ニュースを見るたび、司法書士としての将来が怖くなる

ニュースを見るたび、司法書士としての将来が怖くなる

ニュースが流れるたびに深まる不安

朝、コーヒーを片手にテレビをつけた瞬間、流れてくるのは暗いニュースばかり。経済の悪化、少子高齢化、年金制度の不安、そして士業の未来に関する不確かな話。そんな情報に毎日さらされていると、「この仕事、10年後も成り立っているんだろうか」とふと考えてしまう。特に地方でひとり事務所を構えていると、守ってくれる組織もなければ、愚痴をこぼす仲間もいない。ただただ、情報と孤独に押し潰されそうになる。

「この国、大丈夫か?」が口癖になる

いつの間にか、ニュースを見るたびに「この国、大丈夫か?」とつぶやくようになった。選挙も政治家も期待できず、景気回復の兆しも感じられない。自分が若い頃に思い描いていた「大人の世界」と、今見ている現実はまるで違う。司法書士という資格を取ったはいいが、その価値さえも揺らいでいるような気がする。こんなにも不安定な世の中で、地に足をつけて生きるにはどうしたらいいのか、答えは簡単に見つからない。

独立したものの、守ってくれるものがない

会社勤めのように福利厚生があるわけでもないし、上司に守られることもない。独立した瞬間から、すべての責任は自分にのしかかる。最初は自由を手に入れた気がしていたけど、今はその自由が時に重荷に感じる。誰にも相談できないというのは、こんなにも心細いものなのかと、独立して10年以上経った今も思う。

司法書士としての未来に希望を持てない理由

どんなに頑張っても、「将来安泰」とは言い切れない。むしろ、今のままで良いのか?という疑問が年々強くなっていく。時代の変化に取り残される不安、業界全体の沈滞感、そして報酬の下落。士業はもう“堅い仕事”ではなくなったのではないか、と本気で感じる。

若手が減って、ベテランも疲れている

研修会や会合に行っても、顔ぶれは年々年齢層が上がっている。若い人が入ってこない。理由は明白で、稼げない、報われない、未来が見えないからだ。ベテランの先生たちも「昔はもっとよかった」と口を揃える。でもその“昔”を知らない自分たちは、今をなんとか生き抜くしかないのだ。

報酬単価の下落と割に合わない実務

登記の報酬が下がり続けている。ネットで価格競争が激化し、「とにかく安くやってくれ」と言われることもしばしば。時間も労力もかかるのに、利益は薄い。丁寧な仕事が評価されるより、安さとスピードばかりが求められる時代になった。

士業全体の“空気の重さ”

税理士も行政書士も、皆どこか疲れて見える。たまに顔を合わせる同業者との会話も、明るい話題は少ない。「お互い生き残っていくしかないですね」と苦笑いで終わる会話に、どこか安心しつつも、やっぱり寂しい。士業に夢を抱いていた自分は、どこへ行ったのか。

AIに仕事を奪われる?というモヤモヤ

AIによる自動化、法務手続きのオンライン化。便利になる一方で、今まで自分たちが担っていた領域が確実に減っている。手続きの知識だけでは食えない時代が来ている。自分にしかできない仕事って、なんだろう。そう考えると、夜中に眠れなくなることもある。

地方でひとり、司法書士を続ける日々

都会と違い、地方では業務の幅も広く、人との距離も近い。その分、気を遣うことも多い。事務所の看板を背負って、毎日をこなす。それだけで精一杯。時々ふと、「誰かと支え合って仕事がしたい」と思うことがある。

誰にも相談できない「経営の不安」

売上が思うように伸びない月もある。経費はかさむし、事務員の給料も確保しなければいけない。そんな時、ふと「このまま続けていけるのか?」と頭をよぎる。誰に聞いても答えは出ない。経営者としての孤独が、じわじわと染み込んでくる。

事務員には言えない本音

「先生、大変そうですね」と気遣ってくれる事務員の存在が、ありがたくもあり、時に重く感じることもある。こちらが弱音を吐けない立場だからこそ、笑ってやり過ごすけど、本音は「もう限界かもな」と思う日だってある。

「大丈夫です」と笑ってるけど

「なんとかやってますよ」と口では言ってるが、心の中では常に綱渡り。疲れても休めず、体調を崩しても無理をする。そんな自分を見て、時々「この働き方、間違ってるのかも」と感じるが、止まるわけにはいかない。

本当は、一人になりたくない

孤独には慣れたつもりでいた。でもふとした瞬間、誰かと温かい食事を囲みたくなったり、仕事の悩みを「わかるよ」と聞いてくれる相手が欲しくなる。結局、人はひとりでは生きていけないのだと思う。

仕事はあるけど、心はどんどん疲れていく

ありがたいことに、仕事が途切れることはない。でも、それが素直に嬉しいとは思えなくなっている自分がいる。やればやるほど疲弊していく。このままでいいのか?と自問自答を繰り返している。

相談を受ける側の“聞いてほしい”気持ち

いつも人の悩みや問題に耳を傾けているが、自分の話を誰かに聞いてもらうことはない。ふと「俺だって、誰かに聞いてほしい」と思う時がある。けれど、その相手がいないのが現実だ。

頑張ってるのに、なんで報われないんだろう

早朝から夜遅くまで、真面目に仕事をしている。でも、特別に報われた気はしない。誰かに褒められることもないし、何かを手に入れた実感もない。頑張るだけじゃダメなんだろうか、そんな疑問が胸をよぎる。

じゃあ、どうする? 何ができる?

結局、世の中も仕事も、自分の思い通りにはならない。それでも何かを変えるとしたら、自分の心の持ち方しかないのかもしれない。少しでも心が軽くなるように、意識してできることから始めてみよう。

ニュースを見ない、という選択肢

一日に何度も見るニュースが、不安を増幅させていると気づいてから、思い切ってテレビを消すようにした。すると、少しずつ気持ちが穏やかになった。必要な情報だけを、自分のタイミングで受け取るようにすると、心のざわつきが減っていく。

小さなことで満たす自分の心

大きな変化は望めなくても、小さな癒しなら日常にいくらでもある。おいしいコーヒー、短い散歩、きれいな空。そんな些細なことに目を向けるだけで、不思議と元気が湧いてくる。

温かいお茶、散歩、そして誰かの声

冬の朝、湯気の立つ湯呑みを両手で包む。そんな瞬間に心が落ち着く。仕事帰りに歩いた川沿いの道や、偶然立ち寄ったコンビニで交わした一言。それだけで、なんだか救われた気がした。

「頑張ってるね」と言われた日を思い出す

数年前、あるお客さんに「先生、いつもありがとうございます。本当に助かってます」と言われた。その言葉を、今でも時々思い出す。誰かの役に立てた実感が、何よりの支えになっている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。