誰とも話さなかった日曜日と、司法書士という仕事

誰とも話さなかった日曜日と、司法書士という仕事

静かな日曜日、会話ゼロの現実

日曜の朝、目覚ましをかけずにゆっくり起きて、カーテンを開けたときの光がまぶしい。それだけで「休日だな」と感じる。でもそのあとが問題で、テレビをつけても、誰かと話すでもなく、ただ時間が流れる。スマホを手に取っても通知はゼロ。メールもLINEも来ていない。別に誰かに会いたいわけじゃないけど、「誰からも必要とされていない」と感じてしまう。この静けさは贅沢かもしれないけれど、どこか寂しくて、むなしい。そんな日曜日が、最近では当たり前になってきた。

話す相手がいないという孤独

平日はお客さんとのやりとりや役所との対応で人と話す機会が多い。それに比べて、休みの日になると一転、誰とも話さないことがある。友人とは疎遠、家族とも距離がある。連絡を取ろうとすればできるのだが、「今さら?」という気恥ずかしさが邪魔をする。以前、勇気を出して同業の先輩に声をかけたが、「おう、元気?」の一言で終わってしまった。心の中では会話を望んでいるのに、現実は思い通りにいかない。結局、自分から孤独を選んでいるのかもしれない。

スマホに通知すら来ない日

スマホを見るたびに通知がゼロだと、自分の存在が薄まっていくような気がする。仕事中は頻繁に鳴る着信やメールも、休日になると一切鳴らない。昔は「通知が鳴らない=静かでいい」と思っていたけれど、今は「誰からも求められていない証拠」に思えてしまう。自分の影が薄れていくような感覚。それを打ち消すために、SNSを開いたりするが、そこでも誰ともやりとりしない。他人の楽しそうな投稿を見るだけで、余計に孤独感が増す。

すれ違うだけの人たちとの距離

たまには外に出ようと思って散歩してみても、道ですれ違う人たちは皆、誰かと一緒だ。家族連れ、カップル、友達同士…。僕だけが一人きりで歩いているような錯覚に陥る。視線が合うこともなく、言葉を交わすこともない。ただ、通りすがるだけ。人とすれ違っても、自分が「透明人間」になったかのような距離感がつらい。都会の雑踏ではそれが当たり前かもしれないが、地方でこれを感じるのはなかなかこたえる。

独り言が増える、声の出し方を忘れる

気がつけば、休日に出す言葉は独り言だけになっている。「あれ?どこやったっけ」「これ買っておいてよかった」など、自分に話しかけるような言葉ばかり。一人でいる時間が長くなると、冗談抜きで“声の出し方”を忘れてしまう感覚になる。声がうまく出なかったり、うまく通らなかったり。昔は人前で話すのも得意だったのに、最近はちょっとした会話すら緊張してしまう。声を出す機会が減ると、自分の存在がどんどん小さくなっていく気がする。

スーパーのレジだけが“会話”の場

結局、唯一の「会話」と呼べるのは、スーパーのレジでの「袋いりますか?」くらい。あとはコンビニの「温めますか?」に頷く程度。この一言が、意外と心に染みたりする。何気ないやり取りだけれど、「声をかけられた」というだけでホッとする自分がいる。レジの人に顔を覚えられた気がして、少しだけ嬉しくなる。そんな自分がちょっと情けないと思う反面、それでもその一言に救われているのも確かだ。

仕事での疲れと、休日のギャップ

平日はやることが山ほどある。登記の準備、相談対応、役所への書類提出、電話応対…。それが終わると、事務員さんの質問にも応えなければならない。まさに「誰かに話しかけられ続ける日々」だ。だからこそ、休日の静けさがありがたいと感じる瞬間もある。だけど、その“ありがたさ”も長く続くと“虚しさ”に変わる。ちょうどいいバランスが難しい。

平日は人に気を使いすぎている

司法書士という職業柄、お客様との距離感には非常に気をつかう。丁寧に、でも事務的にならないように、絶妙な塩梅で対応しなければならない。相手が高齢の方であれば、言葉の選び方にも注意が必要だし、感情的になりやすい相続の話では、こちらも感情をコントロールしなければならない。そんな日々を過ごしていると、休みの日は「何も考えたくない」と思ってしまう。その結果、人との接触すら避けてしまうのかもしれない。

お客さん、登記、電話、事務員の対応

朝一番で来所される相談者に対応し、その合間に登記申請の下準備を進める。電話が鳴れば手を止めて受け、終われば事務員からの確認に答える。これを繰り返すだけで一日が終わってしまうこともある。「あれ、昼食べたっけ?」と気づくのは夕方だったりする。そんな毎日だから、休みの日くらい静かに過ごしたいと願うのは当然かもしれない。しかし、その静けさが続くと、今度はそれが「寂しさ」に姿を変えてくるのだ。

休みに一気に押し寄せる“無”

忙しさで誤魔化していた感情が、休みになると一気に押し寄せてくる。何をしても楽しくない、誰かと話したいわけでもない、でも誰かに気づいてほしい――そんな矛盾を抱えたままソファに沈み込む。「こんな時間がほしかったはずなのに」と思いながら、何もできずに一日が終わる。結局、何もせず、誰とも話さず、「また今日もひとりだったな」と感じてしまう日曜日。それが週に一度のルーティンになりつつある。

外に出る気力すらわかない日も

出かければ気分転換になると分かっていても、布団から出る気力が湧かない。天気が良くても、「誰かと行くわけじゃないし」と思ってしまう。以前は映画館にひとりで行くこともあったが、最近ではチケットを取ることすら億劫になっている。外に出れば少しは元気になれるかもしれない、でも、その一歩がものすごく遠く感じる日がある。動き出す原動力が、年々失われていくのを感じてしまう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。