社長とぶつかった“あの一言”──法人登記で現場が凍りついた日

社長とぶつかった“あの一言”──法人登記で現場が凍りついた日

法人登記の現場で起こった“口論寸前”の出来事

「法人登記なんて、ただの書類作業でしょ?」──そう思われがちですが、現場はそんなに単純ではありません。ある日のこと、依頼を受けたばかりのクライアントである社長とのやり取りが、思わぬ方向に転がっていきました。小さな違和感が、少しずつ大きな摩擦へと変わり、ついには“あの一言”で空気が一変。私の中で「これはもう無理かも」と思った瞬間が訪れたのです。

始まりはいつも突然に──電話の第一声で違和感

その社長とは電話で初めて話したのですが、第一声からなんとも言えない違和感がありました。こちらが話を始める間もなく、矢継ぎ早に「今すぐできる?」「今日出したいんだけど」とまくし立てるような口調。こっちとしては「え、まず会社の内容聞かせてもらえます?」という感じで、スタート地点すら共有できていない状態。こういうタイプは要注意だな、と直感的に思いました。

社長の「ちょっと変わった」指示に感じた不安

打ち合わせを進めるうちに、その不安は現実のものとなっていきました。「この書類、こう直しといて。」「でも前の司法書士はこうやってくれたんだよね?」と、過去の誰かのやり方を基準に押し付けてくる。もちろんルールの範囲内ならいいんですが、「それ登記法上NGですよ」と伝えると、「そういうのは柔軟にやってくれないと困る」と。え、柔軟ってなんですか、それって法令無視って意味ですか?と喉元まで言葉が出かけました。

なぜ口論寸前までいってしまったのか

口論寸前までいった原因は、ひとことで言えば“認識のズレ”。社長は「お金を払ってるんだから、全部やってもらえて当然」と思っていて、私は「いやいや、最低限の理解と協力は必要ですよ」と考えていた。どちらが正しいというより、そもそもスタート地点が違っていたんです。

本質は「認識のズレ」──登記の意味を理解していない!?

会社を作るという大きな行為なのに、「名前さえ決めれば勝手に登記される」くらいに思っている方が時々います。その社長もまさにそんな感じ。「なんでここに代表印が要るの?」「それって税理士の仕事じゃないの?」と、何をどこまで誰がやるのか、全体像がつかめていない状態でした。

書類さえ出せば登記は終わると思っている

「とりあえずこの申請書を出してくれれば、もう法人化終わりでしょ?」と平然と言われた時には、ため息しか出ませんでした。何度も「添付書類」「印鑑証明」「定款」などの説明をしても響かない。書類が“勝手に自動処理”されると思っているようで、「それなら自分でやってください」と言いそうになりましたが、ぐっとこらえました。

「印鑑届出」と「役員変更」がごっちゃになってる

「あれ?この印鑑はこっちじゃないの?」「てことは役員変更も明日できるよね?」と、印鑑の届け出と登記、さらに役員変更まで全部ひとくくりにして話してくる。まるで“お弁当と電子レンジと冷蔵庫”を同じ機械と思ってるような混乱ぶり。さすがに何度も説明しましたが、疲労だけが残りました。

事務員との“内輪トラブル”が追い打ちをかける

この件の中でさらにややこしかったのが、うちの事務員の動き。正直、彼女もそこまで経験豊富ではなく、「社長がこう言ってました」と、ろくに確認せずに指示を私に渡してきてしまった。そのことで社長との間の食い違いがより悪化したんです。

社長の言うことを鵜呑みにした事務員の対応

「今すぐこれを出さないと社長が怒るって言ってます」と言われても、法的に整っていない書類は出せません。だけど事務員は「社長がそう言ってるんだから」と押してくる。正直、彼女を責める気はないんですが、最低限こちらと意思疎通してから動いてくれと何度も思いました。

中間に立たされるつらさ──板挟みの日々

「社長には柔らかく言わなきゃいけない」「でも法的に無理なことは断らないといけない」「事務員には事情を説明しなきゃいけない」……まさに三すくみ状態。毎日胃が痛い思いで出勤していました。この時期が一番ストレスフルでしたね。

口論に発展しかけた“決定打の一言”とは

もう一線を越えそうだなと思った瞬間、それはふとしたタイミングで訪れました。社長が放った何気ない一言が、私の心を深くえぐったのです。

「おたくの仕事って簡単そうですね」

え?いま何て?と一瞬耳を疑いました。冗談で言ったのかと思ったら、顔は本気。「結局、出すだけでしょ?」「印鑑押すだけでしょ?」と続けられて、さすがにカチンときました。自分の積み重ねてきた知識と経験を、まるで無価値のように言われた気がして、涙が出そうでした。

わかってないなら黙っててほしい

誤解されるのは仕方ないにしても、せめて努力して理解しようという姿勢があれば救われるのに。それすらなく「楽な仕事ですね」と言われると、もう黙っているしかない。あの時は、本当に辞めたくなりました。

仕事の“見えない部分”を理解してもらえない悲しさ

登記というのは、ただの紙のやり取りではありません。法的整合性、タイミング、関係者との調整、責任の所在…。それらを全部見えないところでやっているのに、評価されることは少ない。「感謝されない仕事」だと分かってはいるけど、それでも傷つくものですね。

同業者へ伝えたいこと──ぶつかりそうになった時の処方箋

この経験から学んだのは、「感情で反応しない」ことの重要さ。相手の言葉にカチンときても、反応すればその場で終わりです。距離の取り方と、自分のメンタルの守り方、これに尽きます。

正面から言い返さず、“沈黙”で距離を取る技術

怒りがこみ上げても、あえて返事をせずに少し沈黙する。それだけで相手も「あれ?」と少し冷静になります。言い返すのではなく、“反応しない”ことが実は最大の反撃になることを学びました。

事務所としてのルールは紙に書いて渡す

口頭で伝えると、どうしても曖昧になってしまいます。だから私は、それ以降は登記の流れ・必要書類・責任分担を紙にまとめて渡すようにしました。社長も「こうやって見える化してくれると安心」と態度が変わり、無用な誤解も減っていきました。

責任の所在を明確にすることが先手になる

どこからどこまでが司法書士の責任で、どこからが依頼者の準備範囲か、それを最初に明示するだけで全然違います。「頼んだのにやってくれてない」という不満も出づらくなります。めんどくさがらずに、最初にやっておくのが結果的に楽です。

最後に──それでも私は、登記が嫌いになれない

散々な目にあっても、やっぱり登記の仕事には不思議な魅力があります。誰かの事業のスタートに関わる、責任のある役割だからこそ、やりがいもある。

書類が通った瞬間の静かな達成感

法務局から登記完了の連絡が入った瞬間、「終わった…」と肩の力が抜ける。そして、こっそりガッツポーズしてしまう。誰にも見られないけど、その静かな達成感がたまらないんですよね。

あの日の社長も、今ではリピーター

結局あの社長とは、その後も何度かやり取りを続けて、今ではリピーターになっています。人って不思議ですね。言い合いになりそうになっても、誠実に対応していれば、少しずつ理解してくれる。そんな日々の中で、司法書士としての自分の役割を再確認しています。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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