、忘れられないあの案件が、今の私の支えにもなっています。失敗も後悔もあるけれど、だからこそ「もっと良くしよう」と思える。思い出すたびに痛むけど、その痛みが、前に進む力にもなっているんです。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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