登記が置き去りにされる離婚の現場
「離婚したんですけど、名義ってどうしたらいいんですかね?」——そんな質問を投げかけられるたびに、なんとも言えない気持ちになります。法的には他人になっても、不動産の登記だけは旧姓のまま、あるいは元配偶者との共有のまま…なんてことは決して珍しくありません。離婚届と同時に登記も変更する、なんて理想論であって、現場ではそんなスムーズなケースは少数派。気持ちの整理が先、生活の立て直しが先、そして…登記はそのうち、という流れが現実には多いのです。
「とりあえず離婚届は出しました」という依頼者の言葉
「とりあえず役所には提出しました」。その「とりあえず」が何とも重たい。こちらとしては「じゃあ不動産は?」と聞きたいけど、あまりに早口で聞くのも躊躇します。実際、感情が先に走る離婚の場面では、不動産のことまで考えが及ばないのは無理もありません。でもその“後回し”が、あとで揉めごとに繋がってしまうんです。とあるお客様は、離婚から5年後に売却しようとして元夫の名義が残っていることに気付き、大慌てでした。感情の整理よりも、書類の整理のほうが意外と難しい…そんな現実をひしひしと感じます。
財産分与の話し合いが済んでいないケース
「もう顔も見たくないんで」と財産分与の話すらせずに離婚してしまった、という方は意外と多いです。けれど、不動産という大きな財産が絡んでくると、見て見ぬふりは通用しません。不動産の名義変更には、合意と登記手続きが必要です。元配偶者との連絡も必要で、そこでまた揉めるんです。私の事務所でも、「今さら連絡なんて取りたくない」と言われたケースが何度もあります。でも結局、連絡しないと進まないのが登記の世界。感情と手続きは、なかなか噛み合ってくれません。
感情が先行して手続きが後回しになる
誰だって感情のゴタゴタから解放されたいものです。登記なんて、正直言えば後回しにしたくなる気持ち、分かります。私自身、書類の山に埋もれて「もう明日でいいか」と思うことだってありますから。でもその“明日”が1年後になり、5年後になって、「売れない」「動かせない」「相手が行方不明」となるのが現実。感情の傷が癒えても、法的なつながりが残っている。それを処理するのが司法書士の仕事ですが、感情的な問題に深入りできないもどかしさもまた、つらいものがあります。
登記上の名義がそのままの怖さ
名義がそのまま、というのは本当に危険です。役所で離婚届を出した瞬間に、すべてが切れると思い込んでいる方も多い。でも登記は別物で、離婚しても所有権は変わりません。相手の名義が残っている限り、売却や担保設定にはその同意が必要になります。ある日突然「元配偶者が勝手に住宅ローンを組んでいた」なんて話を聞くと、本当にゾッとします。そんなときの依頼者の顔は、だいたい青ざめています。
離婚後に相手が勝手に売却できてしまうリスク
名義が残っているということは、法律上の権利も残っているということ。つまり、元配偶者が勝手に第三者に売却することも理論上は可能です。もちろん実際にはそう簡単ではありませんが、全くのゼロではない。その可能性がある限り、リスクは放置できません。過去に相談を受けた中に、「知らない間に差押えが…」というケースもありました。名義の放置は“負の遺産”になりうる。本当にそう思います。
登記がそのままなら法律上の権利関係もそのまま
登記簿は法律上の事実を示す鏡のようなもの。いくら現実が変わっても、登記が変わらない限り、法律上の“事実”は変わりません。つまり、紙の上では「まだ夫婦の共有財産」のまま。これが税務、相続、売買、あらゆる場面で尾を引きます。「登記ってそんなに大事なんですね」と言われるたびに、「本当は離婚のときにやっておくのが一番楽なんですよ…」と返すのが、私の定番のセリフになっています。
司法書士としての葛藤と現実
私たち司法書士は、法律のプロではありますが、感情のプロではありません。でも、登記に感情が絡むのが離婚案件の難しさ。依頼者が泣いていても、冷静に説明しなければならない。でも、時にはその冷静さが「冷たく感じる」と言われることも。そう言われると、元野球部だった私でも、少し胸が痛みます。書類の処理だけではない、人との向き合いがこの仕事にはある。それを一人の事務所で背負う日々は、やっぱりしんどいです。
「なぜ今まで手を付けなかったんですか」とは聞けない
「どうして放置してたんですか?」と本音では思っていても、絶対に口にできないセリフです。そんなことを言ったら、依頼者は二度と来ません。だから、「いまからでも間に合いますよ」と声をかける。でもその言葉の裏では、書類の不備を予感していたり、元配偶者との連絡が取れないのでは…と頭を抱えていたりします。自分の気持ちと業務のバランスを取るのも、司法書士の大事なスキルなのかもしれません。
相手を責めずに現実的な着地点を探る
「今さら元夫と話したくない」「元妻が応じてくれない」——そんな気持ちはよく分かります。だけど、感情論では登記は動かない。そこで私たちは、極力“事務的”に手続きを進められるよう工夫します。代理人を立てたり、書類を郵送で済ませたり。相手を責めず、でも現実を動かす。そのバランスが、この仕事で一番神経を使うところかもしれません。
でも正直、モヤモヤは溜まる
分かってるんです。依頼者が悪いわけじゃないし、感情があるのも当然。でもやっぱり、書類を作りながら「これ、もっと早くやっておけば…」と何度も思います。そう思っても言えない自分にもモヤモヤ。終わったあとにコーヒーを飲みながら、事務員にぼやくのが日課になっています。「今日の案件、ちょっとしんどかったな」と。こんな仕事をしてると、人に優しくなれる反面、自分には厳しくなってしまいますね。
事務所の現場から見える手続きの落とし穴
うちは小さな事務所なので、分業なんてできません。私が相談に乗って、書類もチェックして、最後は登記まで完了させる。正直、離婚案件が立て込むと精神的にも体力的にもキツいです。しかも登記の手続きは細かくて、ちょっとしたミスで補正が必要になる。そんなプレッシャーの中で、依頼者の不安も受け止める——よく考えたら、これ、野球部の合宿よりよっぽどきついかもしれません。
依頼者も職員も説明で疲弊している
うちの事務員も、最近は「また離婚の登記ですか…」とため息をつくことがあります。説明が長くなるし、感情も揺れやすい案件なので、普通の売買登記とは全然違う。依頼者の質問も多くて、「これっていつ終わりますか?」「お金はどれくらいかかりますか?」と何度も聞かれます。事務的に答えたいけど、気持ちの面も汲まなければならない。そんなバランスに、職員も私もすっかり消耗しています。
書類を揃えるだけで一苦労の現実
離婚案件では、戸籍、住民票、固定資産評価証明書、登記識別情報…もうとにかく必要書類が多い。しかも、離婚して名字が変わっていたり、引っ越していたりすると、取得するだけで半日潰れます。依頼者の負担も相当なものですが、それを案内するこちらも神経を使います。「また役所行ってもらってすみません」って何度も言うけど、言ってる自分も心苦しい。書類一枚に振り回される現場、それが司法書士のリアルです。
「やっぱり離婚って面倒ですね」という本音
最後に依頼者から「やっぱり離婚って面倒ですね」と言われると、「ですよね」としか言えない。でも、こっちはその“面倒”に毎日のように向き合っている。だからこそ、言いたくなるんです。「できれば離婚と一緒に登記も片付けてください」って。でもそれはなかなか難しい。だからせめて、こうやって誰かの役に立てるように、地味だけど一歩ずつやっていこうと思っています。
それでも司法書士として向き合う理由
愚痴を言いながらでも、やっぱりこの仕事を続けている理由はあります。誰かの困りごとを、少しでも前に進められたとき、ほんの少し感謝の言葉をもらったとき、それだけで報われた気になります。不器用で、ちっともモテないけど、書類の整った登記簿を見ると「今日もいい仕事したな」と自分を少しだけ褒めたくなる。そんな毎日です。
不器用でも困っている人の力になりたい
私のような人間でも、役に立てる場面がある。それが司法書士という仕事のいいところです。離婚と登記の“はざま”に揺れる人たちに、少しでも寄り添えたら——その思いが、毎日事務所を開ける原動力になっています。今日も、たぶん愚痴を言いながら、でもちゃんと書類に向き合って、ひとつひとつ仕事を進めています。