またお願いしますに救われた夜

またお願いしますに救われた夜

静まり返った事務所でふと思い出す言葉

夜の帳が下り、事務所には僕一人。電話も鳴らず、パソコンのファンの音だけが妙に耳につく。業務を終え、片づけをしていると、ふと脳裏によぎる言葉がある。「またお願いします」——その一言が、どうにも頭から離れない日がある。単なる挨拶だとしても、心のどこかでその言葉に救われていた自分がいた。忙しさに埋もれ、自分の存在意義がわからなくなることも多い司法書士の仕事。そんな中で、ふとした一言が支えになることがあるのだ。

依頼人の「またお願いします」は社交辞令か本音か

登記手続きが終わった帰り際に、依頼人がぽつりと「またお願いしますね」と言った。慌ただしい日々の中で流してしまいそうな言葉。でもそのときの声のトーンや、わざわざこちらを振り返ってくれた仕草が妙に印象に残った。心のどこかで、あれは本音だったんじゃないかと自分に言い聞かせている。仕事が正しく評価されている実感が薄い中で、たとえ社交辞令でも、あの言葉は少なくとも僕を否定しない言葉だった。

淡々と続く業務の中に潜む不安

日々の業務はルーチン化し、まるで工場のように淡々と処理されていく。誰かに感謝されるわけでもなく、何かを創造している実感も薄い。そんな中で、「この仕事に意味はあるのか」と自問することが増えてきた。依頼はあっても、こちらの顔を覚えてくれる人は少ない。成果が「当たり前」とされる司法書士という職業の特性が、時に自尊心を蝕んでいく。

誰にも頼られていないような気がする夜

電話も来客もない夜、ふと「自分って必要とされてるのか」と考えてしまう。過去の案件を振り返っても、記憶に残る言葉や顔はそう多くない。ましてや独身で家に帰っても誰もいない。孤独感に押しつぶされそうになるとき、かすかに心に残るのが「あの人、またお願いしますって言ってたな」という記憶。たったそれだけでも、「俺、生きてていいんだな」と思えるのが不思議だ。

感謝の言葉が心に刺さる瞬間

司法書士という仕事において、目立つ瞬間は少ない。世の中の多くの人が、登記や書類の処理を「裏方仕事」としてしか見ていない。けれど、感謝の言葉をもらったとき、それはどんな報酬よりも重みがある。「ありがとう」より「またお願いします」のほうが、次へのつながりを感じられる。それが、僕を支える心のよりどころになっている。

「ありがとうございました」より響いた一言

ある日、不動産の名義変更を担当した中年女性が、事務所を出る間際にふと振り返って言った。「ありがとうございました、またお願いします」。ありきたりな言葉に聞こえるけれど、そこには「頼っていいんですね」という信頼のようなものがにじんでいた。口数が少ない方だっただけに、その一言がより強く残った。形式的な言葉ではなく、きっと本音だったのだと思う。

業務完了後の静けさに残った余韻

その日の夜、帰宅してもテレビの音がやけに耳に残るばかりで、何も集中できなかった。でも、頭の中ではあの「またお願いします」が何度も繰り返されていた。うれしかった、というよりも、ほっとしたのだ。自分の存在が認められたような気がして、初めて「この仕事を続けててよかった」と思えた。

また来てくれるかもしれないと思える希望

「またお願いします」は未来形だ。その人が再び僕を選んでくれる可能性を含んでいる。誰かに「また」と言ってもらえることが、こんなにも力になるとは思っていなかった。信頼というのは、契約書や登記簿には書き表せない。でもそれが一番、僕たち司法書士に必要なものなのかもしれない。

孤独と向き合う日々の中で

この仕事をしていると、どうしても一人の時間が多い。事務員さんはいても、すれ違いも多く、気軽に愚痴を言える相手がいるわけではない。そんな日常の中で、「またお願いします」の一言は、孤独を和らげる温度を持っている。たった五文字が、自分と社会との接点を保ってくれる。

独身という肩書きが重く感じるとき

「結婚しないんですか?」と聞かれることもある。でも、正直言ってもうそんな気力はない。仕事に追われ、休みは寝て終わる。誰かと一緒に暮らす未来なんて、想像すらできない。けれど、そんな中でも「またお願いします」と言われた日は、家に帰ってから少しだけ元気になれる。誰かが自分を必要としてくれた気がするのだ。

仕事終わりの夜が一番つらい

日中は忙しさに紛れて忘れていられる孤独も、夜になると一気に襲ってくる。コンビニ弁当を片手に、テレビをつけたままうたた寝してしまう。そんな生活が日常になると、自分を見失いそうになる。だけど、その中でも「またお願いします」と言ってくれた誰かがいたことが、僕をギリギリで踏みとどまらせてくれる。

誰かに必要とされることの重み

この年齢になると、「誰かに必要とされる」というのは本当に貴重だ。それは恋人とか家族とか、そういう大きな話じゃなくてもいい。依頼人の何気ない一言が、僕の存在を証明してくれる。だからこそ、これからも少しでも誰かに「またお願いします」と言ってもらえるような仕事をしていきたいと、そう思っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。