また今日も玄関で深呼吸して出勤する──それでもやっぱり逃げられない日々

また今日も玄関で深呼吸して出勤する──それでもやっぱり逃げられない日々

朝の深呼吸は、逃げじゃなくて、踏み出す儀式

毎朝、玄関のドアノブを握るとき、なぜか一度、足が止まる。その瞬間、習慣のように深く息を吸い込む。ため息に近い、でもどこか祈るような深呼吸。「さあ行こう」と、自分を奮い立たせるための、ささやかな儀式。誰に見せるわけでもないけれど、これがないと外に出られない気がしている。これは逃げではない。前に進むための、自分との対話の時間なのだ。

ドアの前で立ちすくむ自分に気づく

以前は、もっと軽やかに出勤していた気がする。だけど最近は、玄関の前に立つたびに、心が重たくなる。「今日もまた、あの書類の山が待ってる」「電話、鳴らないといいな」。そんなことを考えては、扉の前で立ち尽くしてしまう。朝からこんな調子で一日が始まるのかと思うと、気が滅入る。でも、不思議と体は動く。動かないと終わらない。司法書士という仕事は、逃げることを許してくれない。

もう何年も続けてる“出勤の儀式”

玄関で深呼吸をするようになったのは、たぶん5年前。依頼人とのトラブルで、心がすり減っていた時期だった。「辞めたい」と思っても辞められないし、「頑張ろう」と思っても力が湧かない。そんなある日、ドアの前でふと深呼吸をしてみたら、少しだけ気持ちが落ち着いた。それからというもの、毎朝、無意識のうちに深呼吸をしている。ルーティンにしてしまえば、少しは楽になる。そんな自分なりの防衛本能なのだろう。

「大丈夫か?」と自分に問いかける習慣

誰かに「大丈夫?」と聞かれることは滅多にない。でも、自分自身にだけは問いかける。「今日、大丈夫か?」と。答えはたいてい「まあ、なんとか」だ。そう答える自分に、少し苦笑いする。でもそのやりとりがあるだけで、なんとか一日を始められる。司法書士という職業は、人のトラブルや不安に向き合う仕事だ。だからこそ、自分の心も整えておかないと、簡単に崩れてしまうのだと思う。

司法書士って、こんなにも感情を押し殺す仕事だったっけ

この仕事を始めたころは、もう少し感情を出せると思っていた。でも、いつからか感情は邪魔になった。冷静に、正確に、感情を交えずに処理することが求められる。だけど、それがどれほどしんどいか、誰も教えてはくれなかった。たまにふと、「俺、なんでこんなに無表情なんだろう」と鏡に映った自分を見て驚くことがある。そんな自分にさえ、慣れてしまったのがまた辛い。

黙って聞いて、黙って処理する日々

相談に来る人たちは、みんな何かを抱えている。相続、登記、借金、離婚。話を聞くとき、共感しすぎると仕事にならない。だから黙って聞く。相づちも最低限にして、冷静に話を整理する。それがプロの仕事なのだとわかっていても、心の中ではあれこれ考えてしまう。でも、その考えを口に出すことはない。ただ、黙って処理する。そういう日々を繰り返していると、心が鈍くなってくるのがわかる。

気を張り続けると、帰り道で一気にきつくなる

一日中、気を張って、表情を作って、言葉を選んで。その緊張が解けるのは、事務所を出たあとだ。玄関の鍵を閉めて、車に乗る。運転しながら、ふと涙が出そうになることがある。理由なんてわからない。ただ、「ああ、今日も終わった」と思った瞬間に、心が崩れるんだと思う。たった一人で仕事を抱える司法書士にとって、帰り道は一番危うい時間かもしれない。

「そんなに辛いなら、辞めればいい」って言われたら

たまに友人に弱音を吐くと、決まって返ってくるのが「じゃあ、辞めれば?」という一言。でも、この仕事って、簡単に手放せるものじゃない。資格を取るまでの時間、積み上げてきた信頼、依頼者との関係。それに、この年齢でまた一から何かを始める勇気があるかといえば、正直ない。だから結局、深呼吸してでもやり続けるしかないのだ。

でも、簡単に手放せるほど軽い道じゃなかった

司法書士になるまでの道のりは、決して平坦じゃなかった。勉強、試験、実務経験。何度も心が折れかけた。でも、それを乗り越えてきたからこそ、今ここに立っている。だからこそ、そう簡単に「やめる」という選択肢は取れない。好きかと聞かれれば答えに詰まるけど、嫌いじゃない。仕事がしんどいのは当たり前。そう自分に言い聞かせながら、今日も玄関で深呼吸をする。

それでも、明日のために深呼吸して出勤する

毎朝の深呼吸は、もはや習慣というより儀式だ。「よし、今日もやるか」と自分に言い聞かせる。疲れていても、モチベーションがなくても、とにかく一歩踏み出す。その繰り返しで、なんとかやってきた。司法書士としての毎日は、派手さはないけれど、地味にしんどくて、時々ふと立ち止まりたくなる。でも、明日もきっと、また玄関で深呼吸をしてから出勤する。そういう毎日が、人生なんだろう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。