電話が鳴るたびに心がざわつく
朝の事務所。まだ一杯目のコーヒーも飲み終わらないうちに、電話が鳴る。その一音が、まるで心を直撃するように響く。普通の人ならただの「仕事の電話」なのだろう。でも僕にとっては、また一つ荷物が増える音、あるいはクレームの始まり。電話が鳴るたびに、心がざわざわと波立ち、胃のあたりがぎゅっと縮まる。これはもう習慣だ。どんなに優しい口調の相手でも、話の中に潜む「困ったこと」が僕の責任としてのしかかってくる。
コール音に身体が反応する
たとえば、休日に家でくつろいでいるとき。事務所の電話じゃないのに、ふとテレビの中で鳴った着信音にビクッとする自分がいる。反射的に身体がこわばるのだ。もはや条件反射。心臓の鼓動が一瞬だけ早くなり、呼吸が浅くなる。仕事から離れているはずなのに、音が過去の記憶を呼び覚ましてくる。厳しい口調で理不尽をぶつけられた日、急なトラブルで昼ごはんが食べられなかった日、あの積み重ねが身体に染み付いてしまった。
「またトラブルか?」と考えてしまう癖
電話が鳴ると、まず思い浮かぶのが「また何かあったのか?」という最悪のケース。感謝の電話や、ちょっとした確認の電話も確かにある。だけど、心の準備が間に合わないほどの「面倒ごと」も同じくらい多い。少しでも言葉の端に苛立ちや不安を感じ取ってしまうと、勝手に脳内で最悪のシナリオを描いてしまう。その結果、声がうまく出なかったり、言葉が詰まったりする。まるで自分が悪いことをしているかのように。
気づけば身構えるのが日常に
こうして書いている今も、デスクの横にある電話機をちらちらと見てしまう。「また鳴るかもしれない」「鳴ったらどうしよう」。無意識に背筋を伸ばし、受話器に手を伸ばす準備をしている。もはや職業病かもしれない。電話が鳴る=自分が試される時間。そう思い込んでしまっている。もっと気楽に、と言われても、現実の積み重ねがそれを許してくれない。電話のたびに、少しずつ心がすり減っていく。
昔はもっと平気だったのに
今思えば、新人の頃はむしろ電話が楽しかった。仕事ができるようになった証のようで、誰よりも早く受話器を取るのが嬉しかった。話す相手が誰であれ、緊張しながらも新しい知識を得られる機会だと感じていた。クライアントの声に触れられることで、仕事の実感が湧いた。でも今はどうだろう。そんな純粋な気持ちはすっかり消えて、ただの義務と負担になってしまっている。あの頃の自分に今の僕の姿はどう映るのだろう。
新人時代はむしろ電話を取りたがっていた
当時は誰よりも早く電話を取って、「はい、○○司法書士事務所です!」と明るく応答していた。少しでも役に立ちたかったし、自分がこの世界で生きていくのだという自信を持ちたかった。だから、ミスをして怒られても、それすら学びだと思っていた。クレームを受けた日には、どうすれば次はうまくできるかを夜にノートにまとめたこともあった。あの頃はまだ、怖さよりも成長欲の方が勝っていた。
今は「知らない番号」がとにかく怖い
知らない番号からの着信には、まず出ない。番号検索アプリで調べてから、やっと覚悟を決めてかけ直す。事務所にかかってきた場合も、できるだけ事務員に出てもらうようにしてしまう。それがいいとは思っていない。けれど、過去に何度も「面倒な依頼」や「理不尽な苦情」が知らない番号から始まったという経験が、僕の中にしっかりと残ってしまっている。まるで自分を守るための本能のように。
電話の向こうにいるのは、依頼者か…それとも?
電話の向こうには、悩みを抱えた依頼者がいるかもしれない。でもそれと同じくらい、責任やストレスの火種が待っているかもしれない。そう思うと、受けるのが怖くなる。どんなに優しい声でも、その先には自分の時間や心の余裕が削られる案件が隠れている可能性がある。それでも受けなきゃいけない。それがこの仕事の現実だと分かっていても、心がついていかないときがある。
怒りの電話に慣れすぎてしまった
「なんでこんなに対応が遅いんですか」「前の司法書士の方が良かった」そんな言葉に慣れてしまった自分がいる。最初の頃はひとつひとつに傷ついていた。でも今はもう、聞き流す技術を覚えてしまった。けれど、心が傷つかなくなったわけじゃない。ただ鈍感になっただけだ。電話のあと、しばらく無言で天井を見上げて動けないこともある。怒りに満ちた声は、電話が切れても頭の中でリピートされ続ける。
冷静に受け答えできた日は自分を褒めたい
そんな中でも、丁寧に、落ち着いて、相手の不安を和らげられた日には、自分を小さく褒めてやる。「よく耐えた」「今日の自分はちょっとだけプロだった」と。誰にも評価されるわけじゃないけれど、こういう日があると少しだけ救われる気がする。電話応対は誰にでもできる仕事だと思われがちだけど、実際は相当な気力と神経を使う。だからこそ、うまくできた日は貴重だし、自信にもつながる。
でも、だいたいは落ち込んで終わる
とはいえ、そんな日はごくわずか。ほとんどの日は、自分の受け答えの不十分さや、案件のややこしさに落ち込んで終わる。電話を切ったあと、ぐったりと机に突っ伏すこともある。もっとスマートに対応できれば…という後悔が、頭の中でぐるぐると回る。そんなとき、ふと「なんでこの仕事選んだんだろうな」と考えてしまう。電話一本でこんなにも消耗するとは、若い頃の自分は想像していなかった。