人と関わるのがちょっと怖い司法書士の日常

人と関わるのがちょっと怖い司法書士の日常

朝、電話の音が鳴るだけで少し心がざわつく

朝一番に鳴る電話。まだ頭も身体も温まっていない時間帯に、あの音が鳴ると、どうしても身構えてしまう。たいていは業務連絡か、何かの確認事項。でも、どこかで「クレームかもしれない」とか「面倒な話になるかも」と、最悪の想定をしてしまう自分がいる。仕事なんだから対応しなきゃいけないのは分かっている。それでも、何となく心がザワつくのだ。あの短い呼び出し音に、いつからこんなに神経を使うようになったんだろうか。

人と話すことに疲れてしまう瞬間

司法書士の仕事は「書類と向き合う仕事」だと思われがちだが、実際には人とのやりとりが多い。依頼者との打ち合わせ、銀行や不動産屋との調整、役所とのやりとり……。一件ごとに背景が違い、相手も違う。それだけに、言葉選びには常に神経を使う。「うまく伝わったか」「怒らせていないか」「信頼されただろうか」と気にしながら、毎日誰かと話す。その積み重ねに、ふと「もう話したくない」と疲れてしまう瞬間がある。

無言の圧を感じてしまう自分が情けない

「……で、どうなるんですか?」と沈黙のあとに問われたとき。相手が何も言っていないのに、「責められている」と感じてしまうことがある。実際には冷静に状況を確認しているだけかもしれないのに、こちらは「何かミスがあったのか」「対応が遅いと思われてるのか」と勝手に自問自答してしまう。自分で自分にプレッシャーをかけてしまうのだ。そんなとき、自分の小ささが情けなくなる。もう少し、図太くなれたらいいのに。

「聞かれる前に話しておこう」と考えすぎてしまう癖

「これを言っておかないと、後で質問されるだろうな」「誤解されないように補足しておこう」。そう考えて、つい説明が長くなる。結局、話が複雑になって、相手の反応が鈍くなる。それでまた不安になる。こんな悪循環に陥ってしまう。昔はもっと簡潔に話せていたはずなのに、経験を重ねるごとに「地雷」を踏まないように慎重になりすぎてしまったのかもしれない。どこまで話すか、毎回そればかり考えている。

打ち合わせは仕事。でも、できれば避けたい

打ち合わせは大事な業務の一部。でも、正直なところ、できることならメールか書面で済ませたい。対面だと、相手の表情や口調に過敏に反応してしまう自分がいるからだ。「怒ってる?」「つまらなそう?」そんなふうに気になりはじめると、もう頭の中がぐるぐるして話に集中できない。仕事として淡々とこなしたいのに、心が勝手に疲れてしまうのだ。

「話すこと」は業務、「気を使うこと」は疲労

司法書士としての説明責任は当然だし、それが仕事だとも思っている。でも問題はその後。「あの人、急いでるかな」「今、何か気に障ったかな」などと、必要以上に考えてしまうところだ。実際にはそんなこと気にしなくていい場面も多いのに、無駄に神経を使ってしまう。人と話すこと自体は嫌いじゃない。でも、その場を終えたあとにどっと疲れがくる。それが日々積み重なると、打ち合わせ自体が憂うつになってしまう。

依頼人の何気ない一言に傷つく日もある

「あれ、意外と簡単なんですね」――そんな何気ない一言が、心に刺さる日がある。こちらは何日もかけて調整して、神経すり減らしてたどり着いた結果でも、相手にとっては「ただの書類」。そのギャップに、虚しくなる。でも、言い返せるわけもないし、言い返したくもない。感謝されたいわけじゃないけれど、「なんか違うな」と思いながらも笑顔をつくって、また次の案件に向き合う。そうやって、今日も日が暮れる。

笑顔をつくるのが面倒に感じる午後三時

午後三時。書類の山を前に、もうすでにエネルギーは半分以下。そんなときに突然の来客。名刺交換、世間話、要件の確認……。すべてに「笑顔」が必要になる。だが、その笑顔をつくるのがしんどい。顔は笑っていても、心は笑っていない。そんな状態が続くと、自分が何者なのかも分からなくなってくる。「笑顔がサービス」だと分かっているけれど、本音は「そっとしておいてほしい」のだ。

それでも、一人じゃこの仕事は回らない

人と関わることが怖い、疲れる。そう感じながらも、司法書士の仕事は一人では完結しない。電話を取ってくれる事務員、急ぎの資料を取りに走ってくれる銀行員、話を聞いてくれる不動産屋……。周りの人がいてくれて、初めて一日がなんとか形になる。孤独が好きだと強がっても、実際には一人じゃ立ち行かない。人との関わりに苦しみながらも、人に助けられて生きている。それが現実だ。

事務員さんの存在に救われている

唯一の事務員さんがいてくれるから、事務所がまわっているといっても過言ではない。私が言い淀んでしまうような電話も、彼女は手際よく処理してくれる。急ぎの案件に目を光らせて、段取りを整えてくれる。普段は多くを語らない彼女だけれど、その静かな気遣いに、私は何度も救われている。ありがたいと思っていても、それを言葉にするのが苦手な自分が情けない。

「ありがとう」が口に出せない日もある

感謝している。でも、それをうまく言葉にできない日がある。「今日もありがとう」の一言さえ、変に照れくさくて口にできない。もしかすると、それが不満に見えてしまっているかもしれないと、帰り道でひとり反省する。でも明日になるとまた言いそびれる。私は、仕事の説明は得意でも、感情の説明はまったくできない人間なのかもしれない。

距離感を保つのが上手な人が羨ましい

必要な時に近づいて、余計なことは言わない。そんな距離感を自然に保てる人が世の中にはいる。私はというと、近づきすぎて疲れ、離れすぎて気まずくなる。その繰り返しだ。だから、人付き合いが上手な人を見ると、つい羨ましくなる。でも、自分は不器用なままでも、誰かの役に立てることがあるなら、それでもいいのかもしれないと思いたい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。