午前9時、登記簿とにらめっこの始まり
朝のルーティンは静かに始まる。と言いたいところだけど、現実はスマホの通知と未読のメール、そして「至急お願いします」という件名のファイルが数通届いていることからスタートする。事務所のドアを開ける頃には、気持ちはすでに戦闘モード。登記簿、法務局、依頼者との調整――すべては時間との勝負だ。
コーヒー1杯で乗り切れる朝じゃない
目覚めの一杯と言えば聞こえはいいが、正直言って“覚醒の儀式”に近い。コーヒーを入れて、さて落ち着こうか…と思ったのも束の間、プリンターのトナーが切れている。こういう日はなぜか連鎖的に、PCのアップデートが始まったり、電話が鳴りやまなかったりする。ひとつひとつは小さなことでも、朝から積み重なると、心の余裕をどんどん削っていく。
「あれ?この地番…おかしくない?」という悪夢
登記簿とにらめっこしていると、たまに「いや、これ違うだろ」と思わず声が出てしまう瞬間がある。地番の記載ミス、旧土地台帳とのズレ、そもそも登記原因が不明瞭…そんなときは冷や汗が止まらない。昔、依頼人が「間違いないです」と言い切った地番が、実は隣地のものだったという事件があった。修正登記の手続きは倍以上の労力がかかった。
依頼者の「ちょっとだけ」は、だいたいちょっとじゃない
「ちょっと見てもらえますか?」「簡単な相談なんですが」――このフレーズを聞いたら、こっちは全身に力が入る。なぜなら、ほぼ例外なく“ちょっと”じゃないからだ。最初は簡単そうに見えても、途中で想定外の相続人が出てきたり、権利関係が複雑だったり、結局は時間も手間も膨らんでいく。声には出さないけど、心の中では何度も叫んでいる。
「簡単な内容なんですけど」から始まる地雷案件
「簡単」と言われるときほど、構えてしまう。かつて、「ただの住所変更です」と言われた案件で、実は住民票の記載と登記簿の氏名が一致せず、法務局で何度も差し戻されたことがある。その依頼者は、「なんでこんなに時間かかるの?」と不満顔。こっちとしては、裏でどれだけ書類を整えて奔走しているかなんて、わかってもらえない。地味だけど、大事な仕事だ。
電話1本で済むって言ったじゃない…
依頼者の中には「確認の電話を一本だけでいいですよね?」なんて軽く言ってくる人がいる。だが実際は、相続人の一人が連絡つかず、戸籍を何通も取り寄せて、挙句の果てには郵送とFAXと電話を何度も繰り返す。電話1本で済むように見せるために、裏で5本も10本も電話をかけているのが司法書士の現場だ。
気軽な相談が一番重たい
「ちょっと相談なんですが…」と始まる案件ほど、過去の登記記録をひっくり返す必要があったり、借地権や持分の扱いに専門的判断を要したりする。断ればいいのかもしれないけど、それができない性格なのか、「なんとかしますよ」と言ってしまう。結局、帰宅時間はまた深夜になる。
事務員さんは天使。でも天使も疲れる
うちの事務所には事務員さんがひとり。彼女がいなかったら、とっくに事務所は回っていない。登記簿の写し、資料整理、郵送準備、そしてたまに雑談で癒しをくれる。だけど、彼女だって人間だ。忙しい時期が続くと、だんだんと表情も曇る。申し訳なさと感謝が入り混じる毎日だ。
ありがとうを何回言っても足りない
彼女が忙しい中でも正確に書類をまとめてくれたり、気づかないところをカバーしてくれたりすると、本当にありがたい。「ありがとう」だけでは足りない。でも、それ以外にできることが浮かばない。給与は大手ほど出せないし、福利厚生も完璧とは言えない。せめて気持ちだけでも伝わればと思う。
ひとり事務所の現実と限界
事務所が小さいということは、誰かが休めばすぐに手が足りなくなる。体調不良でも出勤しないと仕事が滞るし、突然の法務局対応もすべて一人でこなす羽目になる。たまに「このまま一人でやっていけるのか…?」と不安がよぎる。業務は増える一方、人手は増やせない。それが地方の現実だ。
それでも辞めない理由
じゃあ、なぜ続けているのか?と聞かれたら、たぶん“ありがとう”のひと言があるからだ。報われないことも多い。疲れもたまる。モテもしないし、誰も褒めてくれない。それでも、自分を必要としてくれる誰かがいる。それだけで、もう一日頑張ってみようかなと思える。
ふと訪れる、報われた気持ち
登記完了後、依頼者が「ほんと助かりました」と頭を下げてくれる瞬間がある。その一言に、何日もかけて書類を整え、奔走した苦労が報われる。大きなことじゃないけど、小さな積み重ねがこの仕事のやりがいなんだと思う。やっぱり、辞められない。
「ありがとう」の重みが沁みる瞬間
ある日、依頼者のおばあちゃんが「あなたがいてくれて助かったよ」と泣きながら手を握ってくれた。手続き自体は複雑ではなかったけれど、その人にとっては人生を整理する大事な時間だったのだと気づかされた。そんな時、自分の存在意義を少しだけ感じる。
今日も誰かの名義のために
司法書士の仕事は派手じゃない。誰かの名前が登記簿に正しく残る、それだけ。でも、その「正しく」がどれほど大事か、わたしたちは知っている。今日もまた、顔も知らない誰かの人生の一部を、静かに支えているのだ。