名刺交換より、たまには心の交換がしたい
名刺交換だけの関係に疲れてきた
開業してもう十数年、名刺を交換した相手の数はゆうに1,000人を超える。けれど、今でも連絡を取り合っている人なんて、片手で数えられる程度。肩書きと名前は覚えていても、その人の声や温度を思い出せない。それが普通だと割り切ってきたけれど、ふとした瞬間に「これって寂しいことじゃないか」と思うことがある。紙を渡し、微笑んで、それきり。そんな付き合いにどこか心が冷える。
仕事で会う人は多い。でも心が通う人は…?
例えば先月のこと、相続登記で訪れたご年配の女性と長話をしてしまった。ご主人を亡くされての手続きだったのだが、話題は自然とご主人との思い出話に移り、「あの人が生きてたら、きっと私より先に先生に名刺を渡してたわよ」と笑った。その言葉に、こちらの方がぐっと来た。「この人とは、心が通った」と感じた。名刺じゃない、会話や空気のやり取り。あれが、欲しいんだ。
「名刺が増える=信頼が増える」わけじゃない
司法書士という肩書きがあるおかげで、人は私にある程度の信頼を寄せてくれる。だけど、その信頼は本物だろうか? 名刺の数が多ければ仕事が来ると思ってた時期もあった。でも、仕事が終われば関係も終わるのが実情だ。信頼というのは、肩書きや紙切れじゃ築けない。やっぱり、一緒に時間を過ごしたり、何かを共有したり、そういう積み重ねでしか得られない気がしている。
肩書きより、気持ちでつながりたいだけなのに
自分が司法書士だからといって、いつでも“先生”でいたいわけじゃない。近所のコンビニで「いつもありがとうございます」って笑いかけてくれる店員さんのほうが、正直言って、僕にとってはよほど救いになることもある。名刺を持っていなくても、名も知らなくても、心があたたかくなるような関係のほうが、何倍も価値がある。そんなことを考える自分は甘いのだろうか。
司法書士の仕事は、黙々と。そして孤独に。
司法書士の業務の大半は“黙々”だ。書類とにらめっこして、法務局のオンライン申請に向き合って、確認作業を延々とこなす。会話の相手は、ほとんどがパソコンと書類。依頼者とも話すが、それも限られた範囲でのこと。感情を込める余裕なんて、正直あまりない。そんな日々を繰り返すうちに、人とちゃんと向き合うことを忘れそうになる。
一人で机に向かう時間がほとんど
事務所には事務員が一人いるが、僕の仕事は基本的に“ひとり作業”。朝の挨拶と、書類の確認程度しか会話がない日もある。目の前の業務を淡々とこなしていくのが効率的なのかもしれないが、感情が置き去りになる感じがする。「今日は誰ともちゃんと話してないな」なんて思う日が、週に何度もある。そういう時に限って、名刺の束だけがやたらに増えている。
事務員さんがいても、話すことは仕事だけ
うちの事務員さんはよく気が利くし、助かっている。けれど、仕事が終わればさっと帰るし、僕も何か話す気力がわかない日が多い。仕事上の指示や確認だけで一日が終わる。冗談を言い合ったり、最近どうですか?といった会話は、ほとんどない。それが「大人の職場」なのかもしれないが、どこか物足りなさを感じるのも事実だ。
電話もメールも「用件」しか流れてこない日々
電話が鳴っても、内容は依頼や進捗の確認ばかり。メールも同様。誰かから「最近どう?」とか「元気にしてる?」なんて連絡が来ることはない。自分もまた、用件のある相手にしか連絡をしなくなった。仕事を効率よく回すことが正義になっているけれど、それだけだとやっぱり人間関係は味気ない。「元気にしてますか?」の一言が、どれだけありがたいか身に染みている。
誰かと雑談したい、けどタイミングがない
時間がないわけじゃない。けれど、誰かと雑談する余白を自分から削ってしまっている。昼休みもコンビニで買ったおにぎりをパソコンの前で食べながら作業を進める。そんな毎日が当たり前になってしまった。けど時々、ふと「誰かと他愛ない話がしたい」と思う。話すだけで、心が軽くなることを、自分自身が忘れかけている。
忙しいから、が口癖になってしまった
「忙しいですね」が挨拶になって久しい。誰かに誘われても「ごめん、ちょっと今忙しくて」と答えるのが癖になっていた。でも本当は、少し無理すれば会える。会って話せば、絶対に気分は上向く。でも、その「少しの無理」をする気力が出ない。疲れを言い訳にして、心の交流から遠ざかっていたのは、たぶん僕のほうだった。
「元気ですか?」の一言が、ありがたい
先日、昔の同期から「久しぶり、元気してる?」とだけ書かれたLINEが届いた。ほんの一文だったのに、驚くほど嬉しかった。返信に手が止まりながらも、「おかげさまで」と返した。忙しさにかまけて、誰かと心を通わせることをずっと放棄していた気がした。形式的なやりとりじゃなく、感情のこもったやりとりが、心に沁みる。
最後に。名刺のない関係を大切にしたい
名刺があることで生まれる信頼もある。だけど、名刺がなくてもつながれる関係のほうが、何倍もありがたい。仕事ではなく、人生の話ができるような間柄。名前も役職も関係ない、そんな人間関係を、もっと大事にしていきたい。司法書士という仕事をしているからこそ、形式の裏にある「人の気持ち」に気づける自分でありたいと思う。