知られざる司法書士の一日とは
司法書士と聞いて、皆さんはどんな仕事を思い浮かべるでしょうか?登記の専門家、法律関係の相談窓口……。そういった認識も間違ってはいませんが、実際の現場はもっと泥臭く、地味で、報われない作業の連続です。私自身、地方で小さな司法書士事務所を営み、たった一人の事務員と日々格闘しています。このコラムでは、そんな私の「誰も知らない司法書士の一日」を、愚痴も交えて赤裸々にお伝えしたいと思います。
朝一番のメールチェックから始まる地味な闘い
出勤してすぐに取り掛かるのがメールチェック。朝7時前には事務所に入って、黙々と画面に向かいます。受信箱に並ぶ大量のメールには、「至急」「重要」「お返事お待ちしています」の文字が踊り、読む前から胃が痛くなります。中には、同じ内容が3回も送られてきていたり、添付ファイルだけで本文が空白だったり、正直まともなやり取りにならないものも多いです。
「重要」と書かれたメールの9割は重要じゃない
不思議なことに、「重要」と件名に書かれたメールほど、中身が軽い。登記に関係のない雑談、営業メール、あるいはただの返信催促……。本当に重要な内容は、淡々と事務的な文面で送られてくることが多いのです。毎朝、そんな“重要じゃない重要メール”の山に囲まれて、気づけば30分以上が過ぎています。朝の一番大事な時間が、すでに「空回りの始まり」になっているのです。
結局、自分で全部読むしかない現実
事務員に「このメールは重要かどうか振り分けて」と頼んだこともあります。でも、細かいニュアンスや登記の背景が絡むと、最終的には私自身が確認するしかありません。AIの導入も検討しましたが、地方の予算と現場の現実は厳しい。だから今日も、目をこすりながらひたすら読む。司法書士の朝は、こうして誰にも知られずに静かに始まっているのです。
依頼人対応:電話が鳴るたび胃が痛い
メールの処理が終わった頃、次にやってくるのは電話の嵐です。特に月曜と金曜はひどい。鳴り止まない受話器に、こちらの手も心も追いつきません。「ちょっと聞きたいんですけど」というセリフに、心の中で「うわ、また来たな」とつぶやいてしまうのも日常です。
「ちょっと聞きたいんですけど」が一番厄介
この「ちょっと」が、案外くせ者で、相続がらみであれば30分以上の説明になることもしばしば。中には、まったく資料も準備せず、「とりあえず聞いてみたかっただけ」と言う人も。気軽に聞いてもらえるのはありがたいけれど、そのたびに予定していた登記作業や書類のチェックが後ろ倒しになっていきます。
その「ちょっと」が1時間コースのことも
実際、「ちょっと」の電話が引き金になり、その後に訪問の約束が入り、結果として1件の案件が丸一日かかることもあります。「電話だけで済ませたかった」という気持ちは分かるけれど、こっちは毎日がギリギリ。そういったすれ違いが、積もり積もって疲弊していくのです。
午後はお客様対応が本番
午後になると、事務所には依頼人が次々とやってきます。相続、贈与、会社設立、離婚後の登記手続きなど、内容は多岐にわたり、いずれも感情や事情が絡みます。黙って話を聞き、必要な手続きを丁寧に説明する——これが地味に体力を使います。
相続の話は時間がかかるし、精神力も削られる
相続の相談は特に長引きます。「この財産を誰が引き継ぐか」だけでなく、「あの時兄がこう言った」とか「母は私にこう伝えていた」といった感情のぶつかり合いが始まることも。司法書士は法律の専門家であってカウンセラーではないのですが、いつの間にか心のゴミ箱みたいな存在になっていたりします。
「うちの親族ちょっと複雑で…」は大体複雑すぎる
「複雑」と言われると構えてしまうのですが、実際は想像の斜め上をいくパターンも多く、たとえば認知症の親がいたり、相続人が海外にいたり、行方不明だったり。こちらはその都度、制度や書式を調べながら対応するのですが、そもそも感情の整理がついていないケースもあって、説明に苦労することがほとんどです。
夕方からの書類作業が一番つらい
午後の面談が一段落してからようやく、登記の書類作成や申請の準備に取り掛かります。気がつけば外は真っ暗。疲れた目と指先で、ミスの許されない作業をひたすら続けます。ここで間違えれば、明日以降のスケジュールが総崩れ。気を抜く暇はありません。
集中力ゼロの中での法務局提出書類の仕上げ
申請書、添付書類、委任状、登記事項証明書……。どれも細かいルールがあるうえ、提出の順番や書き方も重要。疲れていればいるほど、ミスも増える。でもこの時間帯に済ませないと、次の日に回したくても回せない。まるで追い込まれた期末前の大学生のような気分です。
一字のミスが命取りになるプレッシャー
たとえば「田中」を「田村」と間違えただけで、補正が入り、依頼人から不信感を持たれます。補正は信用を削る行為。だから何度も確認し、印鑑の押し忘れがないか、添付書類は揃っているか、目を皿のようにしてチェックします。それでも、ミスは起きる。人間だから。
退勤時間?そんなもの存在しない
「お疲れ様です」と声をかける相手もいないまま、今日も時計を見れば21時。もはや退勤という概念すらなくなってきました。仕事を終えても、明日の準備が頭をよぎる。司法書士に「今日の仕事はここまで」と線引きできる瞬間なんて、ほんの一部だけなのかもしれません。
「今日中にお願いします」の呪い
依頼人は、悪気なく言います。「今日中にできればありがたいです」——この一言が、司法書士の残業を決定づけます。今日中に終わらせなければというプレッシャーで、夕飯を食べる余裕もない。自分の生活より仕事が優先されてしまう現実に、何度も心が折れそうになります。
終電を逃すのがデフォルトの暮らし
地方とはいえ、最終バスや電車の時間は限られています。でも書類作業が終わらず、結果として交通手段がなくなり、タクシーや徒歩で帰る日も。自分が何のためにここまで働いているのか、ふと立ち止まってしまう。そんな夜が、月に何度か訪れます。
一日の終わりに思うこと
それでも、依頼人からの「ありがとう」の一言に救われる瞬間があります。ほんの一瞬だけ、報われた気がするのです。でも、その言葉が届かない日もある。誰にも見られないところで、今日も司法書士は仕事を終え、また明日に向かうのです。
誰かに「ありがとう」と言われるだけで報われる
たった一言でも、「助かりました」と言われれば、それだけで少しは疲れが軽くなります。だからこそ、私は仕事を辞めずに続けてこられたのかもしれません。司法書士って、そういう仕事なんです。結果だけじゃなく、「人」と「気持ち」に触れる仕事。
でもその「ありがとう」がなかなか来ない
しかし現実は厳しく、「ありがとう」よりも「遅い」「高い」「わかりにくい」といった不満の声が先に届くことの方が多いです。それでも私は、今日も明日も、書類と人の間を行き来しながら、一歩一歩を積み重ねていくのです。誰も知らない、司法書士の一日を。