ひとりで鍵を開ける朝がいちばんつらい

ひとりで鍵を開ける朝がいちばんつらい

事務所にひとりきりの日が始まる

月曜の朝、事務所の鍵を開ける手が重たい。この瞬間が、週の中でもっとも憂うつだ。玄関の引き戸を開けると、冷えた空気と静けさが迎えてくる。誰もいない、何の音もしない空間。まるで、自分しかいない世界に取り残されたような錯覚すら覚える。今日も自分ひとりでやらなければならない。事務員が休みの日は特にその重みが増す。コピー機の音も、電話の着信音も、すべてが責任としてのしかかってくる。司法書士という仕事は人と接する分、裏方の準備や雑務も山ほどある。だが、それを誰にも頼れず全部自分で背負うことの苦しさは、案外知られていない。

出勤してまず考えるのは電話が鳴りませんように

朝、タイムカードを押すでもなくただ時計を見るだけの出勤。一人事務所の一日は「電話が鳴りませんように」と祈るところから始まる。電話が仕事の入口であることはわかっている。でも、電話が鳴るたび、次々と仕事が積み重なっていく現実を思うと、どうしても気が重くなる。事務員がいれば電話対応くらいは任せられるのに、今日に限って彼女は休み。いや、休まれると困るとわかっていても、彼女も人間だ。休む権利はある。そう思えば思うほど、自分の器の小ささに情けなくなる。

朝イチの電話に胃が締めつけられる

開業して十数年経つが、未だに朝イチの電話には慣れない。鳴った瞬間、電話機のランプが点滅しているのを見た瞬間、胃がぎゅっと縮む。たいていは登記の進捗確認か、役所への問い合わせの返答依頼だ。以前、朝イチで「至急対応してください」と言われたとき、まだコーヒーすら飲んでいなかった。焦って応じたら、書類の内容を間違え、午後に大慌てで差し替えに行ったことがある。あれ以来、余裕のないときは何をやっても空回りするようになった。

留守電すらないときの静寂が逆に怖い

逆に、何の連絡もない日もそれはそれで不安になる。電話も来客もない。留守電もゼロ件。まるで存在を忘れられたかのような気持ちになる。この仕事、動きがない日はとことんない。でもそれが続くと、今月の売上や来月の支払いのことが頭をよぎる。特に地方の小さな事務所では、1件の依頼がどれほど貴重か身にしみてわかる。だからこそ、静寂の中にいると「このまま誰も来ないんじゃないか」とさえ思えてくる。誰も来ない事務所、誰にも必要とされていない自分。そんな妄想にとらわれるのが、いちばん怖い。

誰にも頼れない現場のリアル

一人でやるしかないという状況は、孤独というよりも「逃げ場のなさ」に近い。誰かに「手伝って」と言いたくても、相手がいない。仕事が多いからといって誰かが突然現れて助けてくれるわけでもない。新人司法書士だったころ、先輩に「人を雇うとそれはそれで責任が重くなる」と言われた。当時はピンとこなかったが、今ならその言葉の意味がよくわかる。自分が頑張るしかないのだ。

事務員が休んだ日の段取り地獄

事務員が休んだ日は、ほんの数時間で段取りが崩壊する。まず、郵送物のチェック、次にメール確認、それが終わる前に電話が鳴り、FAXが届く。依頼人とのアポはずらせないし、登記申請は期限がある。頭の中でタスクを組み直しても、1時間も経てばもう別のことに追われている。夕方になってようやく、午前中にやろうとしていたことを思い出す。そしてそれを明日に回す。そうして一日は終わる。

スキャンと郵送とメールと電話が同時にくる

スキャナーに書類を入れた瞬間、電話が鳴る。出てみれば、「急ぎで送ってください」という相手。急いでメール作成に取りかかろうとすると、今度は来客。応接で話している間に、さっきのFAXがエラーで届いていないことに気づく。焦って対応すると、別件の登記が進んでいないと市役所から連絡。そんな日々の繰り返しだ。たまに、「自分って何人分の仕事してるんだろう」と真顔で考える。

「あとでやろう」は一生やらないに変わる

忙しいからと「あとでやろう」と置いた書類が、3日後にホコリをかぶっていたことがある。そのとき、妙に怖くなった。「このままじゃ、やらないことが増えていくんじゃないか」と。ひとり事務所では、自分で全ての優先順位を決める。誰にも注意されないし、誰かが思い出させてくれるわけでもない。だからこそ、「あとで」という言葉が一番危ない。やらなきゃいけないことは、すぐやるしかない。そうしないと、未来の自分がどんどん苦しくなる。

それでも今日も、鍵を開ける

文句ばかり言っても、誰も代わってくれない。結局、自分で鍵を開けて、自分で事務所を温めて、自分で電話を取り、書類を作る。それが今の生活だ。たまに、もっと大きな事務所に入って、誰かと一緒に笑いながら仕事したかったなと思うこともある。でも、この場所は自分が作ったものだ。誰に自慢できるわけじゃなくても、ちゃんと続けている。それだけでも、少しは誇ってもいいのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。