午前中で終わるはずだった仕事の罠
「午前中に終わりますから」――この言葉を自分に言い聞かせて仕事に向かった朝、私はまさかその補正対応で夜まで事務所にいることになるとは夢にも思っていませんでした。登記の補正なんて、確認してちょっと電話か書類出せば済む、と思っていたんです。実際、過去に何度もそんな経験をしてきた。けれど、今回は違いました。「たかが補正、されど補正」。気がつけば、時計の針は午後を、そして夕方を、最後には夜を回っていました。こうして、今日も「午前中に終わるはずだった仕事」のはずが、私の一日を丸ごと奪っていったのです。
予定通りに進まない現実
司法書士の世界では、「予定」という言葉がどれだけ不確かなものか、すぐに思い知らされます。特に補正対応は、一見単純に見えても、相手が法務局であったり依頼者であったりする以上、自分ひとりの都合では終わらせられません。その上、補正の内容が細かければ細かいほど、確認に時間がかかる。少しでも「このくらいでいいか」と妥協すれば、それが次のミスにつながる。そんなプレッシャーの中、午前中に終わると見込んだ仕事がズルズルと時間を引き延ばしていくのです。
「すぐ終わります」は信じてはいけない
この仕事を始めて十年以上経ちますが、いまだに「すぐ終わります」は信用できません。以前も、簡単な住所の記載ミスの補正があると連絡を受けて、「午前中で終わるな」と高を括っていたのですが、いざ確認してみると、原因は住民票の誤記ではなく、登記簿自体の誤記録でした。そこから法務局とのやり取りが始まり、依頼人とも何度も連絡を取り合い、結局解決したのは夕方近く。「すぐ」どころか、「今日中に終わってよかった」レベルの話になってしまいました。
登記情報の確認漏れが引き起こす泥沼
補正の対応で一番怖いのが、「見落とし」です。一つの訂正が終わったと思ったら、別の箇所にも不備があったというパターンは本当に多い。以前、ある会社の代表者変更登記で、代表者の住所変更だけを補正するつもりだったのですが、実は添付書類に関する不備も含まれていました。それに気づかず提出し、再度戻ってきた通知を見た瞬間、血の気が引きました。原因は、私が最初に「代表者住所変更だけのミス」と決めつけてしまったこと。つまり、確認不足です。午前中に終わるどころか、三日がかりになりました。
補正の一本が一日を壊す
補正対応というのは、想定していた流れが少しでも狂うと、芋づる式に他の予定を巻き込んでいきます。午前中に対応して、午後は別件の書類作成に充てるつもりだったのに、補正が長引いたせいで午後の案件は夜までズレ込み、結果的に一日のスケジュールが総崩れ。気がつけば、空腹のまま夜まで椅子に座り続けていることもあります。補正一本が、その日一日の流れをまるごと変えてしまう。それが、司法書士という仕事の現実です。
法務局との往復地獄
補正対応で厄介なのが、「法務局との距離」です。私の事務所から最寄りの法務局までは車で片道30分弱。ちょっとした訂正であれば郵送対応で済ませられることもありますが、即日処理を求められる案件はそうはいきません。先日は午前中に一度訪問し、補正指示を受けてすぐ戻り、修正した書類を持ってまた午後に訪問。結果、半日以上を車移動に費やしました。補正自体は15分で終わる内容でも、往復と待ち時間で2時間以上。時間を食うのは「仕事」じゃなくて「その周辺」だったりするのです。
メール一本のつもりが電話地獄へ
補正内容によっては、担当官との確認をメールで済ませられることもあります。ただ、文字だけでは意図が伝わりづらいケースも多く、結局「お電話で確認させていただけますか?」という返信が来る。そこからが地獄の始まり。電話は一方通行では済まず、「こちらでも確認します」「関係者に聞いてみます」などとやり取りが続き、何度も折り返しが発生する。補正ひとつで、午前中に3本も4本も電話をする羽目になると、それだけで脳みそが疲弊します。結局、「メールで済ませたい」は理想論でしかないのです。
事務員さんがいても終わらない現実
事務員さんがいてくれて助かることは本当に多いです。でも、こと補正対応となると話は別。結局のところ、最終確認や法務局との判断は私自身がやるしかなく、「お願いしておけば安心」というわけにはいきません。むしろ、指示出しや説明で時間がかかる分、一人でやったほうが早いと感じることすらあります。結果、「誰かがいても一人でやる羽目になる」のがこの仕事の辛さです。
分担できない「最後の確認」
補正の書類を作る段階では、ある程度分担できます。でも最後の確認、つまり提出する前の「責任を背負うチェック」は誰にも任せられません。事務員さんがどれだけ優秀でも、やはり最終責任者は司法書士。そのプレッシャーがあるからこそ、何度も読み返し、細かい数字や文言を確認する。以前、印鑑証明書の有効期限を確認し忘れて痛い目を見たことがありました。それ以来、細かいチェックには異常なほど時間をかけています。それでも、「これで完璧」とは思えない。自分を信じられないのが一番のストレスかもしれません。
責任はどこまでも司法書士にかかってくる
補正に限らず、司法書士の仕事はすべて「ミスしたら自分の責任」です。ミスをした事務員さんがいても、それを見逃した時点で私のミス。だから、どんなに忙しくても一つひとつ確認するしかない。周りから「細かいですね」と笑われても、自分の首を絞めないためにやっているだけです。この責任の重さが、精神的な疲れに直結しているのは間違いありません。気を張り詰めている分、家に帰るとぐったりです。
事務員の「今日は帰ります」に置き去りの自分
午後6時、事務員さんが帰り支度を始める。「お先に失礼します」と笑顔で手を振られて、私は「お疲れさまです」と返すしかない。補正対応の続きがまだ机の上にあるのに、誰にも頼れず、事務所に一人きり。冬なんて、暗くなった部屋で暖房だけが唸っていて、何のために頑張ってるんだろうと虚しくなる。事務員さんを責めたいわけじゃない、むしろ感謝している。でも、「置いてかれる側」の孤独は、どうしても心に残ります。