誰にも頼らずやってこれたわけじゃない
「一人で平気ですよ」なんて言い慣れたけれど、本音を言えばそんなことはない。ただ、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちや、恥ずかしさ、そして昔からの癖がそう言わせているだけ。司法書士という立場上、弱さを見せにくいというのもある。書類にミスは許されないし、登記漏れなんて絶対に起こせない。そんなプレッシャーの中で、「大丈夫」と自分に言い聞かせ続けてきた。だけど、やってこれたのは自分一人の力じゃない。そんな当たり前のことに気づくのに、ずいぶん時間がかかった。
「大丈夫です」しか言えなくなった職場
事務員がひとり、黙ってこなしてくれている日常。彼女の前でも、いつも「大丈夫ですよ」と言ってしまう。忙しくても、心がすり減っていても、口から出るのは決まってその一言。彼女に気を遣わせたくない気持ちと、自分の不器用さが混ざって、余計に言えなくなっていく。ある日、彼女がふと「先生、疲れてますよ」と声をかけてくれた。でも俺は「平気平気」と笑ってごまかした。あの時、本当は「ありがとう」と返すだけでよかったのに、それすらもできなかった。
事務員にも気を遣ってしまう日常
朝からの電話対応、登記の準備、打ち合わせ…本来なら分担してもいいはずの仕事も、無意識に「これは自分でやるべき」と抱え込んでしまう。事務員に指示を出すこと自体に、なんとなく罪悪感がある。彼女は文句ひとつ言わない。でも、だからこそこちらが勝手に気を遣ってしまって、何も頼めなくなる。以前、彼女が熱を出して休んだ日、ひとりで業務を回してみて改めて感じた。自分が「平気」と言ってたのは、実は誰かに支えてもらっていたからだった。
孤独なのに人に優しくしてしまう矛盾
誰にも本音を話せない日々が続くと、心のどこかが固まっていく。それでも、誰かが困っていれば手を差し伸べたくなるのは、元野球部で培った「チーム意識」なのかもしれない。だけど、自分が困っていても、誰にも助けを求めようとはしない。その矛盾が、日々の疲れとなって蓄積されていく。孤独を感じるたびに、「人に優しくする余裕があるなら、もっと自分を助けてやれよ」と、もう一人の自分が小声で呟いている気がする。
「一人で平気」が癖になった瞬間
誰にも頼らず、誰にも迷惑をかけず、そう思って生きてきた。特に司法書士になってからは、責任の重さもあり、余計に「一人で平気な自分」でいようと努力してきた。でも、それは強さじゃなく、ただの癖だった。無理してでも「平気」と言ってしまう自分に、違和感を覚えるようになったのは、ほんの数年前のことだ。気づけばその言葉が口ぐせになり、気持ちと反比例するように孤独を深めていた。
元野球部の上下関係が染みついたまま
高校時代、野球部ではとにかく上下関係が厳しかった。上級生に迷惑をかけてはいけない、下級生には背中を見せろ、そんな空気の中で育った自分は、「弱音を吐く＝格好悪い」という価値観を自然と身につけていた。司法書士の世界でも、どこかその価値観を引きずっている気がする。だからこそ、事務所でも「頼られる側でなければ」という意識が強くなってしまう。誰かに甘える、弱音を吐くことができないまま、「平気」が染みついていった。
弱音＝甘えという思い込み
一度だけ、士業仲間の飲み会で「最近きつくてさ」と言ったことがある。すると「先生もそんなことあるんですね」と言われた。言葉の裏に、「そんなこと言うの珍しいですね」というニュアンスを感じた瞬間、心がスッと引いた。やっぱりダメか、と。そのとき、自分は「弱音＝甘え＝信頼を失う」と無意識に思っていることに気づいた。でも、よく考えれば、それは単なる思い込みかもしれない。誰かに少し頼ることすら、自分に許せないというのは、不自然な話だ。
いつからか、笑ってやり過ごす技を覚えた
昔は不器用ながらも感情を表に出すタイプだった。試合に負けて悔しくて泣いたこともあるし、思い通りにいかなくて壁を殴ったこともある。でも、社会に出て、仕事で感情を出すことが「未熟」に見られると学んでからは、笑ってごまかすようになった。便利な技だけど、そればかり使っていたら、自分の本音がどこにあるのかわからなくなっていく。「平気」と言いながら笑っている自分が、一番苦しんでいたのかもしれない。
本音を吐ける場所がない
地元に戻って司法書士を開業して十数年。周囲の人たちとは一定の距離を保ちつつ、信頼関係を築いてきた。でも、その「信頼」の中には、「悩みを見せないこと」も含まれている気がする。本音を出した瞬間に、崩れてしまいそうな関係ばかり。そう思うと、ますます誰にも話せなくなる。気がつけば、愚痴すら言えない夜が増えていった。
地元での立場と孤立感
地元で司法書士という職業をしていると、「先生」と呼ばれることが多い。それはありがたい反面、どうしても仮面をかぶることになる。「先生がそんなこと言っちゃだめですよ」と言われると、もう二度と言えなくなる。愚痴も、弱音も、相談も、すべて封印する。そうやって気づけば、同世代の友人とも疎遠になり、「自分がどうしたいのか」よりも「どう見られるか」ばかりを気にしてしまうようになった。気楽なはずの地元が、どんどん窮屈になっていった。
モテないことがもはや言い訳になっている
「俺、モテないからさ」って笑いながら言うことが増えた。最初は自虐のつもりだったけど、最近はその言葉でいろんなことをごまかしている気がする。誰かと向き合う勇気がないことも、寂しさを埋められないことも、「モテない」という言葉でくるんで、自分を納得させている。本当は誰かに側にいてほしいし、夜に一緒に笑える人がいたらいいなと思う。でも、そこに踏み出す勇気が出ない。だからこそ、「平気」と言い聞かせるしかないのかもしれない。
「寂しい」と言えたらどんなに楽か
本当はただ、「寂しい」と言いたいだけなのに、それが一番言えない。士業という立場、年齢、地元での目線、いろんな要素が絡み合って、気持ちが固まってしまっている。だけど、たまに立ち止まって、「もう無理かも」と思う夜には、ふと心の中でつぶやいている。「寂しいな」と。声に出したことはまだ一度もないけれど、その一言が言えたとき、自分が少し変われるのかもしれない。そんな気がしている。
それでも今日も、誰かの手続きを待っている
この仕事は、誰かの人生の節目に寄り添う仕事。結婚、相続、売買、離婚――人生の喜びも悲しみも、すぐ隣にある。それを処理するだけじゃなく、丁寧に見届ける仕事だ。だからこそ、自分がしっかりしていなければと、強く思う。けれどその強さの中にも、弱さがあると、今は少し思えるようになった。今日もまた、一人で「平気」と言いながら、誰かの手続きを待っている。それが自分の仕事であり、生き方であり、今のところの“答え”なのだ。
