初回面談の席で声が出なかったあの瞬間
あれは忘れもしない数年前のことだ。初めて担当する顧客との面談。事務所で何度もリハーサルをして、必要な資料もファイルにきちんとまとめて、準備は万端のはずだった。それなのに、いざお客様が目の前に座り、開口一番「今日はどんなご相談ですか?」と聞かれた瞬間、頭が真っ白になった。時間にして数秒だったかもしれないが、私にとっては永遠のようだった。自分の声がどこにいったのか分からず、喉の奥がぎゅっと締まって、何も言えなかった。
質問されても言葉が出てこない
お客様はごく普通に、「実は相続のことでちょっと聞きたいことがありまして」と話し出してくれた。それなのに、私はその「ちょっとした質問」にすら答えられなかった。自分が司法書士であるという意識よりも、「失敗してはいけない」「変なことを言ったら信用を失う」というプレッシャーばかりが頭の中で反響していた。こうなると、もう何を聞かれても返答が浮かばない。言葉を探して口を開こうとしても、口先だけが動いて中身がついてこないのだ。
頭の中が真っ白で焦りだけが先に立つ
今になって冷静に考えれば、相手の質問も、答えも、そんなに難しいものじゃなかった。むしろ日頃の業務でよくあるレベルの内容だった。でも、当時の私は「初めて」という緊張感に押しつぶされていた。焦る気持ちだけがどんどん膨らんで、「早く答えないと」「何か言わないと」と、自分にばかり圧をかけていた。その結果、心と身体が完全にちぐはぐになり、言葉がどこにも見当たらなくなった。
相手の表情が冷めていくのが分かる恐怖
言葉に詰まっている間、お客様の顔が徐々に曇っていくのが分かった。「あれ、この人に頼んで大丈夫かな」とでも言いたげな視線。もう、それが何よりも怖かった。たった一度のミスで信用を失う可能性がある仕事。それは重々分かっていたけれど、目の前でその“失われていく信頼”を感じるのは、本当に地獄のようだった。
なぜこんなことが起きたのか
あの日のことを思い返すと、どうして自分があれほど固まってしまったのか、いくつか理由が浮かぶ。自分の準備不足か、経験不足か、あるいは精神的な弱さか。正直、全部に当てはまる気がする。準備したつもりでも、想定外の言葉が来た瞬間に頭がフリーズしてしまったのは、単純に「慣れていない」からだった。そして、慣れていないことに対して、妙に自信を持ってしまっていたのかもしれない。
原因は経験不足か準備不足か
司法書士の仕事は書類を整えるだけではない。説明し、説得し、信頼されなければならない。そのためには、何度も場数を踏んで「慣れ」るしかないのに、当時の私は「勉強してきたから大丈夫」と思い込んでいた。準備はしていたが、現場の緊張感をシミュレーションすることはしていなかった。つまり、準備の仕方が甘かったということだ。
プレッシャーと期待の重圧に負けた瞬間
独立して間もない頃の私は、自分にものすごく期待していた。「ちゃんとやれる」「失敗なんてあり得ない」と、妙に気負っていた。だがその期待は、相手の前に立った瞬間、自分へのプレッシャーに変わった。そしてプレッシャーは、思考を凍らせる。自分が自分でなくなるあの感じ、まるで外から自分を見ているような感覚。冷静さなど、どこかに消えていた。
相手を前にして自分を過大評価していたのかもしれない
今なら分かる。あの時の私は、自分が完璧にこなせると思い込んでいた節がある。お客様の前に立てば、自信満々に説明できると信じて疑っていなかった。でも実際には、不安や緊張がうずまいていた。そのギャップが爆発したのが、あの「頭が真っ白になった瞬間」だったのだと思う。
面談が終わったあとの情けない時間
面談が終わった後、私は椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。お客様が帰った瞬間、ようやく呼吸が正常に戻ってきた気がした。でもそのあとにやってきたのは、猛烈な自己嫌悪だった。「なんでできなかったんだ」「司法書士なのに恥ずかしい」そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回っていた。事務所に戻ってからも、なにも手につかなかった。
自分の机に戻ってからの反省タイム
椅子に座って資料を開いてみても、何も入ってこない。ただただ、自分のダメさ加減が身にしみるばかりだった。そばにいた事務員さんも何か声をかけたそうにしていたけど、私から目をそらしていた。たぶん、気を遣ってくれたのだろう。ありがたいけど、それがまた余計に情けなかった。
事務員にも声をかけられず無言の午後
その日の午後は、誰とも話さなかった。電話も出たくなかったし、書類にも触れなかった。結局、自分の無力さを見つめるだけの時間になった。事務所の中が静かすぎて、時計の針の音だけが耳に残っていた。ああ、なんてみじめな午後だったことか。
コンビニで買ったおにぎりすら喉を通らなかった夜
帰り道、何も食べる気がしなかったが、胃に何か入れなければとコンビニでおにぎりを買った。でも、口に入れても味がしなかった。疲れていたのに眠れず、布団の中でもずっと「あれで良かったのか?」「あのお客様はもう来ないかもしれない」と考え続けた。本当に、地面に穴があったら入りたかった。
それでも次の面談はやってくる
翌日にはまた別の面談が待っていた。逃げ出したい気持ちもあったが、仕事を断るわけにはいかない。司法書士として生きるなら、この壁は越えるしかない。もう一度、立ち上がるしかなかった。そう思って、前の日の失敗を噛みしめながら、なんとか準備を始めた。
再起のためにまずやったこと
まず、自分がどこで詰まったのかを徹底的に洗い出した。面談の流れ、想定問答、自分が弱い部分を紙に書き出した。そして、声に出して練習することにした。とにかく話す練習。資料を読み上げるのではなく、自分の言葉で説明できるように意識した。
ロールプレイと台本づくりで自信を少しずつ回復
事務員さんにお願いして、簡単なロールプレイにも付き合ってもらった。お客様役をやってもらい、何度も想定問答を繰り返した。自分の癖や、緊張しているときの傾向にも気づけた。面談の流れを台本のようにメモにして、いつでも見られるようにした。それだけで、少し安心できた。
完璧じゃなくていい 少しずつ前に出ればいい
完璧な受け答えは、今もできない。でも、「あの時よりはマシ」と思えるだけで、少し気が楽になる。初回面談で固まってしまった経験は、今となっては苦い財産だ。それを経た今、たとえ同じように緊張しても、「前より落ち着いて話せた」と自分に言えるようになった。
同じ失敗を抱えている誰かへ
この記事を読んでいるあなたが、もし同じような経験をしているなら、伝えたい。大丈夫、あなただけじゃない。私も派手に固まった。何度も落ち込んだ。でも、それでも仕事は続いているし、お客様は来てくれている。自分を責めすぎないで。
固まる自分を責めすぎないでほしい
固まってしまうのは、真剣だからだ。真面目だからこそ「失敗したくない」と思う。だからこそ身体が強張る。それを責めていたら、余計に自分が苦しくなる。固まったら、それは「次への課題」だと思っていい。人間らしくていい。
それでも続けるあなたはすごい
失敗して、恥をかいて、それでも翌日また面談に向かう。そんなあなただけでもうすごい。私もそうやって、少しずつ乗り越えてきた。たった一人で不安に立ち向かうあなたの姿は、誰かにとって希望だと思う。
経験は積むしかないけれど孤独じゃない
経験は、積むしかない。それは変えようがない。でも、その道を歩んでいるのはあなただけじゃない。私も、あなたのような誰かも、みんな似たような不安と闘っている。だから、次に固まってしまっても、自分を嫌いにならないで。大丈夫、あなたはちゃんとやっている。