なぜ反応できないのか──司法書士という職業の過密さ
名前を呼ばれても気づかない。まるで自分の耳が壊れてしまったかのように、声が空気に溶けていく。そんな経験、ありませんか?僕はしょっちゅうです。司法書士という仕事は、常にあれこれ頭の中で考え事をしている状態で、目の前の作業をこなしながらも別の案件の締め切りや電話の折り返しのことが気になってしまいます。そのせいで、隣にいる事務員に呼ばれても反応できないことがあるんです。「先生、聞いてます?」と顔を覗き込まれて、ようやくハッとする。自分でも情けなくなる瞬間です。
常に処理待ちの案件が脳内を占拠する
僕の頭の中は常にフル稼働しています。たとえば登記申請書類の確認をしている最中に、電話が鳴り、それを取ると新たな依頼が舞い込んでくる。机の上には今日中に対応すべき書類が山積みで、目の前の仕事に集中しようとすればするほど、次にやらなければいけないことが頭をよぎる。まるでパズルのピースを常に組み立てているような状態で、思考の隙間がないんです。そんな中で名前を呼ばれても、反応する余地がない。これが僕のリアルです。
書類の山と期限に追われる毎日
登記の世界には「この日までに提出しないと大変なことになる」という期限が山ほどあります。特に不動産や相続案件では、依頼者の都合や税金の絡みで期日がシビアなことが多い。そんな案件が複数同時に動いていると、1件1件を丁寧に処理したくても物理的に間に合わない。結局、優先順位で後回しになった案件が頭の片隅で「早くやれ」とプレッシャーをかけてくる。その圧に押されて、他のことが耳に入らなくなるんです。
電話対応中にも次のタスクが浮かぶ
クライアントと電話しているときでも、次の予定や別の案件の内容が頭に浮かびます。「あの申請、法務局に出したっけ?」「固定資産評価証明書、まだ届いてなかったな」──こんな思考がグルグル回るんです。電話口の相手の話を聞きながら、同時に次の一手を考える。マルチタスクというよりも、思考の分裂。それで事務員が話しかけてきても、「今は無理」と思ってしまう。けれどそれを口に出せない自分も、またつらいんです。
マルチタスクの限界を感じる瞬間
「忙しい」とは、心を亡くすと書く。まさにその通りだなと痛感する日々です。なんでも一人でこなそうとするスタイルが染みついている僕は、気づけば業務を抱え込みすぎて、心身ともに余裕がなくなっていました。そうなると、名前を呼ばれても、聞こえたはずなのに反応できない。まるで脳が「処理しきれないから無視する」と勝手に遮断しているような感覚に陥るんです。
名前を呼ばれても耳に届かない理由
本当に耳が聞こえないわけじゃない。むしろ聞こえてる。でも「今はそれに答えるだけの余裕がない」から、反応ができない。僕自身、何度もそういう場面を経験しました。「先生、どうしたんですか?」と事務員に心配されるけど、実は自分でもよくわかっていない。無意識のうちに脳が“処理の優先順位”を勝手に決めていて、音は入っていても意味として認識していないんです。
集中と疲労のはざまで
例えば、申請書のチェックをしているとき。集中しすぎて背後の気配にも気づかない。でも集中しているようでいて、実はどこかで「今日の夕方までにあの件を終わらせないと」という焦りがある。つまり“集中しながら焦っている”という、矛盾した状態なんです。疲れもあるし、プレッシャーもある。こんな状態で誰かに話しかけられても、瞬時に反応できるわけがないんです。
“ただの聞き漏れ”で済まされない職場の空気
事務所は小さい。僕と事務員の二人だけ。そんな環境だからこそ、会話の行き違いが仕事に大きな影響を及ぼすことがあります。事務員が話しかけてくれても、こちらが反応できなければ、無視されたように感じさせてしまうかもしれない。それが続けば、職場の空気はどんよりと重くなります。反応できなかった自分を責める気持ちと、申し訳なさが心をさらに消耗させていくのです。
事務員の戸惑いと申し訳なさ
僕の事務員はよく気がつく人です。それだけに、僕が反応しないと余計に心配をかけてしまう。「怒ってるのかな?」「タイミング悪かったかな?」と気を遣わせてしまう。そうなると、こちらもさらに申し訳ない気持ちになって、何も言えなくなる。小さな無反応が、人間関係の小さなひび割れになっていく──そんなことを何度も経験しました。
コミュニケーション不足の弊害
忙しさのあまり、会話が業務連絡だけになると、職場の空気がギスギスしてきます。特に小さな事務所では、ちょっとした笑い話や世間話が緊張をほぐす役割を果たしているのに、それが減ってしまうと、職場が無機質になっていくんです。僕も気づいたら、事務員との会話が「〇〇の書類、確認お願いします」だけになっていて、それ以外の言葉を交わさない日が続いてしまったことがあります。
心はあるのに余裕がない
決して事務員をないがしろにしているつもりはないし、むしろ感謝もしている。でもそれを表す言葉や態度が、忙しさに飲まれて出てこなくなる。だから余計に自分が嫌になるんです。「ありがとう」と言いたいのに言えない。「助かってるよ」と伝えたいのに、それすらも後回しになる。心はあるのに、余裕がない──これが僕の一番の課題です。
誰にも頼れないという孤独
この仕事をしていると、誰にも相談できない悩みが増えていきます。法的なことを扱う職業ゆえに、外にはなかなか話せない。同業の友人も少なく、相談できる相手もいない。僕は独身で、家に帰っても話し相手はいません。仕事で溜め込んだものを発散する場所もなく、結局また頭の中がパンパンになっていくんです。
ひとり親方の限界を感じる瞬間
「ひとりで何でもやろう」と思っていた頃が懐かしい。今は、誰かに任せることの大切さを痛感しています。でも、任せられる相手がいない。事務員に頼めることは限られているし、他の司法書士に仕事を振る余裕もない。結局、自分ですべて抱えるしかない。この状態が限界だとわかっていても、どうしていいかわからないまま、毎日が過ぎていきます。
「ちょっとお願い」が言えない事情
頼む側も気を遣うんです。事務員に「これやっておいて」と言った後、「今、忙しかったかな?」と不安になる。結局、だったら自分でやった方が早い、と抱え込む。それが積もって、疲れがピークに達しても、「誰か助けて」とは言えない。これは、自営業者の性(さが)なのかもしれません。
気づいたら“反応しない自分”に嫌気がさしていた
「なんでこんなに無感情になってしまったんだろう」とふと考えることがあります。名前を呼ばれても返事ができない。相手に関心がないわけじゃない。むしろ心の中では「返事しなきゃ」と思ってる。でも声が出ない。疲れてるんだとわかっていても、それを口にするのも気が引ける。どこまでが甘えで、どこまでが限界なのか、自分でもよくわからないままです。