10回説明しても伝わらない——その“わからない”に潜む落とし穴
「手続きの流れ」を丁寧に説明しているつもりでも、なぜか全然伝わらない——。そんな経験、司法書士をやっていれば一度や二度じゃ済まないはずです。私も先日、ある相続の案件で、同じ説明を10回してもご依頼者の頭にはまったく入らなかった日がありました。何がいけないのか、自分の伝え方?それとも相手の聞く姿勢?ぐるぐる考えているうちに、だんだんと「説明する意味って…」と虚無に飲まれかける。今回は、そんな“伝わらない苦しさ”と、その背景にあるもの、そして少しだけ見えた対策について書いてみたいと思います。
なぜ「手続きの流れ」はこんなにも伝わらないのか
相手の理解力だけが原因じゃない
「なんでこんな簡単なことが伝わらないんだろう」と思った瞬間、私は心のどこかで「相手の理解力が低い」と決めつけていたのかもしれません。でも、よく考えれば、自分が全く知らない分野の話を聞かされたら、きっと同じようにポカンとするでしょう。不動産登記や相続登記の流れは、私たちにとっては日常でも、一般の方には異世界です。つまり、「わからない前提」で伝える視点を持たないと、いくら説明しても届かないのです。
司法書士の“慣れ”が逆に壁になることも
毎日のように登記や書類作成をこなしていると、どうしても「このくらいは常識だろう」と思い込みがちです。以前、成年後見の申立てについて説明していたとき、「家庭裁判所に書類を出します」と言っただけで完結した気になっていました。でも依頼者にとっては「家庭裁判所って何をするところ?」からスタートなんです。専門家としての慣れが、時に“説明を省いてしまう癖”を生んでいることに気づきました。
毎回同じところでつまずくクライアントたち
説明したはずなのに「初耳です」と言われる瞬間
「え、それって今日初めて聞きましたよ?」——一瞬、時間が止まるようなこのセリフ。私が10日前の面談で、しかもメモ付きで説明した内容のはず。でも相手の頭の中には残っていない。もしかしたらそのとき、相手は別のことを考えていたのかもしれません。緊張していたり、不安が先立って話が耳に入ってこなかったり。理解されない理由は記憶力や注意力のせいではなく、心の状態の問題だったりするんです。
パンフレットを渡しても読まれない現実
「あとでゆっくり読んでください」とパンフレットを渡しても、ほとんど読まれません。実際、「書いてありましたか?」と後日聞かれると、心の中で(渡したやつに全部書いてるよ!)と叫びたくなります。でも、多くの人にとって、紙の資料は“安心感を与えるだけのもの”で、読み込む気は最初からないんです。資料を渡す=説明を終えた、と思い込んでいる自分をまず変えなければと感じました。
「伝える」と「伝わる」の間にある深い溝
専門用語のワナにはまっていないか
「登記識別情報」「登記事項証明書」「法定相続情報一覧図」——私たちは普通に使っているこれらの用語も、初めて聞く人にとっては呪文のようなもの。言葉の意味をひとつひとつ丁寧に説明したつもりでも、話の流れの中で用語が増えれば増えるほど、相手の脳内は処理落ちします。専門家が使う言葉をそのまま流用してしまうと、“わかる人だけにしか伝わらない説明”になってしまう危険があります。
フローチャートすら逆効果なときもある
「図で見たほうがわかりやすいだろう」と思って、手続きの流れをフローチャートにしたことがあります。でも、ある高齢の依頼者から「この線が何を意味するのかわからない」と言われて愕然としました。視覚的に伝えることが必ずしも“わかりやすい”とは限らない。視覚情報すら混乱の元になることがあるということを、私たちはもっと意識すべきかもしれません。
解決策を探して試したこと、そして撃沈したこと
図解ツール・動画・口頭説明…どれもしっくりこない
いろいろ試しました。図解アプリで簡単なフローを作ったり、説明動画を送ってみたり。でも、結局は「直接聞きたい」という依頼者の声に戻ってくる。結局、道具や手段を増やしても、それだけでは“理解”にはつながらない。情報の提供方法を工夫するだけでは限界があるのだと思い知らされました。
時間をかけても理解されないときの虚無感
30分かけて一つひとつ丁寧に説明したのに、最後に「で、何すればいいんですか?」と言われたとき、もう脱力です。説明した内容が“意味のある時間”だったのか不安になる。一方で、何度も同じことを言わされる自分にイライラしそうになる。この虚無感と怒りの間で揺れる自分の気持ちを、どう処理していくかが課題です。
じゃあ、どうすればいいのか
「説明の質」ではなく「相手の感情」に着目する
伝わらない原因の多くは「情報」ではなく「感情」にあると気づきました。不安や焦り、恥ずかしさがあると、話が頭に入ってこない。だからこそ、情報を伝える前に「安心してくださいね」「一緒にやっていきましょう」と、感情に寄り添う言葉を先にかけるようにしています。
不安を先回りしてつぶす工夫
「こんなこと聞いていいのかな」「聞いたのにまた忘れたら…」と依頼者は思っています。だからこそ、「何度でも聞いてくださいね」とこちらから言ってあげる。最初の時点で“聞いてもいい空気”をつくることが、実は一番の近道だったりします。
説明前に「一緒にやる」スタンスを明示する
「わからなければ私が一緒に書きます」「申請もこちらで全部やりますのでご安心を」——こうした一言で相手の不安はかなり和らぎます。説明することよりも「あなたは一人じゃない」と伝えることが、理解への第一歩なのだと最近つくづく感じています。
それでも理解されない日もある——そんな時の自分の守り方
感情的に責めない・疲れ切る前に線引きを
どんなに工夫しても、うまくいかない日はあります。そんなときに「自分が悪い」と思い詰めると潰れてしまう。私は、説明は最大3回までと決めて、それ以上は事務員や資料に頼るようにしています。心をすり減らさない仕組みを作るのもまた、自分を守る大切な方法です。
「伝わらないのは自分のせい」ではないと知る
最後に、いくらやっても理解されないとき、それは相手にもタイミングや事情があるんだと思うようにしています。伝わらない=自分の説明力不足、と思い込むのはやめました。司法書士も人間。万能ではない。その自覚が、少し心を軽くしてくれます。