午後2時、突然の“今日中に登記して”──僕ら司法書士に昼休みはない

午後2時、突然の“今日中に登記して”──僕ら司法書士に昼休みはない

ある午後2時、電話のベルが絶望を告げた

ちょうど昼食を広げた瞬間だった。今日は珍しく温かいご飯を用意してきて、コンビニではなく手作りの弁当。ちょっとした贅沢だった。だが、その瞬間、電話が鳴った。嫌な予感がして画面を見ると、ある不動産会社の担当者。嫌な予感は的中し、「この登記、今日中にお願いできませんか?」と軽い調子で言われた。午後2時に“今日中”とは、どういう了見なのか。こっちは魔法使いじゃないんだ。だけど断れないのが司法書士の性。電話を切ってから、弁当の蓋を閉じた。今日の昼食は、またも夜食行きである。

「急ぎで…今日中に…」という魔法の呪文

この業界には、やたらと「急ぎで」「今日中に」「至急でお願いします」という魔法の言葉がある。依頼する側にとっては軽いお願いでも、受けるこちら側からすれば、スケジュールも心の余裕も一気に崩壊する。しかも、たいてい書類は不備だらけで、こっちが調整する羽目になる。それを察していないのか、見て見ぬふりなのか。毎回「なんとかしてくれそうだから」と思われているのが、皮肉にもこちらの責任感の強さの裏返しである。断った方がいい、でも「いい顔をしてしまう」──そんな自分が腹立たしくもあり、情けなくもある。

冷蔵庫に入れた弁当は、今日も夜食

手をつけられなかった弁当が入った保冷バッグが、足元で冷えていく。最初の頃は「仕事が終わったらゆっくり食べよう」と思っていたが、今では食べる気力も残らない夜が多い。自分の生活リズムを無視してまで対応する意味があるのかと、何度も自問する。それでも、誰かの手続きを滞らせたくないという思いが先に来てしまう。そんな「良い人」をやっていて、報われたことがあっただろうか。

どうせ誰も感謝なんてしない

「ありがとうございます」とは言われる。でもその言葉が形になることは、まずない。登記が無事完了しても、それは“当たり前”とされる世界。ミスがあれば大問題、成功しても無風。気づけば、自分のやっていることの意味を見失いそうになる。サービス精神だけで走ってきたけれど、そろそろガス欠かもしれない。

なんでこのタイミングで頼むのか問題

午後2時に「今日中」って、そもそもどういう時間感覚なんだろうか。自分なら絶対そんな依頼の仕方はしないと思うが、依頼者には依頼者の都合があるのだろう。問題は、こちらの事情を一切考慮せずに“当然のように”お願いされることにある。余裕がないのはお互い様かもしれないけれど、こちらは法的責任も背負っている。軽いノリで言われれば言われるほど、重圧だけが積み重なっていく。

「午前中に言ってくれれば…」の呟きは届かない

心の中で何度つぶやいてきたことだろう。「午前中なら何とかなったのに」。けれどそれを口に出したところで、もうどうにもならない。毎回同じパターンに陥り、そのたびに後悔する。きっと先方もギリギリまで悩んでの連絡だったのだろう。でも、なぜその尻拭いをこちらが背負うのか。そろそろ“NO”と言える司法書士になりたい──いや、なるべきなのかもしれない。

優先順位がいつも他人次第の世界

こちらのスケジュール帳は、実は他人の気まぐれで埋まっている。事前に予定していた業務も、「急ぎ」に飲み込まれて後回しになることは日常茶飯事。効率よく動こうと試みても、イレギュラーの連続で計画は台無しになる。こうして、こっちの時間はどんどん消耗していく。

“登記屋”じゃない、と思いたい

「司法書士って、結局登記する人なんでしょ?」という認識が、いまだに根強い。もちろん登記は大事だ。でも、こっちはプロとしてやっている以上、法的チェックも、手続きの精査もしている。ただの“書類屋”じゃない。けれど、依頼者の「お願いベース」の言葉には、その価値が見えていないように思えることがある。

事務員さんの静かな苦笑い

そんなとき、ふと横を見ると、事務員さんが小さく苦笑いしていた。「またですか」と言いたげな顔。口には出さないけれど、彼女も疲れているのだろう。たった二人で回している事務所、どちらが倒れても終わりだ。少しでも負担を減らしてあげたいと思いつつ、何もしてやれない自分が、また情けない。

「これ、無理じゃないですか?」に救われる瞬間

そんな彼女がポツリと「これ、無理じゃないですか?」とつぶやくことがある。実はそれが、どれだけ救いになっているか分からない。誰かが「無理」と言ってくれることで、ようやく「無理と言ってもいいんだ」と思えるから。自分ひとりだと、つい何でも抱えてしまう。苦笑いの裏にある共感、それだけで一日がんばれることもある。

孤独な戦いに、かすかな連帯

司法書士の仕事は、孤独だ。最後にハンコを押すのは、いつも自分。責任も、評価も、失敗も、全部自分に降りかかる。だけど、隣で静かに支えてくれる人がいるだけで、その孤独が少しやわらぐ。チームと呼ぶには小さすぎるかもしれない。でも、その小さな連帯が、この仕事を続ける理由の一つになっている。

でも結局、やるのは自分

共感も、支えもありがたい。でも、やるべき仕事は減らないし、処理をするのは最終的に自分。書類の山を前に、一つひとつをミスなく片付ける日々。感情を込める余裕もなく、ただ手を動かし続ける。まるで機械のような気分になることもある。それでも、止まったら終わる──そんな感覚で、今日も自分を動かしている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。