「恋人ですか？」と聞かれて、まさかの沈黙

司法書士として生きていると、時折妙な質問を受けることがあります。その日もそうでした。ある知人との飲み会で、ぽろっと「最近よく一緒にいるあの人、恋人？」と聞かれたのです。一瞬、脳がフリーズしました。心のどこかで、そうであってほしいと思っていたのかもしれません。でも、口から出たのは「取引先」という言葉でした。その瞬間、何かが音を立てて崩れた気がしました。

誰にだって、一人くらい“特別な関係”はある

彼女はとある不動産会社の担当者で、仕事で知り合いました。案件が重なるたびにやり取りが増え、自然と雑談も多くなり、ランチを一緒にするようにもなっていました。けれど、それ以上踏み込むことはありませんでした。たまに休日にもメッセージが来て、たまに僕も送る。でも、内容はいつも「業務連絡」という建前のもと。お互いに、どこかブレーキをかけていたように思います。

依頼人と、それ以上でもそれ以下でもない微妙な距離感

この仕事には“線引き”が求められます。感情に流されると、判断を誤る。そんなふうに先輩から教えられてきましたし、実際そういう場面も見てきました。でも、だからといって心を持たないわけにはいきません。その人が困っていれば助けたくなるし、うれしそうならこちらも安心する。プロとしての態度を崩さないようにしつつも、どこかで“特別”を意識していた自分がいたのは事実です。

「あの人は、取引先です」そう答えた瞬間の冷たさ

「恋人？」と聞かれたとき、答えは一瞬で出ました。「取引先です」。自分でも驚くほど無感情な声でした。聞かれた側の知人も、少しだけ眉をひそめていました。あれは、たぶん僕の気持ちの逃げ場を見透かされた顔です。自分を守るために、相手との関係性に“枠”をかぶせた。そのことが、あとでじわじわと効いてきて、家に帰って一人で深いため息をついたのを覚えています。

恋をしてはいけない職業…そんなこと、ないと思っていた

司法書士って、なんだか「感情を排した存在」みたいに思われがちですが、そんなことありません。もちろん人間です。心だってあるし、傷つくし、たまには甘えたいと思う。でも、実務では“関係の適正”を常に求められる世界。だからといって、気持ちに嘘をつくのはつらいんです。恋をしても、何となくうしろめたくなってしまう。そんな業界の空気感が、心を鈍らせていくように思います。

司法書士という“壁”が邪魔をする

いわゆる“士業”という職業に就いてしまうと、勝手に「先生」と呼ばれます。その言葉には責任も重みもありますが、同時に壁にもなります。誰かに近づこうとしても、どこかで「先生と依頼人だから」と線が引かれてしまう。その線を越えることは、時に職業倫理の問題にすらなりかねない。そう思うと、誰かと心の距離を縮めることが怖くなってくるんです。

優しさと業務の境界線が、曖昧になるとき

実際に、ちょっとした親切をしただけで好意と誤解されたり、その逆に誤解されないようにと距離を置いたり…その繰り返しです。「ありがとう」と言われれば嬉しいけど、その言葉の裏に何があるのかを考えてしまう。業務の一環だと割り切っていれば楽なんでしょうけど、どうしても感情がついてきてしまうんです。それがまた、孤独を深める原因にもなります。

結局、誰にも踏み込まれたくなかったのかもしれない

誰かに「恋人なの？」と聞かれた時に、即座に「違う」と答える人間って、もしかしたら“誰にも踏み込まれたくない”という防衛本能の塊なのかもしれません。恋愛に臆病というよりも、孤独に慣れすぎてしまっている。寂しいと思いながらも、その生活が自分の居場所になってしまっている。そんな自分を、自分で哀れに思うこともあります。

事務所の外では、ただの孤独なおじさん

昼間は「先生」として振る舞い、多少のことでは動じないような顔をして過ごしています。でも、ひとたび事務所を出れば、ただの45歳の独身男性。仕事が終わった後、誰かと話すでもなく、晩飯はコンビニ。テレビの音が空間を埋めてくれるだけ。笑えるような話じゃないけど、これが現実です。そんな中で誰かを好きになること自体が、もはや非日常のように思えてしまいます。

「結婚しないんですか？」と聞かれる地獄のループ

法務局の帰り道、知り合いの司法書士にばったり会うと、だいたいこの話題になります。「まだ結婚しないの？」と。それが悪気のない会話だってことはわかっています。けど、それを笑って受け流す自分がもうしんどい。たまには、「誰かと生きるのも悪くないな」と思う日もあるんです。でもそういう日に限って、緊急の登記依頼が来たりする。なんというか、もう運命そのものが茶化してくる。

人を想う気持ちが、報われるとは限らない

「仕事で出会った人に恋をする」なんて、ドラマみたいな話。でも、現実は違います。好意を持っても、相手にはパートナーがいたり、そもそもこちらを「仕事の人」としか見ていなかったり。こっちは毎日その人の笑顔を思い出してはニヤけてるのに、相手は請求書の締め切りしか考えていない。そんなズレが、また自分を滑稽にさせるんですよね。

電話が来るたびに少しだけ期待してしまう自分が嫌

携帯が鳴るたびに「あ、もしかして」と期待してしまう。そして、表示されるのが“○○不動産”だったりすると、変にドキッとして、電話に出る声がうわずる。その後、事務的な連絡だけで終わってしまい、通話終了後に「ああ、何期待してたんだ俺は…」と自己嫌悪。まるで思春期の中学生みたいで、自分でも情けなくなります。

その優しさは仕事として、処理されていく

たとえ笑顔で「いつもありがとうございます」と言われても、それは“仕事だから”の一言で全部片付いてしまう世界です。そこに感情を求めること自体がズレてるのかもしれない。けど、こっちは人として相手を大切にしたいと思ってる。ただそれだけなのに、それがどうやっても届かない。そんなとき、「取引先」という言葉が、一番都合のいい逃げ道になるんです。

目の前に積みあがる書類、手つかずの現実

朝の机に向かうと、まず目に飛び込んでくるのは昨日の終わらなかった申請書類。その奥には、一週間前から「要確認」の付箋が貼られたままの登記資料。そして横には、依頼者からの手紙や役所からの通知がバサッと積まれている。片付けようと思うものの、電話が鳴り、来客があり、気がつけば昼過ぎ。午後からは外出も入っていて、また今日も書類には手がつけられずに一日が終わる。そんな繰り返しに、心がすり減っていく。

今日も片付かない机の上

この事務所に引っ越してきて5年。最初は「片付いた環境が生産性を上げる」と意気込んでいたのに、今はまるで関係ない。机の上に余白はほぼゼロ。どの書類にも「急ぎ」の案件がくっついているようで、どれから手をつけるべきか判断がつかない。「まずはこれだけ終わらせよう」と思っていた案件の下から、もっと大事な申請書が出てきたりする。そのたびに自分に呆れる。仕事に追われているのか、自分が仕事を逃げているのか、わからなくなる瞬間だ。

急ぎ案件と放置案件がごちゃまぜの山

いわゆる「優先順位」というやつが、机の上ではすでに崩壊している。相続登記の申請、会社設立の書類、役所とのやり取り。どれも急ぎで、どれも放置気味。事務員に「これはどうします？」と聞かれても、口から出るのは「ちょっと置いといて…」の一言。そうやって棚に移された書類が、やがて“謎のファイル”として発掘される頃には、申請期限ギリギリだったりする。責任の重さはわかっている。わかっているけど、手が動かない自分がいる。

「明日でいいか」が積み上がった結果

「今日は無理だから、明日やろう」。その判断が、何日も繰り返されていく。最初のうちは、まだ明日に余力があった。けれど最近は、その“明日”も常に満席。余力のある日など存在しないのに、「明日で」と自分に言い聞かせてしまう。積み上がったのは書類だけじゃない。自己嫌悪も同じくらい積み重なっている。結果、ふとした瞬間に「俺、何やってんだろうな」と呟いてしまう。誰に聞かれるでもなく、独り言が増える日々だ。

優先順位？そんなもの後回し

本当に処理が必要なのはわかっている。けれど「何を今やるべきか」を考えることすら疲れてしまっている。頭の中に一覧表が欲しい。誰かが順番を決めてくれたら、ただ作業をこなせるのに。そう思いながらも、そんな都合のいい話があるわけもなく、結局また、「なんとなく手に取った書類」から片付ける始末。合理的じゃない。でも、その合理性を維持する気力がもう残っていない。そんな自分に腹が立つけど、どうしようもない。

電話対応のたびに集中力が削られる

ようやく集中して取り組もうとした瞬間に、鳴り響く電話の音。内容は「書類の進捗どうなってますか？」だったり、「先日の件、ちょっと聞きたいんですが…」だったり。もちろん仕事だし、対応はする。けれどそのたびに、せっかく流れかけた集中がプツリと切れる。切れた集中力を元に戻すのには、時間も気力も要る。気づけば、机に向かってる時間より、電話の記憶の方が多く残っている。自分の仕事に没頭することが、どんどん難しくなっている。

事務員に聞かれても「わからん」と答える日々

事務員は頑張ってくれている。いろいろ気を遣って、わかりやすく質問してくれる。でも、こちらの頭が回っていない。資料を見ながら「えーと…これは…」と濁し、ごまかしているうちに、「また後で」と逃げてしまう。「ちゃんと答えられない自分」が情けなくなる。そのくせ、指示が曖昧だったことに後から気づいて、さらに自己嫌悪。悪循環のループから抜け出せずにいる。責任は重くなる一方で、支える体力は減っていく。

冷蔵庫を開けたときの虚無感

やっとの思いで帰宅した深夜、空腹を抱えて冷蔵庫の扉を開ける。その瞬間、漂うのは「何もない」という絶望。何かを作る元気なんて残っていないのに、そもそも食材すらない。冷凍ごはんも尽き、納豆も賞味期限切れ。何も入っていない冷蔵庫を前に、ぽつんと立ち尽くす時間。空腹と孤独が、静かに心に染み込んでくる。

深夜0時、やっと帰宅したあと

午前中に外回り、午後に書類仕事、夜にメール対応。その流れを終えて家にたどり着くのは、だいたい23時過ぎ。少し横になると、そのまま寝落ちしそうになるけど、空腹がそれを許さない。しかたなく冷蔵庫を開けるけど、目に映るのは調味料とペットボトルの水だけ。仕事は山ほどあるのに、自分の生活はスカスカ。そんな矛盾に、深いため息しか出ない。

コンビニ行く元気もない

「買いに行けばいいじゃないか」と思うかもしれない。でも、もうその一歩が踏み出せない。車を出す気力もないし、徒歩5分のコンビニですら遠く感じる。「今夜はもういいや」とベッドに倒れ込む。そんな夜が増えていく。気づけば、まともに3食食べた日がいつだったか思い出せない。体調もすぐれないけど、病院に行く暇もない。そうやって、少しずつ“壊れていく”のを放置してしまう。

冷たいビールと期限切れの卵だけ

冷蔵庫の隅に転がっている卵。賞味期限が数日前に切れていて、加熱すれば…と一瞬悩むけど、火を使う元気もない。そして、無意識に缶ビールを取り出してプシュッと開ける。空腹は紛れない。でも、少しだけ気持ちが緩む。それでなんとか今日を終えようとする自分がいる。翌朝、空き缶だけが転がっているキッチンを見て、また小さく落ち込む。それでも、また同じ夜が繰り返される。

ちょっとした共感で救われることもある

孤独なようで、完全に独りというわけでもない。ふとした瞬間に、同業者と交わす「わかるわ〜それ」の一言に、救われることがある。同じように頑張って、同じように疲れて、同じように愚痴をこぼしている人がいる。それだけで、ほんの少しだけ前を向ける気がする。誰かに話すことで、心の中のぐちゃぐちゃが少し整うこともあるのだ。

同業者との雑談が唯一の癒し

月に一度の会合や、たまたま法務局で顔を合わせたときの立ち話。そこで交わす何気ない雑談が、実は大きな支えになっている。「最近どう？」から始まり、「いや〜うちも書類たまりすぎてさ」と笑い合える時間がありがたい。特別な相談じゃなくてもいい。共感してもらえるだけで、少し楽になれる。やっぱり、人とのつながりって大事なんだなと思う。

「うちもそうだよ」でホッとする

「うちも冷蔵庫空っぽだよ」「俺も電話恐怖症みたいになってる」。そんな言葉を聞くと、「ああ、俺だけじゃないんだ」と安心する。完璧にこなしているように見えるあの人も、実は裏ではヒーヒー言ってるんだと思えば、自分を責めすぎなくていい気がしてくる。弱音を吐ける場所がある。それだけで、明日もう少し頑張ってみようと思える。

愚痴の中にある小さな励まし

誰かの愚痴に頷きながら、自分の愚痴もこぼす。決して前向きな会話じゃないのに、不思議と元気が出ることがある。きっとそれは、「自分だけが苦しんでいるわけじゃない」と知ることが、心の支えになるからだと思う。励ましの言葉じゃなくても、共に嘆く仲間がいること。それが、司法書士としての孤独な日々に、灯りをともしてくれる。