「ちょっとだけお願い」が積もる日常
「これ、ついでに見ておいてくれます?」——この一言が、じわじわとこちらの生活を侵食してくる。独立開業して十数年、気づけば“無料で何でも屋”のようになっていた。最初は気軽な善意だったのかもしれない。でも今では、その「ちょっと」が積もりに積もって心の重荷だ。事務員ひとりと回す地方の小さな司法書士事務所。サービス精神を持ちすぎると、笑えない方向に転がっていく。
無料相談の延長戦が始まってしまう瞬間
最初の相談は無料で30分、そんなふうに設定している。けれども、時間が来ても「もうちょっとだけ」と腰を上げない相談者。こちらも「時間です」とは言いづらく、気づけば1時間経過している。終わった後も、LINEで「あとこれだけ」と続く。“親切な司法書士”を演じた自分のせいなのはわかってる。でもそれが当たり前になると、ただの“便利な人”になる。
その雑談、メモを取る私の気持ちも汲んでほしい
世間話の中に、大事なヒントが潜んでいることもある。だから無下にはできない。けれど「○○って言いましたよね?」と、後日こちらが確認を求められると凍りつく。「あのときは雑談の延長だったじゃないか」…そんな言い訳は通用しない。結局こちらがメモし、記録し、責任を負う。「気軽なお願い」が「重大な業務」に化ける日常だ。
お客様の善意がプレッシャーになる不思議
「頼れる人がいないから…」「あなたがいてくれてよかった」——そんな言葉をもらうたび、心が痛む。応えたい気持ちはある。でも、心と体には限界がある。相手の善意が重くのしかかり、それを断れない自分もまた苦しい。気づけば、誰のための事務所なのか見失いそうになる瞬間がある。
善意と業務の境界線が曖昧すぎる
「これは請求できますか?」という相談に、「まあ今回はいいですよ」と笑って応じた数年前の自分を殴りたい。そこから始まる“線引きの失敗”は、後に大きな波紋を広げる。善意が習慣になれば、業務の価値は下がる。そして境界線を曖昧にするのは、他ならぬ自分自身なのだ。
書類チェックはサービス?それとも仕事?
「契約書、ちょっとだけ見てくれない?」と知人に頼まれたことがある。内容は複雑で、労務・税務・登記のすべてに関わるようなもので、軽く2時間はかかった。感謝の言葉はあっても、報酬の話は一切なし。そのとき、「これ、完全に仕事だよな」と心の中で何度もつぶやいた。
「これくらいやってくれると思ってた」の罠
おそらく、相手に悪気はない。「プロなんだから簡単にできるでしょ」という空気がある。でもそれをそのまま受け続けると、「あれもこれもサービスで当然」という流れになる。苦労や責任が伴うことを“気軽に”頼まれる日々。それはじわじわと、こちらのエネルギーを奪っていく。
親切と専門職の価値のすれ違い
医者に無料で診察を頼む人はいない。でも、司法書士には「ちょっとだけ見て」と言いやすいのだろうか。専門職としての敬意や報酬意識の低さは、私たちの業界全体の課題かもしれない。だからこそ、「ここまでがサービスです」と自ら線を引くことが、むしろ誠実な態度なのだと思いたい。
私の時間は誰のものか
いつの間にか、自分の時間が“他人の便利”に支配されていることがある。休日も携帯が鳴る。夜中にLINEが来る。「ちょっとだけ」という一言で、こっちの気持ちはざわつく。時間は命と直結しているのに、それを誰かに切り売りしているような感覚になる。
昼休みに鳴る電話に出てしまう癖
「もしもし…」と出た瞬間に、「あー、出てくれてよかった!」という明るい声。食べかけの弁当を横に置き、急いでメモ帳を広げる。そんな光景が日常化している。誰にも頼れないのはわかるけれど、せめて“今は昼休みです”と書いてある張り紙くらいは見てほしい。
「今ちょっとだけ」はちょっとじゃ終わらない
「3分で済むから」と言われて受けた相談が、気づけば30分コース。こちらが断らないのを見透かしているのか、どんどん追加されていく話題。結局、予定していた他の仕事がずれ込み、事務員にも迷惑がかかる。なのに、こちらは「いいですよ」と笑ってしまう。
一人事務所あるある:「今日だけ手伝って」が常態化
「急ぎだから」「今日だけでいいから」と頼まれる手伝い。つい受けてしまうと、それが“標準”になっていく。「頼れる司法書士」という評価の裏には、無理を続けた自分がいる。そうやって、自分の首を自分で絞めているのだ。
どこかで線を引かないと壊れてしまう
結局、自分の体と心を守れるのは自分だけ。サービス精神が悪いわけじゃない。でも、それが無償で無限に続くとなると、ただの“自己犠牲”だ。線を引くのは冷たさじゃない。自分を守るための境界なのだ。
「これは仕事です」と言える勇気を持つには
最初はぎこちなくてもいい。「それは正式なご依頼でお願いできますか?」と一言添えるだけでも違う。それを言うたびに自分の中で葛藤がある。でも、それが“プロ”としての第一歩だと信じている。自分の価値を自分で下げてはいけない。
明文化するルールの大切さ
事務所のHPや初回対応時に、「無料相談の範囲は30分まで」「書類チェックは有料」と明記するだけで、トラブルは減る。言葉で伝えるのが苦手なら、紙やメールでルールを残す。それだけでも、ぐっと心が軽くなる。
頼られるのと都合よく使われるのは違う
頼られるのは光栄なこと。でも、それが“便利屋”扱いになってしまったら本末転倒だ。親切であることと、利用されることの違いを、もう一度見直したい。自分を守ることは、依頼者を守ることにもつながるのだから。