誕生日なのに届いたのは申請書だけだった日――司法書士、45歳、独身。書類と過ごす記念日の話

誕生日なのに届いたのは申請書だけだった日――司法書士、45歳、独身。書類と過ごす記念日の話

誰にも気づかれず始まった誕生日の朝

45歳になった朝。特に感慨もなく、ただ目覚まし時計が鳴って起きただけだった。スマホの通知はゼロ。LINEもメールも、何も届いていない。かろうじてGoogleカレンダーに「誕生日」とだけ入力されていたのを見て、ああそうかと思い出す始末だ。昔は職場の誰かが気づいてくれたりもしたが、今は事務員が一人いるだけで、その人もそもそも僕の誕生日なんて知らない。なんとなく自分の存在が希薄になっていく感じが、静かに胸の奥に広がっていった。

「今日は何の日だっけ?」と自分に問いかける

朝起きた瞬間、何か特別な気がした。でもすぐに「いや、何もないか」と打ち消した。年齢を重ねるほど、誕生日はただの通過点になっていく。とはいえ、ふとした拍子に「今日は誕生日だった」と思い出した時、自分で自分を祝うような気恥ずかしさがこみ上げてくる。それでも、誰かが一言「おめでとう」と言ってくれたら、それだけで少し救われたのかもしれない。

通知もLINEも鳴らないスマホ

スマホの画面を確認してみても、バッテリーの表示と天気予報だけ。LINEは未読ゼロ、通知バッジもない。通知が多すぎてうんざりしていた時期が懐かしい。今は誰にも呼ばれず、誰にも頼られず、ただただ時間だけが過ぎていく。これが独身中年男性の「普通の朝」なのだろうか。

カレンダーにだけ書かれた「自分の誕生日」

デジタルカレンダーの小さな表示だけが、自分の誕生日を覚えていてくれた。物理的な手帳なら、せめて少し色をつけたりしていたかもしれない。でも今は、グレーのフォントで表示されるだけの“自分の記念日”。その淡白さが、逆にじんわりと孤独を染み込ませてくる。

机の上にあったのは、法務局からの申請書類だった

事務所に出勤して最初に見たのは、昨日ポストに届いていた分厚い封筒だった。差出人は法務局。「ああ、あの件か」と内容を思い出しながら封を開ける。誕生日なのに、目の前にあるのはローソクでもケーキでもなく、登記の訂正依頼と必要書類の一式だった。笑えるくらい、祝福とは無縁の朝だった。

ロウソクじゃなく、朱肉と登記済証

封筒から取り出した登記済証と朱肉のにおいが、僕の「お誕生日セット」だった。事務所の机の上に並んだのは、祝いの品ではなく、訂正後の登記識別情報通知の確認書と、その添付書類。45年も生きてきたのに、これが誕生日の光景だという現実に、なんだか泣けてきた。笑ってしまったが、笑ってしまうほどに寂しかった。

提出期限と自分の誕生日が同じ日という偶然

提出期限が“今日”だった。まさかの誕生日と同日。偶然なんだろうけど、「この日に間に合わなければ登記が遅れる」というプレッシャーと、「今日は何も予定がない」という寂しさが奇妙に交差する。手続き優先で動く自分に少しだけ誇らしさを感じながら、なんとも言えない虚無感も漂う。

「おめでとう」より「訂正印お願いします」

電話が鳴ったと思ったら、依頼者から「訂正印の場所、ここでいいですか?」という問い合わせだった。ああ、そうだった。僕は祝われる側じゃなくて、確認される側なんだ。誕生日に届くメッセージが「おめでとう」ではなく「どこに押せば?」なのは、司法書士という職業の宿命なのかもしれない。

ふと届いた一通のメッセージがくれた救い

午後も変わらず淡々と業務をこなしていたとき、スマホにひとつ通知が来た。高校時代の同級生から「元気にしてる?」という短いLINE。誕生日を覚えてくれていたのか、ただの偶然かはわからない。でも、たったそれだけで胸がふっと軽くなった。人とのつながりが、どれほど心を救ってくれるかを実感した瞬間だった。

同業者からの「元気ですか?」の一言

たまたまSNSで繋がっている司法書士仲間が、何気なく「最近どう?」とメッセージをくれた。誕生日のことには触れていなかったが、その一言が不思議と嬉しかった。登記の話でも、業務の悩みでもないただの雑談が、こんなにも気持ちを楽にしてくれるとは。言葉の重みは、形式じゃないと実感する。

相談じゃなく、ただの雑談が心を軽くする

「最近忙しいですか?」とか、「コロナ禍明けてから依頼増えてるよね」とか、他愛ない会話。その中にある“あなたを気にかけてますよ”という気配りに、救われた。孤独を癒すのは、大きな祝福の言葉じゃなく、何気ない日常の一部かもしれない。孤独慣れしていたつもりの僕の心に、柔らかく染み込んだ。

「自分だけじゃない」と思えるだけで救われる

どんなに孤独でも、「一人じゃない」と思えれば、人は立ち直れる。誕生日に誰も祝ってくれなくても、「自分だけじゃない」と思えたことで、妙に安心した。同じような孤独を抱えながら、それでも現場で頑張っている同業者がいる。その存在が、今日の僕にとって何よりの贈り物だった。

そして、来年の誕生日こそは

来年の誕生日は、少し違う過ごし方をしたい。誰かと会う予定を入れてもいいし、自分で自分をねぎらう日を決めてもいい。祝われることに期待するのではなく、自分自身が「今日だけは特別な一日にしよう」と思えれば、それだけで十分だ。司法書士だって、年に一度くらいは主役でいてもいいじゃないか。

誰かに「おめでとう」と言ってもらえるように

それには、まず自分から「誰かに関心を持つ」ことかもしれない。他人に声をかけ、優しさを向けることができれば、きっといつかその優しさは返ってくる。司法書士という仕事は、人と人を繋げる仕事でもある。その原点を思い出しながら、来年は少しだけ前向きに過ごしてみたい。

書類以外の予定も入れてみようか

スケジュール帳に「申請書提出」や「登記確認」ばかり書き込んでいたこの一年。来年はそこに「映画を見る」とか「久しぶりにあの人に連絡する」とか、書類以外の予定も加えてみようと思う。自分の人生は、書類だけで埋め尽くされるべきではない。たとえ独りでも、日々の中に色を加えることはできるはずだ。

独身司法書士の、ささやかな決意

大きな目標はいらない。たったひとつ、「今日も悪くなかった」と思える日を積み重ねていければいい。誕生日に申請書だけが届いた今年も、たしかに生きていた証だ。孤独でも、寂しくても、ちゃんと立って働いていた。それを認めてやれるのは、自分しかいない。だから、もう少しだけ頑張ってみよう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。