報酬の話をするたびに心がざわつく理由
「報酬のご説明をさせていただきます」と切り出すたび、心の中で小さく溜め息が出る。司法書士という職業は、決して安くない責任を負っているにもかかわらず、その対価について話すと、まるで金にがめつい人間に見られるような気がしてしまう。実際、事務所に来る相談者から「高いですね…」とボソッと言われたことが何度あるか数えきれない。私が悪いわけじゃない、そう思いたいのに、胸のどこかで罪悪感が残る。説明しても伝わらない虚しさが、今日も心にのしかかる。
「高い」と言われることへの恐怖
報酬を伝える瞬間は、まるで評価を下される面接のようだ。どんなに丁寧に説明しても、「そんなにかかるんですか？」のひと言に、こちらの心が折れる。ある日、ある相続登記の相談で、丁寧に手間とリスクを説明したつもりだった。それでも「そんな紙一枚で？」と返されたとき、私はその場で反論できなかった。依頼人にとっては「紙一枚」でも、こちらにはその裏で膨大な確認作業と責任がある。でも、それが見えないからこそ、報酬の説明はいつも難しいのだ。
価値を伝えるって、こんなに難しかった？
たとえばラーメン屋なら、出された一杯を食べて「うまい！」と感じてもらえれば対価は納得される。でも司法書士の仕事は目に見えない。戸籍を読み込み、不動産の状況を調査し、法務局と調整する。なのに、依頼人の目には報告書と申請書が「紙の束」にしか映らない。だから価値が伝わらない。その結果、報酬の説明には常に「なんでこんなに？」という疑念が付きまとう。価値が目に見えない仕事に対して、正当な報酬を提示することの難しさを日々痛感している。
数字の先にある感情の壁
「報酬は○万円です」と伝えるとき、私は相手の顔色をうかがってしまう。「怒られないだろうか」「引かれないだろうか」そんな不安が先に立つ。数字は単なる金額ではなく、依頼人の心を揺らす“感情の起爆剤”にもなる。とくに相続や借金整理など、依頼人が感情的に不安定な時期には、金額のインパクトが強すぎる。こちらは冷静に計算した“妥当な対価”を示しているつもりでも、それが“搾取”に見えてしまうこともある。この感情の壁が、報酬説明をより一層難しくしているのだ。
業務内容と金額の“ギャップ”が生む不信感
「これだけでこの金額？」──この言葉を聞くと、私はいつも無力感に襲われる。見えている部分と、実際に行っている作業とのギャップが大きすぎるのだ。とくに郵送で完結する手続きなどは、依頼人から見ると「書類を送っただけ」にしか見えない。でも、その書類を作るためにどれだけの確認作業やリスク管理があるか、説明しても伝わらない。だからこそ、いつもどこか釈明するような気持ちで、報酬の話をしている。
「たったこれだけでこの値段？」の呪い
司法書士の仕事は「簡単そう」に見える瞬間がある。登録免許税の計算、登記事項の確認、印鑑証明書の準備…これらすべてを事務所内で処理してしまうから、依頼人からはあまり手間がかかっているように映らない。「もっと簡単にできるんじゃないの？」と言われたこともある。でも、簡単に見せるために、どれだけの経験と注意力を費やしているかは見えていない。こうして「たったこれだけでこの値段？」という呪いは、日々私の心を蝕んでいく。
説明しても伝わらない「見えない仕事」
あるとき、「先生って、普段なにしてるんですか？」と聞かれたことがある。悪気のない質問だったのだろうけど、私は軽くショックを受けた。登記申請書が正確であることの重み、法務局とやり取りする際の緊張感、法改正に追いつくための勉強…どれも見えないけれど欠かせない仕事だ。でも、それは説明してもなかなか伝わらない。見えないものには、価値が宿りにくい。司法書士の報酬は、その“見えない仕事”の塊なのに、それがmissing valueとして受け取られてしまうのが悲しい。
説明すればするほど混乱する報酬体系
報酬について丁寧に説明すればするほど、逆に依頼人の顔が曇ることがある。「基本報酬に実費が加算されます」「登録免許税は固定資産評価証明書に基づいて計算され…」といった説明が、むしろ複雑すぎて混乱を招いてしまうのだ。私自身も、報酬の構造を説明するたびに「もう少し簡潔に言えたら」と自問する。でも簡潔にすると、今度は「それだけ？」と誤解される。堂々巡りの中、私は今日も説明の難しさと戦っている。
専門用語が逆に混乱を招く
「実費」「登記識別情報」「事前通知制度」…司法書士の業務には専門用語がつきものだが、これが依頼人との意思疎通の妨げになっていることも少なくない。説明しようとして使った用語が、かえって「なんか難しいからいいや」と思わせてしまう。一度、「わかりやすく説明してほしい」と言われて、平易な言葉に直したら「それって何の意味があるの？」と別の角度から質問攻めにあったこともある。わかりやすく話す努力が、かえって混乱の火種になることもあるのがつらい。
「印紙代込みですか？」に詰まる日々
よく聞かれる質問のひとつが「その金額は、印紙代も込みですか？」だ。これに対して「印紙代は別です」と答えると、たいてい「えっ…」という反応が返ってくる。印紙代、郵送費、謄本代、それらの実費をどう説明し、どう納得してもらうかは、毎回の課題だ。説明を端折れば「不親切」と思われ、丁寧すぎると「ややこしい」と思われる。司法書士という仕事は、こんな細部の説明にまで気を遣わなければならないのだ。
missing valueとしての「説明不足」
どれだけ言葉を尽くしても、伝わらないことがある。その理由の一つが、相手との“前提の違い”だ。こちらは当然知っているルールや制度も、依頼人にとっては未知のもの。だからこそ、説明が不足しているように見えてしまう。そして、その“説明不足”というレッテルが報酬の価値をさらに曖昧にする。missing value──抜け落ちた理解や共通認識が、報酬説明の本質的な困難さなのかもしれない。
司法書士報酬は“定価”じゃない不安定さ
コンビニのおにぎりのように、「いくら」と決まっていれば説明も楽だ。でも司法書士の報酬は、案件によって変動する。不動産の件数、相続人の数、登記の種類…一つひとつが条件付きで、しかも予想外の事態が起きることもある。その都度、見積もりを出して説明して、了承をもらう。これは想像以上に神経を使う作業だ。金額の正当性を毎回説明しなければいけない仕事って、冷静に考えてもしんどい。
地域差と事務所の事情、それをどう伝える？
都市部と地方では、報酬の相場がまるで違う。でもネットで一度「司法書士 報酬 安い」と検索されてしまえば、地方の小さな事務所は価格競争の波に飲まれる。こちらにはこちらの事情がある。人を雇えば給料が要るし、家賃も払わねばならない。それをどう依頼人に説明すれば納得してもらえるのか。生活がかかっている中で、「じゃあ他を当たります」と言われたときの虚しさは、誰にも語れない。
「他の事務所はもっと安かった」に震える夜
このひと言ほど、心をえぐるものはない。「あっちの事務所はもっと安かったですよ」と言われた瞬間、まるで自分の存在そのものを否定された気がする。競争があるのは当然だし、価格で判断されるのも理解はしている。でも、安さをウリにしていないからこそ、そう言われると自信が揺らぐ。私の仕事に価値はあるのか、そもそも私は必要とされているのか…。そんな夜は、眠れずに天井を見つめてしまうのだ。
